迎撃準備
魔法陣は前世のファンタジーに出てきた丸い円の中に複雑に文字が刻まれているのとは少し違う。
どちらかというと電子回路に近い。幾つかのパーツを組み合わせる事で機能を発揮する。魔力を流して演算装置に相当する陣を起動し、水晶に刻まれたプログラムに相当する術式を発動させる。
元々は呪文詠唱で魔力を練って、魔法を発動させていたのが、やがて術式と呼ばれるある程度の定型文を脳裏に浮かべ、それに沿って魔力を流す事で魔法を発動するようになった。
その後、脳裏に浮かべる図形を、基盤に刻み、適切な魔力を流す事で、魔法を使えるようにしたのが魔道具だ。
その基盤部分が魔法陣になっている。
魔力量を調整するコンデンサみたいなのを基盤に差し込み、効率を上げたりする事もできるらしい。
その辺を自動で組み上げてくれるのが、生産型魔道具だ。素材として基盤となる鉄板と、魔力を流す伝導物質、記憶装置にあたる水晶。それらを用意して、用途を入力すれば最適な魔法陣を描いて刻み、魔力量を調整する回路を組んで提供してくれる。
水晶は多層結晶構造内に、魔法陣を畳んで記憶できる分、複雑な術式も小さくまとめる事ができるが、大きささえ気にしなければ、平面に広げる事で基板上に描く事もできる。
この方法ならば彫金師でも魔法陣を刻み、魔道具を作る事ができた。
本来は板状の基盤に図形を刻むことで、歪みもなくロスの少ない魔法陣が作れるのだが、下町にはそんな職人はいないとの事なので、さらに簡素化して紙に塗料で描く御札として魔法陣を作る。
紙だと魔力を通した時に、破れる可能性もあるのだが、布などよりも塗料が乗り易く、消費魔力は抑えられる。
下町の人間は総じて魔力が少なめなので、使用回数が少なくなっても、消費魔力を抑える方を優先した。
「図面はこれだな」
「こりゃあ複雑過ぎですよ」
生産用魔道具で、まずは1つ目の防御用魔道具を作り、その際に導き出した防御用魔法陣を、平面図に直して情報端末に転送。
それを紙に書き写すことで、超簡易魔道具とするのだ。ただその図面は細かく模様が描かれ、ハーフマントくらいの大きさになっていた。
「こうやって薄い紙を重ねて、上からなぞっていくんだ」
和紙を重ねて、下の文字を浮かび上がらせ、習字を行うように、下が透ける紙を重ねて、上からなぞって量産を試みる。
技術と根気のいる作業だ。生産用魔道具で生産しつつ、手作業の防御用紙マントを作成していく。
ここで思わぬ収穫は、最初に開拓船へ行った時に着いてきた兄妹の妹のほうが、模様をなぞる作業が得意だった事だ。
大人たちが数人がかりで何とか仕上げるくらいの作業を、1人で仕上げてしまった。その上、作業も早く、精度も高いので末は魔道具技士を目指した方がいいんじゃないかと思うほどだ。
そうやって紙に移した魔法陣と生産用魔道具で作った防御魔道具を合わせて、目標の30個は予定の半分、5日で数が揃った。
これで相手のアサルトライフルの弾くらいなら、数回の斉射を耐えられるだろう。ただ魔力を通す度に劣化し、回線が切れたら使い物にならなくなるので、過度な信頼はできない。
もちろん素材が紙なので、どこかに引っ掛けたり、水を被るだけで効果を失う危険もあった。
短期で白兵距離まで詰めて勝負することが求められる。
魔法陣が準備される5日の間に、動ける戦闘員に近接戦闘の基礎を叩き込む。鉄パイプや木材を持ちやすいように加工しただけの棍棒で、相手を寄せ付けない、回り込まれない、守りの基礎を教えていく。
攻めに関しては、ゲニスケフ1人で数を減らして貰う方が、継戦能力は上がるという判断だ。
ただ街を巡回してきたチンピラは、どうしても攻めの意識が強すぎて、横と連携して守るというのが馴染まないらしい。
先に指導した下っ端ーズを中心に、弱い部分をフォローする部隊を用意して、一発で抜かれるのだけは阻止するのを目標に据えた。
相手の出方はが分からないが、中層の訓練された兵士を前面に出してきたらかなり危ういだろう。
ただ相手もそれなりの数の下っ端を抱えているので、まずはそこからぶつけてくる可能性が高い。
そこで疲弊を誘い、本隊でトドメを指しに来ると見ている。ゲニスケフという中層の兵でも打倒しうる存在が、慎重な作戦を誘導できるはずだ。
5日間で下町内の試掘場から伸びる通路が幾つも発見され、通路を崩す事で時間を稼いできたが、いよいよ通路の先が試掘場へと続いていそうだと予測されたのだろう。
地上部隊が試掘場跡へと接近してくるとの報が入った。
「まずは相手の前衛を気絶魔法で一気に殲滅します」
会議室に集まり、作戦の最終確認を行う。
相手はやはり下っ端を前面に押し出し、物量での制圧を試みるようだ。そこを術式で一気に数を減らす様に、予め魔力伝達率の高い粉末や魔力を蓄えるタンクを置いて、埋設しておいた。
俺の術式を誘発させて、広範囲に影響を与えるつもりだ。
火の術式を使うと、周辺の街にも影響を与え、火災が発生した時に、バラック小屋などは一気に延焼していってしまうので、風魔法に分類される気絶魔法を使う事にした。
これで相手の足並みを見出せば、ベルゴの下っ端連中なら崩せる可能性が出てくる。
こちらの損耗を抑えて、ここを乗り切れるかが最初の勝負だ。
「その後、相手の戦意を挫くために、ゲニスケフさんが一撃を放ってもらいます」
「おう、任せとけ」
「それで相手の前衛を減らすことができれば、相手は中層の兵を投入してくるでしょう。遠距離からの銃による攻撃が始まれば、こちらから距離を詰めて白兵戦に持ち込みます」
そうして中層の兵を押さえている間に、ゲニスケフが相手の中枢を仕留める。それが大きな流れになってくる。
中層の兵をどれだけ押さえておけるか、ゲニスケフが無力化される兵器がないかとか、不安点をあげればきりがないが、ここまで侵攻された今、背水の陣で臨むしかない。
「では相手が防衛ラインに掛かったら、魔法を仕掛けますので、それを合図に作戦開始です」
試掘場自体は砂漠の際にあるちょっとした岩山だ。そこに横穴を開けて成分などを調べ、価値が低いと放棄された。
岩山の傍には建物もなく、開けた状態だ。最寄りのバラック小屋までは約300mほど。相手の姿を確認するのに支障はない。
約100mのラインに魔法を誘発する素材を撒いてある。そこで魔法を使えば一気に魔法が拡散する予定。もし相手がそこで銃を撃ってくれたら、引火して爆発する可能性もあるんだが、銃の有効射程を考えたら、可能性はほぼない。
もっと銃を使いそうな位置にラインを設定したら、誘爆した際にこちらも巻き込まれるし、相手も魔力感知したら分かるだろうから、撃つ前に解除を試みるだろう。
相手が魔法に縁のない下っ端だから、通用する手段だ。
岩山の入口に向けて、ベルゴの下っ端が駆け始める。総勢300人といった所か。先頭付近には、バイクを奪っていったスタンザの姿もあった。あれはスチュアートが化けた偽者じゃないだろう。
「これが開戦の狼煙だ」
先頭が100mラインにかかったところで、気絶魔法を発動。先頭を走る男がフッと意識を失い前のめりに倒れる。それに周囲が反応する間もなく、パタパタと倒れる者が連鎖していった。
走っていたところで急に意識を失ったので、ゴロゴロと転がっていたが、後続にも気絶効果が波及していったので、踏み潰される事はないだろう。
そんな中でも何人かは、踏ん張って耐え、走り続けてきた。スタンザも耐えた1人だ。
そこへゲニスケフが駆け出し、岩山から50mほどの位置で拳を振るった。地面を割るように振るわれた拳で、地面がめくれ上がって走ってくるベルゴへと襲いかかる。
しかし、ここで早くも計算外の事態が起こり始めた。




