上層の戦闘員
防御結界に直撃した角度と、魔力感知に引っかかったポイントを照らし合わせつつ、そちらに向かって、身体強化も利用して走り出す。
巻き添えを食ったベルゴの上役がどうなったかは確認していない。それよりも上層部の兵士と思われる攻撃への対処が先決だ。
距離的には500mほどか。バラック小屋の屋根から、狙撃用ライフルを構えての射撃であった。その距離を5秒ほどで駆け抜ける。
その間にも、2発の術式が飛んできたが、左右にステップすることで避けた。近くの住人には迷惑をかけるが、後で小屋の修理くらいは手伝おう。
跳躍して屋根へと上がり、狙撃手と相対する。相手も既に狙撃銃からは手を放し、近距離専用の剣を抜いている。その動きから、身体強化が施されていると判断できた。
「いきなりの狙撃は酷いじゃないですか」
軽口への返答は、鋭い斬撃だった。一呼吸で袈裟斬りに剣閃が走る。俺はバックステップで小屋から飛び降りる。トタン屋根のバラック小屋の上で近接戦をやろうとすると、屋根を踏み抜く危険が高い。
そういう意味では10才児の小柄な体躯の俺の方が有利ではあるのだが、相手が何か仕掛けている可能性もあった。
程なく相手も飛び降りてくる。その装備は黒塗りの戦闘服で、ケブラージャケットの様な防弾っぽい上着に、多少余裕のある動きやすそうなズボン。ヘルメットにゴーグルを付けていて、顔つきは分からない。
体格から男だろうとは思う。
着地した体勢から一気に距離を詰めてきて、横薙ぎの一撃。更に後退しつつ、こちらからも術式を撃ち込む。風の術式で、衝撃波を放った。至近距離からの一撃だったが、防御結界もなく相手に当たったのに、影響を受けずに迫ってくる。
「ぬぬっ」
続けて地面から土槍を繰り出してみたが、軽く踏み込むだけで魔力が霧散させられた。
相手の斬撃は、物理攻撃なので防御結界では防げない。下がって避け続けるのも限界はあるので、攻勢に転じたかった。
右手を地面について、土から棍棒を生成する。魔力で強化してあるので、鉄などより遥かに硬い。
それで相手の剣を受けようとしたが、あっさりと切断されてしまった。それどころか、棍棒自体が姿を維持できずに崩れ去ってしまう。
「なるほど、ミスレインで作った装備か」
魔力を遮断できるこの星で産出される鉱石ミスレイン。それを武具に使えば、魔法の影響を受けず、魔力で作られた物を容易く崩壊させる事ができた。
上層部なら十分に量を確保できるだろう。
となると魔法での攻撃、防御はできない。魔術師キラーとも言うべき装備だな。近くにあるバラック小屋の壁何かを引き剥がして投げてみるが、金属の剣で簡単に切り裂かれてしまった。
それなりの硬度もあるみたいだ。バラック小屋のブリキっぽい壁じゃどうしようもない。
鉄パイプみたいな物があればと、探してみるが見当たらない。土を蹴って目潰ししようにも、ちゃんとゴーグルをしているので効かない。
「フラッシュ」
光魔法で閃光を炊いてみるが、ゴーグルもミスレイン製なのか、一瞬の怯みすら見せなかった。
物理的な攻撃手段が何か無いかと考えつつ、拾った石を身体強化した腕力で投げてみる。これは流石に手でブロックさせる事はできたが、相手を止める程でもない。
そうして試している間も相手はブンブンと剣を振るってきている。狙撃の腕ほどは、近接戦の訓練を積んでなかったらしく、攻撃がシンプルで避けやすかったのは幸いだ。
「ちょこまかとっ」
しびれを切らした相手が、ようやく声を上げた。戦う事に慣れていないのか、既に息は上がり気味だ。
身体強化されていても、剣を振るという動作による疲労は溜まっていく。剣の重さは感じなくても、腕を振るという動き自体は変わらないからだ。
疲れて更に動きが雑になった所へ、俺は仕掛けた。懐へと飛び込み、腕を掴んで投げようとする。
「くっ」
が、相手の腕に触れた瞬間、かくっと力が抜けた。身体強化がミスレインに触れた事で解かれてしまったのだ。
そのまま組んでいると、相手に捕まるので、慌てて距離を取り、身体強化を掛け直す。
「面倒だな」
「それはこっちのセリフだ。だが、時間は俺に味方したな」
男は口元をニヤリと歪ませた。
その瞬間、俺の左右に戦闘服の男が降ってくる。感知はしていたので、早めに決着を付けて、次に備えようと考えていたのに、間に合わなかった。
「では、死ねっ」
左右の男が動きだす。その手には眼の前の男と同じ剣が握られている。合気道の達人なら、相手の力を利用して相打ちにするみたいな事もできそうだが、俺はそこまでの境地に至っていない。
ベルゴやスタルクの下っ端にそれっぽい事ができたのは、身体強化で圧倒的な速度とパワーがあったから。相手も身体強化した状態だと、そんな芸当はできない。
大きく動いて剣を避けるのが精々だ。ただ相手も身体強化を施している兵士、それが3人ともなると余裕がない。
頼みの魔法も効かないとなると、打つ手がなくなってきた。
「くそっ、ちゃんと調整してから使いたかったが、仕方ないか……」
煙幕弾を使って視界を遮り、距離を取ってある物を空間収納から取り出していく。
一方で戦闘員は煙幕を風の弾丸で吹き飛ばし、こちらを見つけてすぐに向かってきた。
俺は慌てつつもソレを身につける……というより、乗り込んだ。
「魔導騎士だと!?」
単なる強化装甲ですとは、返さない。誤解してくれるなら、それに越したことはなかった。
開拓船の格納庫に眠っていた船外作業用の強化装甲だ。着るようにして装着し、手足の強化と宇宙でも活動できる気密性を持った魔道具。
ただ子供の俺には手足が長すぎて、肘や膝までしか届いていない。ちゃんと調整して動ける様にしたかったが、その時間が取れなかった。
魔導騎士は強化装甲よりも戦闘に特化した鎧になる。宇宙での機動戦も考慮され、バーニアなどで飛び回ることもできる戦争などでの主力兵装だ。
こんな辺境で目にする事はないだろう。
俺は届かない足先を魔力で操作する事で補いつつ、戦闘員に向かっていく。全高3mになる強化装甲も、魔力で動いているが、その機構は装甲の裏側。戦闘員のミスレインに接触しても、魔力は霧散しない。
金属の塊である腕で薙ぎ払えば、剣程度で切り裂ける訳もなく、そのまま吹き飛ばされた。
「うへ、魔力消費が半端ない」
長い年月でマナタンクのマナが揮発していたらしく、俺個人の魔力で動かさないといけない状況。人より魔力量が多い俺でも、5分動けば良い方だろう。
さっさと勝負をつけるに限る。
「くそっ、こんなの、どうしたらっ」
苦し紛れにアサルトライフルを撃って来るが、強化装甲の表面に施された呪禁模様により、威力が軽減。装甲を撃ち抜く威力にはならない。
そのまま肉薄し、金属の腕を叩きつける。
「あと1人っ」
逃走に入ってる残り1人を走って追いかける。相手も身体強化で逃げているが、身長差と駆動力で上回る強化装甲からは逃げられなかった。
上から振り下ろされる拳に、なすすべなく叩き伏せられて、意識を手放した。
それを確認した俺は、すぐさま強制排出で強化装甲の外へと出た。魔力消費が半端なく、乗ってたらそのまま意識を奪われそうだった。
早いところマナをチャージして、操作にだけ魔力を使う状況にしないと、とてもじゃないが戦闘はできない。
空間収納に強化装甲を押し込み、倒れた戦闘員へと近づく。手にしていた剣や着ているジャケット、ブーツなどを回収していく。
ミスレイン製のこれらは、空間収納に入れることもできず、身体強化も消されるので、3人分の回収は困難だった。
ひとまず近くのバラック小屋に隠して、順番に回収していこう。身ぐるみを剥いだ男達は、道の真ん中へ並べておく。そのうち回収に来るだろう。
「とりあえず、これでマナタンクの修理ができるぜ」
開拓船修理に進展がある事を喜びつつ、俺はスタルクの拠点へと戻ることにした。




