現地の生物
俺が貯水タンクに水を汲んでいると、ケルンが警戒の声を上げた。
「でたぞ、トカゲっぽい」
「動きは?」
「のっそり近づいてるが、瞬発力は分からねぇ」
これをサバイバル学習と邪推すれば、そこまで凶悪な生物はいないと楽観する事はできる。多少酷い怪我をしようと、治癒魔法でキレイに治るのだ。
しかし、これを課題だと判断するなら、下手な行動はマイナス評価に繋がるだろう。
「どうする?」
「やれそうなら、食料の確保としたいところだけど」
「うへぇ、あんなの食うのか?」
「爬虫類の肉は割と淡白で、鶏肉っぽくてそれなりに旨いぞ」
前世でワニなどを食べた経験を思い出しながら告げる。問題は味付けをする香辛料やハーブ類が無いことか。いや、脱出艇の周りに生えてた草にそれっぽいのがあるかもしれないな。
「じゃあ、やってみるか」
「骨は拾ってやる」
「任せた!」
いや、それを任されても困るんだが。
トカゲの外観は、イグアナっぽいトサカなどがあるものの、口は細く長く伸びていてワニっぽい。
カパッも口を開けると、舌が高速で伸びてきた。蛙かカメレオンか?
対するケルンも冷静に舌をロッドで叩き落とす。アレが見えてるんだよな。俺なら視覚強化や身体強化を使わないと、反応できずに攻撃を受けていただろう。
ロッドは2mほどの棒状の武器で、両先端に重りがついている。その形状は様々だが、学生のうちは打撃用の丸い金属が多い。
それを高速回転させつつ、遠心力を活かして攻撃するのが基本だ。持ち手の位置や、コンビネーションの巧みさなどで、その技量を見せる。
ケルンの流麗な動きで止める事なく、連続的に仕掛ける技術は、見ているだけで頼もしい。対するトカゲは、短い手でロッドをブロックしながら、舌を飛ばすという器用な戦い方で、ケルンに反撃してみせた。
「おもろっ」
ケルンは楽しそうにロッドを振るって、トカゲの相手をしている。人間にはない動きに、反射で迎撃を繰り出す。危なげはないが、効果的な一撃もない。
「遊んでないで早く仕留めろ」
「無茶言うな、それなりに強いんだぞっ」
早めの決着を促すと、舌を弾きながら反論してきた。長引く戦闘は、色々と不都合が生じる。例えば、水場近くの足場はぬかるんでいて、足を取られがちだ。四足歩行のトカゲの方が有利なはず。
また喧騒を聞きつけてトカゲや他の獣が集まってくる可能性も考えられた。
「手を出すからな。文句は後で聞く」
「あ、ちょっ、待てよっ」
俺は近くの石を拾って、トカゲの目を狙う。ピンポイントに当てる事はできなかったが、予想外の衝撃に、トカゲの動きが鈍る。
そこにケルンのロッドが叩き込まれた。頭部を襲った一撃に、トカゲが怯む。そこを側面に回った俺が、ロッドで叩いた。結構硬いな、
横槍に腹を立てたのか、こちらへと大きく向きを変えたトカゲだが、それを逃すほどケルンは甘くない。向きを変える為に少し上体を起こした所に、フルスイングのロッドが喉元へと叩き込まれた。
前足が浮くほどの衝撃に、トカゲが仰け反った所へ、今度は俺がロッドを突き入れる。腹の下へと差し込んで、左の前足を引っ掛けて持ち上げる。重い。
ジタバタと足を動かすトカゲの無防備な腹へ、ケルンのロッドが叩き込まれて一気にひっくり返された。
短い手足では中々起き上がることができない。流石に腹側まで硬い鱗では覆われていなかったので、胸の辺りを痛打してやれば、徐々に動きが弱り、やがて動かなくなった。
「解体するから周囲の警戒を」
「りょーかい」
水場の側なのでちゃちゃっと血抜きから、解体を行っていく。皮はかなり硬く、ファンタジーな世界なら防具にもできそうだったが、サバイバル学習の2週間で加工するには色々と道具が足りない。
ブロック肉の形で何キロかを確保し、後は残していくことにする。共食いするのかは分からないが、何らかの肉食獣が来て掃除してくれるだろう。
それよりも血の臭いを撒き散らしているので、早々に立ち去る必要がある。
「近づいてきているのはいないか?」
「こっちを伺ってる気配ある気がするが、俺の気配察知範囲より遠いから分からん」
「なら早々に立ち去ろう。一度、水の中に入って臭いを消してから、脱出艇に戻るぞ」
湧き水の溜まった池に飛び込み、そこから流れ出る小川を下って距離を稼ぎ、そこから陸地に上がって脱出艇へと戻る。
ブロック肉はビニールっぽいシートで包んで臭いなどが出ないように気をつけてはいるが、野生の獣の臭覚だと拾われる危険はあった。
空間収納が使えたらこんな心配もないんだが、あれも魔法に含まれるからな。
少し遠回りをしてから脱出艇へと戻り、途中で拾った枯れ木で焚き火をおこす。着火用の魔道具は装備品の中にあったので、さっさと服を乾かしていく。
「夏で良かったな」
「そういう地域に落とされたんだろう」
これで冬だったりしたら、もっと行動がシビアになるからな。雪が吹雪いて満足な装備もないとか、簡単に死ねる。
適当なマニュアルだけで放り込むのだから、元々棄権が前提の課外学習の様な気がする。もしかして、ケルンって先輩に嫌われているのか?
などと思いながら、トカゲ肉の処理を進める。雑草類からハーブっぽい、香りのある草を選別し、肉には塩を擦り込んでいく。
ハーブの大半は雑草なので、下手に種を蒔くと一面ミントだらけになったりするから栽培には注意が必要だ。
肉を選別した香草で覆い、塩が馴染むのを待つ。その間に、選別した香草の味を確認しながら、味付けに使えそうな物を更に選んでいく。
「お前、魔術師のくせに料理できるんだな」
「まあな」
この世界の料理もまた大部分を魔法に頼って作られる。火加減などといった調理どころか、錬金術の応用で素材を入れれば完成品に変化させる魔法なんて代物まで存在するので、まともな調理を行うのは、魔道具をあまり買えない庶民くらいだったりする。
魔術師はもちろん魔法でそれらを行う事もできた。
俺が料理できるのは前世の記憶のおかげだ。
1時間ほど寝かした肉を薄くスライスして、スキレットでこんがりと焼く。ミディアムとかレアとかは怖いからな。
「旨そうな匂いじゃねぇか」
「調味料がないから、塩と香草のみだけどな。思ったより肉汁が出てるから、脂は多めなのか」
脂は旨味になるから、それなりに味はありそうだな。一口食べて噛んでみると、肉汁が溢れてかなりジューシーだった。思ったよりも臭みもなく、味は少し淡白だろうか。香辛料がないので塩で整えるしかないな。
保存食の中にあった硬めのパンに切り込みを入れて、間にトカゲ肉を挟んで一品とした。
「ひとまず今日の晩はこれで済まそう」
「おお、旨そうじゃん」
早速手を伸ばしてくるケルン。俺は先にスキレットなどの片付けを行っていく。やはり臭いが残っていて、近づいてくる獣がいないとも限らない。移動できる準備は必要だ。
「うほっ、うまうま、やっぱ、持つべきものはユーゴだな」
喜んでくれているのは嬉しいが、人の分まで手を伸ばそうとしたので、それはインターセプトしておく。
「脱出艇のセンサー類が生きているから、近づいてくる何かを見つける事はできると思う」
「ま、寝てても何かあったら気づくだろ」
本当なら交代で見張りをするべきなんだろうが、そこは文明の利器に頼って寝る事にする。初日から睡眠時間を削られると、精神的にもたなくなってくるだろう。
魔法が使えたらもっと安全なんだが仕方ない。
「じゃあ、おやすみ」
「おう、おやすみ」




