ベルゴの上役
俺が老婆魔術師を置いて立ち上がる頃には、ベルゴの連中は下がり、中層の兵士達が近づいて来ていた。
「殺さんのか?」
「雇われで来ただけなんだろ。別に命まで取る必要はないかなと」
「そう言えば、エンザも殺さなかったみたいだね。どこぞのボンボンの甘ちゃん坊やかい」
「どうだろうね?」
正直なところ、転生してから人殺しへの禁忌感は薄れている気はする。ただ喜んで殺したいとも思わないだけだ。
自分を殺そうとしてきた相手を生かすのを甘いと言われたら、その通りかもしれないが、軽くひねれる相手をいちいち殺すってのも、面倒事を引き寄せそうだしな、
ただ中層の兵の相手は、ゲニスケフに任せる予定だったので、俺が始末するのもどうかと思う。俺が制圧しても、俺がいなくなった後に、混乱を生むだけだからな。
ちゃんとスタルクが制した実績を積んで欲しい。
「ということで、これ以上はオーバーワークなんで、去るわ」
以前、用意して使わなかった煙幕弾を投げつつ、戦場を離脱した。
俺は目的をベルゴの上役に絞った。兵を置いて先に逃げようとするなら、相応の報いを受けても仕方ないよね。
中層の兵の追跡を振り切り、逃げていた上役達へと回り込む。
ひとまず顔見知りのスチュアートにターゲットを絞った。
「やあ、スチュアートさん。急いでどちらへ?」
「なっ、糞坊主!?」
周囲の上役共々足を止めて、懐へと手を入れる。銃の扱いに慣れてそうだな。俺には効かないけど。
「ちょっとベルゴについて教えて欲しいんだけどさ」
「話すわけねぇだろうがっ」
「こっちとしては、痛い目見てからしゃべるか、喋る前に逝っちゃうか、どっちでもいいんだけど」
「てめぇが死ねっ」
懐から取り出した銃を即座に発砲してくる。威力が高めの火の術式だな。しかし、近距離で放ったら、防御結界もなしだと自爆しないか?
俺の展開する防御結界に着弾した術式は、爆発して炎を撒き散らす。
「うぉっ、あつ、アツツ」
「ぐぉっ、何やってんだ、スチュアート!」
やはり周囲も巻き込んで、大惨事になっていた。バラック小屋に引火しないように、風魔法で結界を張っておく。
服に燃え移った炎を消そうと、地面に転がる上役。近くの井戸へ向かって、飛び込む勇気はなく狼狽えてるヤツ。被害がなかったのか、元気にスチュアートに絡んでるヤツなど、反応は様々だ。
「そろそろいいかな、話を聞かせてくれる?」
「てめぇ、何モンだ!」
スチュアートに絡んでいた男が、こちらにも怒鳴りつけてきた。
「スチュアートから聞いてるだろ。スタルクについた魔術師だよ」
「じゃあ、死ね」
「はぁ」
また自爆されたら話を聞くまでに時間が掛かるので、放たれた術式を結界魔法で囲んで爆発させる。
眼の前で起きた爆発に、撃った本人が身をすくませるが、結界の外には広がらない。
「ばあさんとの戦闘の後、散々撃って効かなかったのに、学習能力がないのか?」
「くそっ、くそっ」
マガジンの魔力が尽きて打ち止めになったらしい。
「スチュアート、話す気にならない?」
「誰が話すかよ。てめぇこそ、こんな事してどうなるか分かってんだろうな」
「いや、一方的に勝ってるんだけど、どうなるの?」
「はん、中層はおろか、上層にまでてめぇは目をつけられてんだよ。あんなばあさん、のしたくらいでいい気になんなよ」
「やっぱり、ベルゴは中層や上層と繋がってたんだね」
「それも分からずに暴れたてめぇに未来はねえよ」
最初の落ち着いた雰囲気はなく、チンピラの様に粋がるスチュアート。まさに虎の威を借るって奴だな。外見もツリ目の痩身で、オレンジ系の金髪だし。
「でもそのバックがいない今、やけになった僕がここで暴れるとは思わないの?」
「はぁ?」
「こんな風に」
光の術式で、レーザーを照射。スチュアートの足を一本、切り飛ばす。レーザーのいい所は、傷口を焼いてくれるので、失血死とかはしにくい所だね。
「ガアアアァァァァァッ」
「うるさい」
叫ぶスチュアートに気絶魔法を使って大人しくさせ、他の上役へと向き直る。
「で、上層との繋がりってのは、どうなってるの?」
「は、話せるかよ。そんな事したら、俺達が目を付けられちまう」
「ふむ〜」
個の力で脅しても、組織としての支配を覆すのは難しいか。
でも上層まで繋がってたのは意外と言えば意外。ばあさんが他の星から来たって時点では、予測できていたけど、作戦を立てる段では想像してなかった。
スチュアートの粋がり方を見るに、俺に向かって何らかの手を打ってくるみたいだから、それを逆手に攻めてみるしかないか。
しかし、上層部は我関せずな態度だと聞いてたのに、かなり話が違うな。あの情報屋、思っていた以上に、ザルだった。
「僕の目的は宇宙に上がる事なんだけど、平和裏に上層部と掛け合ってくれないかな?」
「それこそ無理な相談だぜ。奴らはソレこそ恐れてるんだからな。外に逃げられると分かった後を抑えるのが厳しいと」
「でも僕が自力で宇宙に上がる方が傷口は広がると思うけど」
「その自信はどこからくるんだよ。例え宇宙に出たとしても、上層部は帝国本星と繋がってるんだぞ。どこへ行ってもお尋ね者になるだけだ」
帝国領内ならそうなる可能性もあるけど、僕の目的地は共和勢力圏だからな。流石にそこまで言うと有無を言わせず襲われそうだから言わないけど。
「お前は元々宇宙から来たって事だよな。親はどうした?」
「親ですか? 家を襲撃された時にバラバラになりましたね」
まあ、あの魔導師達を親というのは違和感があるけど。
「家に帰りたいのか?」
「そうですね」
主に研究資料を探すために。
「もしかすると、実力を示したら上層部に雇われて、外へ出れる可能性はあるかも知れんな」
さっきまでの頭ごなしに否定されたのとはかなり雰囲気が変わった。この手の人間って家族を大事にしがちなのかな。
ただ上層部に雇われて拘束されるのは望んでいない。できるだけ自由でいたかった。
「じゃあ、上層部の人と連絡を取ってもらえますか?」
「いや、それは……俺達の方から連絡する事はできねぇんだ。向こうから連絡が来ない事には……」
完全に向こうが上位と見せつけてる感じか。まあ、技術レベルから押さえつけてるんだから、できるだけ優位を崩したくはないだろう。
ただ下からの連絡を受けないというのは、対応が遅れる原因にもなりかねないんだけど。
「今回の作戦、失敗したらどうする予定だったの?」
「失敗なんてしねぇ。俺達がここでお前を押さえている間に、中層の兵がスタルクの連中を仕留めてるさ」
「僕が彼らに中層の兵への対処法を教えてないと考えてたの?」
「そんな数日の訓練でひっくり返るほど、奴らの装備は甘くねぇんだよ」
実際、ちゃんと中層の兵が戦えば、戦況をひっくり返す事なんてできないだろう。紙で作った魔法陣とか、濡らすだけで効果を失うからな。
ただし中層の兵が下町の人間を侮ってなければの話だ。初戦では兵が現れた途端に、一気に潰走した様を見て、碌な防御手段も持たない相手に、術式を連射可能なアサルトライフルを持った中層兵が、油断なく任務を達成できるか。
ちゃんとした軍隊なら、最悪を想定して動いてるか。
ゲニスケフ、頑張れ。
「ん、おいでなすったか」
俺の魔力感知に幾つかの反応があった。次の瞬間、防御結界に術式が炸裂する。周囲を巻き込む爆発に、近くにいたベルゴの上役はふっ飛ばされていった。
遠距離狙撃用の高出力術式に、防御結界の一部に歪みができている。何度も食らったら、そのうち破られるだろう。
「交渉もなく、いきなり攻撃してくる……か。まあ、その方がこっちも気兼ねなくやれるな」
俺は射線を辿って移動を開始した。
何とか一ヶ月継続できた……早く、宇宙に上がりたい。




