夜の訪問者
体を揺らされているのを感じて目を覚ます。薄暗い脱出艇の中で、ケルンが唇に人差し指を当てながら左右を見るように促した。
脱出艇は軽のワンボックスくらいの大きさで、コックピットのシートを倒して眠っていた。フロント、側面には外を映す魔道具が設置されていて、窓の様な役割をしてくれている。
単なる窓でないのは、大気圏に突入したり、不時着したりした時の衝撃や熱に耐えるためだ。
光学補正された画面に映っていたのは、黒い影。丸みを帯びたシルエットが、ゆっくりと動いていた。
脱出艇との距離は200mほどか。下草などを除去して空き地にした外側を動いていく。
ぱっと思いついたのはノミだろうか。丸い体から細長い足が複数生えていた。大きさは木の大きさと比較して、2、3mといったところか?
「こっちには来てない?」
「みたいだな」
声を潜めて話し合う。脱出艇は宇宙を飛ぶ必要があるので、気密性は高い。多少声を出したとしても、外には聞こえないとは思うが、脱出艇自体が揺れるような動きは避けたいところだ。
「結構いるみたいだから、中にはここを通る奴もいるかもな」
一番近い影の奥には、同じ様な影が幾つも動いているのが見える。方向も同じ方を向いている様に思えるので、グループで移動中という感じか。
ちらりと時計に目をやると、眠ってから3時間ほど過ぎていた。この惑星は自転周期が20時間だが、日付が変わるかどうかという時間帯。
「やり過ごせるのが一番だけど」
「数がいるからなぁ」
ざっと10体はいる。木の陰になっている部分もあるから、倍はいてもおかしくはない。
こちらに集団でやってくるようなら、緊急脱出を考えないといけないだろう。
ズシン、ズシンと地面に響く音が聞こえはじめた。それに合わせて丸い影達の動きが早くなる。程なくして音の正体が姿を現した。
イメージとしてはタカアシガニだろうか。細長い脚を持った生き物が、丸い影へと近づいていく。影の方も全力の逃走へと切り替わり、ポーンと高く跳ねる様に動きだす。
そこへ細く長い脚が振るわれて、先端で丸いヤツを串刺しにした。カニの方は全長20mほどになりそうだ。
10本ほどある脚のうち、4本を空中で振るい、鋭い先端部分で丸い影を刺し捕まえていく。やがて丸い影と、それを追うタカアシガニが魔道具の捉えられる範囲を抜けていった。
その様子を見て、二人して止めていた息を深々と吐き出す。
「何かやっべぇな」
「あんなヤツがいる星でサバイバル学習とか、教師は正気か!?」
タカアシガニが脱出艇を見つけていたら、丸いヤツ同様に串刺しにされてた可能性もある。動いているのを追う習性があるのか、こちらを気にする様子はなかったが、それでも緊張感があった。
「いやはや、昼間のトカゲもこの星じゃ底辺の存在なのかもな」
生物のスケールの違いにゾッとする。食料は現地調達しなければ、2週間ももたない。動物を狩って、その痕跡がより大きな狩猟者を呼び込むとかなり危険な事になりそうだ。
「場所の移動も考えた方が良さそうかな」
「探検だな!」
「どこか岩場みたいな大型の獣が入って来ないような場所を探そう」
脱出艇にとどまる事にこだわる必要もないはず。2週間後にビーコンを出して拾って貰う手はずだ。
それまで脱出艇は隠しておいて、自分達は安全な場所へ移動しよう。
「とはいえ、移動は夜が明けてからだな」
「だな……とりあえず、警戒しつつ交代で寝るか」
「そうだな。じゃ、おやすみ」
まだ眠気が残っていた俺は、そのまま意識を手放した。
更に2時間ほど寝て、見張りを交代。明け方まで2時間ってところだな。アレからは目立った気配はなかったようだ。
中途半端に起こされて、頭が寝ていて分析がおざなりだったので、改めて記録を調べてみる。
丸っこい影は、ひょうたんの様に頭と腹にわかれ、腰の部分がすこしくびれている。後ろ足がへの字に折れていて、バッタの様に高く遠く跳ねる事に特化した姿だ。
頭の詳細までは映像に残っていないので、草食なのか肉食なのか分からない。大きさはやはり2mほどか。
タカアシガニの方は、脚の長さが10m以上。胴体の位置が8mほどか、そこから10本生えていた。胴体自体は昆虫に近いのか、頭、胸、腹の3つのパーツに分かれていて、胸の部分から脚が生えていた。
脚の先端は鋭く尖り、丸い影を一撃で貫いている。脚自体はそれほど太くないみたいだ。その分、振る速度は早く丸い影はほとんど逃げる間もなく貫かれていた。
4本を振りかざしても、しっかりと6本で体を支えていたので、体を支えるのにはそれほど本数は要らないのかもしれない。
速度は20km/hくらいは出ていたみたいだな。
マラソンが42kmを2時間ちょっとなので、それくらいは出ているという事。身体強化なしで逃げるのは難しいだろう。
「遭遇したら身を潜めてやり過ごすのが一番だな」
丸い影は的確に捕らえていたが、脱出艇の方には全く関心を見せなかった。夜行性という事を考えても、視覚というより動きによって生まれる音や振動などに対して反応するタイプに思われた。
それを確認するにはある程度近づいた所から観察する必要があるだろうけど、無理に観察したい対象でもない。
出会わないのが一番だ。
続けて周辺の地形を呼び出す。脱出艇で降下する際に撮影された地上写真から、タカアシガニが入って来れないような岩山の切れ目などが無いかを探していく。
そんな都合よく見つかるものでもなかった。岩山に亀裂が走っている様な箇所を幾つかピックアップしておいて、実際は現地で確認する必要があるだろう。
洞窟の様な横穴は、上からの写真じゃ見分けられないしな。
それっぽい影を幾つかマーキングして、これも現地で確認だ。
昨日見つけた水場はしばらく近寄りたくないので、別の水場を探す。とは言え原生林、木々が立ち並んでいて、地面が見えない箇所も多い。
木々に囲まれていても確認できる湖の様な場所もあるにはあるが、距離がそれなりにあった。
脱出艇から離れはするが、見失うほどの距離は取れない。最終日にはビーコンを鳴らさないといけないからな。
ひとまず岩山に向かって亀裂や洞窟を探そう。俺と同じ様に大型の生物から逃げるように他の生物が集まってる可能性もあるが、それも調査しないと分からない。
後13日もある。安全の確保を優先だ。
移動先を選定している間に2時間が過ぎ、外が明るくなってくる。ケルンを起こして朝食の準備。保存食の乾パンとトカゲ肉で出汁を取り、香草を入れたスープを添える。
食料の確保も必要だな。ビタミンを補給できそうな果物類があると良いんだが。野イチゴ系なら原生林にもないだろうか。
「よし、探検だ!」
「地図は転送しといた。マーキングしている場所を目指すぞ」
「おう」
脱出艇は休眠モードにして、ステルス効果のある魔導具を起動。外見をただの岩に見せるようにカモフラージュしておく。
対物理の防御魔法も微弱ながら施されているので、簡単には壊れないはず。壊れたら強度不足の脱出艇を提供した教師達の失点にしてやる。
原生林をかき分けつつ、岩山を目指す。脱出艇から2kmほどの距離だが、平坦な道ではないのでそれなりの時間が掛かった。
途中で下草の中から実がなっている物を採取しつつ、その場で食べるような真似はしない。毒があったら厄介だからな。
救急キットの魔導具で毒素を中和する事はできるだろうが、体力の消耗は避けたい。
獣の痕跡も幾つか見つけた。昨日のトカゲっぽいヤツが這った跡の他、タカアシガニが脚を下ろした跡らしき穴。直径30cmほどで腕では底に触れない程度には深かった。
その周囲にも何かの足跡があったが、生物の種類までは分からない。丸い影の足跡も不明だしな。ただアレの足跡と仮定するには、情報が足りなかった。
その他にも哺乳類らしき毛や鳥類っぽい羽根なども落ちていて、多様な生物が生息している痕跡が見つかる。
大型の生物はもちろん、人サイズの生物も多そうだ。これは安全確保も楽じゃなさそうだな。




