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旅立ち

 アイネが死んだ。

 死因は老衰。


 アイネは俺と同じ頃に生み出されたホムンクルスだ。しかし赤子から育てられた俺とは違い、成体に近い姿まで促成されていた。その影響は早い老化という形で現れ、アイネを(さいな)んだ。


「本来であれば、3年前には活動限界でした。10年も生きられたのは奇跡です」

「それでも俺は……」

「そうですね、ここまで長く生きられたのは坊ちゃまのおかげ、奇跡ではありませんね」


 この世界は魔法科学により発展した弊害として、人体への理解が乏しいという欠点があった。あらゆる病や怪我などを魔法によって治癒できてしまうが故に、人体の構造などを解析して、症状に対して治療を行うという概念が必要なかった。


 そのため、人体を形成するのに必要な栄養素がなにか、人が育ち生きていくために何が必要かという事を考えようとしていない。

 栄養不足が明確な症状となって現れれば、魔法により治癒できるが、その原因が何かまでは研究されない。

 その原因が偏った食生活によって引き起こされているという考えには至らなかった。

 瀕死の重傷からでも回復できて、重篤な病からも立ち直れる割に、平均寿命はそれほど伸びずに老衰での死亡率が高いという結果を生んでいた。


 俺は前世で食品関係の仕事に関わっていたため、栄養バランスについての教育を叩き込まれていた。

 健全な体を作るために必要な栄養素をバランス良く摂取する。俺は自給自足の生活の中で、健康に気を使って食生活を送れるように工夫していた。


 その結果、アイネの寿命を3年は伸ばせた。

 しかし、体組織の急速な老化という現象を止めるには至らない。動かなくなる体を再び動かすことはできなかった。


「坊ちゃまと過ごした10年はとても充実しておりました。ホムンクルスという立場では過ぎた幸せです」

「そう思うなら、その恩を俺に返せ。それまでは死ぬな」

「そう……です……ね。受けた……恩は、返さねば……がんば……り……」


 外観は十代半ばのままだったが、その中身は限界を迎え、新たな細胞を作る力を失い、筋力が落ちて、消化機能が落ち、やがで呼吸もままならなくなるまでに、衰えてしまった。

 風の精霊を使って、人工呼吸器の代用とする事で、少しは延命できたが、次は心臓だ。血液を送り出す力を失い、やがて鼓動を止める。

 水の術式で血液の循環を行おうとするが、血管の老化がそれを許さない。いたるところで毛細血管が破れてしまう。


 やがて細胞の結合力が一気に失われ、解け落ちる様に砂となって崩れ落ちる。残されたのは額に埋め込まれていた赤い水晶のみ。

 そこに術式を展開する。

 アイネの老衰が逃れられないと分かった時から研究していた魂の定着術。成功するかも未知数だが、やれることは全て試しておきたい。


 大気に溶けるのか、俺の様に世界を渡ろうとするか、存在を薄れさせようとする魂を赤い水晶へと押し込める。本来は生まれたばかりのホムンクルスに、技術を刷り込むための赤い水晶。パソコンのストレージのような魔法の道具だ。

 そこへアイネの魂の記憶を封じ込める。


 これは俺のわがままだ。

 前世では独身だった俺が、肉親以外で十年も共にした女性。それを失う事に耐えられなかった。彼女が本当に幸せだったと思ってくれているのなら、もう一度、今度は対等の存在として、共に過ごしたい。

 そんなわがままだ。


 その方法はすでにある。

 俺をこの体に憑依させたマッドな研究者の所業。ホムンクルスへと魂を憑依させる技術。

 この赤い水晶の中へと封じたアイネの魂と再会するために、俺へと施された魔術を使う。


 それはこの世界でも禁じられている行為。だからこそマッドな研究所は、人里はなれた辺境の小惑星に隠されていた。

 そして敵を作り、襲撃される羽目となった。

 忌み嫌われる、真っ当な手段ではたどり着けない領域。


 それでも先人がいるのであれば、目指せない理由もない。俺はそこを目指すことにする。

 まずはあの魔導士がまだ生存しているかを探す。もう生きていないなら、研究成果が残っているかを探す。それも無ければどんな研究の果てに行き着いたのかを辿っていく。

 できることを一つ一つ確認して進めばいい。そこに道はあるのだから。


 俺はその想いを持って足を踏み出す。

 俺を育んだ脱出艇には、アイネとの思い出が詰まっていた。ここにいると過去に縛られる気がする。

 未練を断ち切るためにもここへは戻ってこないつもりだ。


 かつてはウニのように無数に突き出していたトゲは、砂を含んだ風に晒され、すっかり丸くなっていた。

 このまま放置してもすぐに砂に埋れてしまうだろうが、俺は自らの手で穴を掘り、そこへ脱出艇を転がし落とす。

 風を操り砂を被せてしまえば、その痕跡は何も残っていない。


「それじゃあ行ってくるよ」


 俺はアイネに別れを告げて、ホバーバイクへとまたがる。風の魔法陣に魔力を与え、砂の上へと浮かび上がった。

 アクセルに相当する魔法陣に魔力を注ぎ込んで加速していく。


 途中で元採掘場に立ち寄り、畑などに張っていた結界を解除した。ほどなく砂の風に覆われ、痕跡を薄れさせていくだろう。


 幼年期に区切りをつけた俺は最寄りの都市部へと向かった。

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