下町抗争の決着
強化装甲を無理矢理動かしたせいで、魔力を大幅に失った俺は、身体強化もままならず、徒歩でスタルクの拠点へと戻った。
1kmも離れてなかったのでそれほど時間が掛からなかったはずだが、戦闘は佳境へと差し掛かっていたようだ。
ベルゴの下っ端との乱戦で、折角の防御結界も効果を失い、ただ乱戦状態のために派手な術式を食らうこともなかったらしい。
付け焼き刃の訓練だったが、局所的にでも数的有利を取りながら粘り、ゲニスケフが数を減らす戦術で、下っ端との戦いは勝利したらしい。
10倍の数を撃退するとか、個の武力が戦闘を決するこの世界ならではの戦果だな。
しかし、下っ端が減った事でフレンドリーファイアの危険も減った中層の兵が、銃を使い始めると形勢は一気に傾く。
ゲニスケフの魔力で多少の攻撃を無効化できたとしても、範囲が限られてしまう。
ジリ貧になりかけた時に、仕掛けの一つ。戦場の地下に掘ってあった空洞への落とし穴作戦が炸裂。足場を失った中層の兵を地下へと落とし込む事に成功していた。
俺が戦った上層の戦闘員と違って、身体強化までは施されていなかったおかげで、大半を行動不能にする事ができたようだ。
しかし、残り5名になった兵達は、それでもスタルクの下っ端を着実に銃撃し、戦闘不能へと追い込んでいき、残ったのはゲニスケフと中層の兵5人のみらしい。
ちなみに経緯を説明した情報屋は、火の術式を食らって、広範囲の火傷を負って、戦場の片隅に転がっていた。
「早くボスを助けてくれ」
「僕も魔力不足で本来の戦闘力がないんだよ」
報告を聞きながら、魔力の回復を待って、何とか身体強化を少し行える程度にはなってきていた。
ゲニスケフは持ち前の戦闘センスでしぶとく戦っていて、装備に頼った中層の兵は決め手に欠ける状況。ただゲニスケフも距離を取って銃撃してくる中層の兵に、手も足も届かないようだ。
魔力で衝撃波を飛ばすこともできるだろうが、それをやると防御が薄くなる。術式を使わず、魔力を直接操っているだけに、攻めと守りがどうしても極端になりがちなのだ。
「じゃ、加勢に行ってくるよ」
上層の戦闘員が着ていたミスレイン製のジャケットを纏い、俺は駆け出した。表面がミスレインで加工されたジャケットは、内側に身体強化の術式が施されていた。
ただやはりサイズがあっておらず、体への密着具合が足りてないのか、術の掛かりが弱く感じられる。
それでも相手の銃を無効化できるのは大きい。俺に気づいた中層の兵はこちらに向かって撃ってくるが、防御結界なしでもジャケットやヘルメットが防いでくれる。
魔力自体を遮断しているので、爆発も起こらずに不発になるのも大きい。
掛かりの弱い身体強化でも、全く強化されていない中層の兵より速く動ける。一気に間合いを詰めて、相手がナイフを取り出そうとする所を、腕を押さえて体当たり。弾き飛ばして無力化する。
「ユーゴ、どうなった!?」
「上層の戦闘員が襲ってきたので返り討ちにしました。戦利品がこの装備です」
ゲニスケフの問いかけに、中層の兵に聞こえるように言いながら、胸を叩く。
「ベルゴの上役は、上層の戦闘員に吹き飛ばされてたんで、どうなったかは分かりません」
「むう、それは確認せんといかんな」
「という事で、中層の皆さん。そろそろ手打ちにしませんか?」
動揺を見せる中層の兵達だったが、ここで引く事もできないのか、ナイフを取り出して構えた。仕方なく、1人ずつ無力化していく。人数が減れば、ゲニスケフも接近できるようになって程なく終了した。
「勝つには勝ったが、こっちの被害も甚大だな」
「はい、ボス以外で五体満足な奴はいません」
戦闘終了を見て取った情報屋の上役の幹部が、自身も肩を押さえながら近づいてきて報告する。
ベルゴの上役連中の中にボスっぽいのは居なかったので、多分拠点内にいるままなのだろう。上層との繋がりが明確になった今、力押しで拠点を攻めるのも厳しい状況だ。
「ひとまず中層の奴らの装備をもらっておきましょう。救急キットがあれば治療も早く終わらせられます」
「そりゃ助かるな」
俺の魔力が心許ないので、治療に回す魔力が足りない。手の空いた者達が治療できるようになるのが望ましかった。
最後に残った5人の他、落盤トラップに掛けた兵達からも装備を回収していき、この日の戦闘は終了した。
「旨いもんじゃねぇな」
「あくまで携帯食ですからね」
中層の兵から回収した装備品の中に、工場生産の簡易携帯食があり、それをゲニスケフと一緒に食べる事になっていた。
拠点を制圧された場合も考え、非戦闘員は全てバラック小屋へと避難させていたので、食事を用意する人間が足りていなかったのだ。
落盤に巻き込んだ兵士達も死者まではおらず、骨折などの重症者で済んでいる。魔道具では痛み止め程度の治療を行い、添え木で固定する下町式の治療を施した。
束縛しているとはいえ、五体満足にすると何ができるかもしれないしね。
強化装甲の魔力タンクを取り出して、兵士達の魔力を吸い出してみたが、やはり量的には下町の人間と大差なく、魔術師にはなれそうもない容量しかなかった。
魔道具がなければ、下町の人間の方が強いだろう。
「で、どうします? ベルゴは上層の子飼いだったみたいですけど」
ゲニスケフに今後の方針を確認してみる。魔道具で治療できたので、スタルクの幹部、下っ端共に、ある程度は戦える人身は揃えられた。
中層の兵が持っていた装備も大半が使える状態なので、ベルゴ相手なら正面からでもやり合えそうだ。
「上層なぁ……俺達は中層しか見てなかったしなぁ」
中層の装備より上、ミスレイン装備があると、ゲニスケフが武術家として魔力を込めた一撃を放とうとも、無効化する事ができる。
身体強化した攻撃自体は通じるかもしれないが、相手に触れた途端に自分を守る魔力すら消えてしまえば、フィードバックをモロに食らってしまう。
上層の戦闘員も、魔道具に頼った連中で、狙撃の腕はともかく、近接戦闘はお世辞にも戦えるというレベルではなかった。
ただ、魔術師の婆さんを呼んでいた様に、常駐する部隊だけでなく、外からより強固な部隊を呼んでくる可能性もある。
「正直、上層相手なんてどうすりゃいいか分からん」
元々考えることは苦手そうなゲニスケフはお手上げの様子だった。
知識担当の幹部にしても、難しい顔で黙ってしまっている。情報屋も中層との繋がりすら掴めてなかったのに、上層まで絡んでるとなるとなすすべなしといった雰囲気だ。
「という事ですけど、こちらへの要求は何ですか?」
俺は上層の戦闘員が持っていた通信用端末へと問いかけてみた。
『ユーゴとやらの身柄の引き渡しだな。それ以外はどこか下町を押さえようが関知しない』
「ですよねー」
『こちらはF-1957開拓船の起動を確認している。その船で飛び立とうとも、すぐに撃沈できるぞ』
街の近くに埋められていた開拓船。その存在を上層が知らないというのもおかしな話。宇宙に飛び出したいヤツをおびき寄せる餌だった訳だ。
手入れすれば飛び立てそうな物がそこにあるのに、一から宇宙船を秘密裏に組み立てるなんてしようと思わないもんな。
開拓船は技術の塊でもある。外へ出れないのであれば、ベルゴの拠点のようにバラして有効利用する方が現実的だ。
それが放置されてる時点で警戒はしておくべきだった。
「もしかして、情報屋のおっさんが、上層のスパイだったとかか」
「坊主、流石にそれはうがち過ぎだぜ」
「じゃあ、どうやってあの開拓船を見つけたの?」
「親父からあの方位磁石を受け取った時に聞かされたんだ」
『種は色々と蒔いてある。ベルゴにも、他の下町にもな』
危険分子をあぶり出す為に、色々と仕掛けをしていたらしい。
「なら何で俺達がこの星に来た所を押さえなかったんだ?」
『外から来た船がどれだけの技術を持っているか分からないからな。実際、ユーゴの戦闘力はこちらの予測を大きく上回っている』
確かにアイネが生きていたら、俺よりも手痛い反撃を受ける可能性はあったかも知れない。
何にせよ、事態は上層部の手のひらの上と考えた方が賢明だろう。
「ゲニスケフさん。僕はここまでみたいです。これ以上、上層部と事を構えても利がなさそうなので」
「しかし、ユーゴよ。お前はどうするんだよ」
「僕の目的は宇宙へ出ることですからね。上層部に使われてでも、そっちの目があるならそこから目指しますよ」
下町の抗争は、スタルクが中層の兵の装備を30人分手に入れ、ベルゴの現場に来ていた上役が生死不明の状態。300人の下っ端は全滅している事を考えると、大きくバランスは変わってくるだろう。
あとは交渉の持っていき方次第かな。
何にせよ、俺が手を貸せるのここまでのようだ。




