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都市上層部への召喚

 スタルクの拠点を出ると、魔術師の婆さんが待っていた。


「また会いましたね」

「こいつを外してもらわにゃいかんからのう」


 婆さんは首に嵌められたマジック・キャンセラーを指差す。解析して外そうとすると、下手すりゃ年単位で時間を取られるもんな。外してもらえるなら外して欲しいか。


「見た目通りの若さゆえの甘さがあるとしっかり伝えて、殺すより飼いならしたほうがええと助言しといてやった」

「どうせなら戦闘員をけしかける前に伝えて欲しかったよ」

「ワシの言葉だけじゃ信用されんかったんじゃろ」


 雇われもんのさがじゃなと肩を竦めて見せる。俺も苦笑しながら、首輪を外した。


「実際、僕の扱いはどうなるんです?」

「正直に言うとこの星の管理人クラスじゃ、お前さんは手に余ると思うからのう。帝国本隊へ預ける事になるじゃろ」

「それは……」


 元共和圏出身としては結構怖い。


「なに、お前さんがどこの出身だろうが、使えるものは使う。それが帝国の方針じゃて」

「今もどこかと戦ってるの?」

「内戦も外戦も広い宇宙じゃ絶える事などないじゃろうて」

「そんなもんですかね」


 前世の記憶を思い出しても、狭い地球上でもどこかでは内紛、戦争が起こっていた。それを宇宙規模に広げて、数多の惑星を抱えていれば、より多くの戦線を抱える事にはなるか。


「力を示せば、宇宙のあちこちに派遣される。願いが叶って良かったの」

「僕は僕の意思で飛びたいんですけどね」

「そのためには帝国を支配するくらいの力が必要やもしれんなぁ」


 などと冗談めかして言われる。権力に絡め取られると、そこから抜け出すには多大な力を要するんだろう。

 個の力で抜け出すのはほぼ不可能。派閥を作ってのし上がるみたいな政治ができないと、自由を得ることはできなさそうだ。


「しがない庶民は、働いて、有給を取るくらいしか、旅行はできないかぁ」

「ま、軍属になろうと、完全に束縛される事もない。力ある者には、それなりに気持ちよく働いてもらわんと、効率が悪いからの」

「そのために力を示せと」

「人生の先駆者としての助言じゃな。急いては事を仕損じる、遠回りと思っても結局は早く目的地につくこともあろうて」


 そんな薫陶を受けながら、俺は輸送艇へと案内された。この星では上層しか持てない飛行能力を持つ魔道具だ。

 イメージとしては輸送ヘリだろうか。円筒形のカーゴに壁を背にするように椅子が並んでいる。黒服の戦闘員が何人か着席して、こちらを見てくる。

 いつでも襲い掛かれる様に警戒している感じだな。もちろん、こんな所で暴れても何も解決しないので、大人しく席へと座る。


「この星の人間なら、空を飛ぶってだけで大騒ぎなんじゃがな」

「まあ、外の人間なんでね」


 婆さんが隣に座りながら、ニヤリと笑いかけてきた。どうしよう、婆さんがヒロインの座を狙っている。

 などとくだらない想像をしながら、ぼんやりとしていると十分ほどで都市部の中心、上層部が押さえるエリアに着陸。扉が開放されて、戦闘員が出ていく。


 それについて輸送艇を出ると、左右に軍服らしき制服を纏った人間がずらりと並んでいた。正面には、40前後の格上の制服を着た男が立っている。

 婆さんが隣で促すように手で指し示すので、それに従って動く。上官らしい男の前まで歩いた。


「ユーゴ、我らの召喚に応じてくれた事に感謝する。そちらのメライナ夫人の報告によれば、本気で逃げられると、我が部隊でも捕らえられんとの分析だったのだが、抵抗はしなかったようだな」

「あの場で逃げても、僕の目的からは遠ざかる事になると判断しました」


 ヒロインの名前はメライナというらしい。


「ふむ。宇宙へ出たい、家に帰りたいというのが目的という認識で相違ないか?」

「はい」

「具体的な出身地は知らないが、帝国内ではないのだろう?」

「はい」


 偽った所ですぐにバレる嘘をつく意味もない。相手がどこまで掴んでいるかも分からないが、既に共和圏出身とまで掴んでいても不思議はない。

 あのザルだった情報屋にはバレてたし、どこから漏れても不思議はなかった。ホバーバイクには共和製を匂わせる部品が無いように丁寧に細工したが、それ故に帝国製のパーツが無い事が、証拠にもなるかもしれない。


「その目的を果たすには、こんな辺境の星を飛び出した程度では、早々に次の壁にあたるだろう」

「そうでしょうね」

「そのためにこちらとしては、宇宙を自由に行き来する権限を持つ、帝国宙軍への士官を勧めたい」


 この辺はメライナ夫人が、予め教えてくれた通りだな。有能な若者をスカウトして、中央の帝国本隊へ推薦する事で、何らかのポイントが稼げるらしい。


「そうですね。僕としても今から再度潜伏して、宇宙へ出る手段を模索するより、そちらのルートに乗る方が早いだろうとは考えています」

「ふむ、ではその方向で話を進めさせてもらう。本星への輸送船が来るまでしばらく時間はあるから、それまではゆっくりとするがいい」


 周囲で警戒していた戦闘員達の緊張も少し緩む。隣のメライナ夫人に促され、俺は宿舎の一室へと案内される。

 白を基調としたワンルームマンションの様な部屋だ。ベッドとクローゼット、トイレや風呂も備え付けられている。台所がない分、少しシンプルか。


「次の輸送船が来るのが1週間後、そこから荷物の積み込みやらで1週間かかるといったところじゃろう」

「じゃあ、出発は2週間後?」

「それくらいじゃ。それまでは監視付きではあるが、ゆっくりできるじゃろ」

「その監視ってメライナ夫人が?」

「流石にそうもいかんじゃろ。魔術師を付けたいのは山々じゃろうが、本来ワシも部外者じゃからな。寂しくてどうしてもと言うなら、上に掛け合ってみても構わんがの」


 ヒロイン顔で同棲生活とか始められても困るので、そこは丁重に辞退した。


「そういえば、マジック・キャンセラーすら着けられなかったね」

「お主を拘束できる保証もないし、下手に警戒心やら不信感を持たれる方が厄介だという判断じゃろう。あくまで協力してもらうという姿勢で臨んだ方が被害は少なそうじゃ」


 僅かな交戦経験だけで、こちらの性格を掴まれてのだろうか。それとも、もっと前から観察されていたのかも知れない。開拓船を起動した情報も握られていた訳だしな。

 やっぱり情報屋がスパイだったとするのが、一番しっくり来るんだが、真実を探るほどの事でもない。


「じゃあ、お言葉に甘えてゆっくりと過ごさせて貰うよ」




 上層部での生活は、かなり悠々自適といった雰囲気だった。一応、監視として若い戦闘員、といって訓練を受けた20歳過ぎの男性、が常に側にいたが、こちらの行動を制限される事もなかった。

 食事は食堂で前世のレストランレベルの食事を摂ることができる。


 ジムの様にトレーニングできる施設や、戦闘員達の訓練風景なども自由に見せてもらえた。やはり近接戦闘よりも射撃に重きを置いた訓練が多いようだ。

 格下を相手にするなら、銃で事足りるからな。銃が効かない、防御結界を持つ相手との戦闘にはそこまで備える必要を感じないのだろう。


 その他、木々が生い茂る公園や、映像配信サービスなどの娯楽、帝国内の情報を閲覧する端末など、一般的に知れる範囲の事柄で、伏せられた情報というのも特に感じずに過ごす事ができた。

 縛るよりも、恩を売る方が得策と思わせてくれたメライナ夫人のおかげなのだろう。


「中層の人間が堕落するのもわかるわ〜」


 仕事を強制されることもなく、ただただしたい事をして過ごす日々。危機感がなければ、人間はこうも容易く堕落できる。

 宿題のない夏休みとか、夢ではあったが実際にそういう風に過ごすと、夏休み明けがもっと地獄の様に感じたのだろう。


 そんな2週間の休暇を過ごして、俺は帝国の中枢へと送られる事になった。

第一部完

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