ベルゴ対策
見た目の派手さから火の術式をチョイス。2人の間に火柱を立てて、視界を奪う。キャンプファイヤーの様な5mほどの炎だったが、ゲニスケフは魔力のこもった拳で吹き飛ばそうとしてくる。
しかし、この火柱は攻撃ではなく、相手の視界を奪うためのもの。本命は風の術式だ。
「ぬっ」
火柱を打ち消すために繰り出された拳を小さな竜巻が包む。腕をねじりあげる様に渦を巻く竜巻に、ゲニスケフは踏ん張って耐えようとした。
腕ひしぎの要領で、肘を支点に手首が反るように力を加える。テコの原理で肘へと負担が増大。無理にこらえようとすると、限界を迎えてしまう。
ビギィという関節が爆ぜる様な音が響いた。
この星には関節技という概念がないのか、関節への負荷に対して力で耐えようとしてくる。
力が抜けるように関節を捻ったり、逆らわずに飛ぶ事で外せるのだが、知識がないと対処しきれずに関節を壊してしまう。
肘関節が外れ、力なくプラーンと垂れ下がった。
「ボ、ボスッ」
「大丈夫だ、まだこっちがあるからやれる」
周囲の幹部連中が悲鳴を上げ、当の本人はまだやる気を見せて左で拳を握っていた。
「もう手合わせとしては十分でしょう。肘を治療しますよ」
俺はため息をつきつつ、ゲニスケフの肘に治療魔法を掛けた。特に人体の仕組みを知らなくても、術式を起動すれば正常な状態に戻してくれる。そのために医療技術が発展してないのだが、便利なのは確かだ。
「ほう、治す事もできるのか」
「過去の先人が残した知識ですよ。魔力を込めるだけで発動できる魔道具の方が便利なので、術式を覚える人は減ってるみたいですけど」
この世界の一般的な街では、前世でのAED並に治療術式が組み込まれた救急セットが設置されている。魔力で起動すれば使えるので、複雑な術式を覚える必要がない。
流石に下町にはそうした器機はないようだが、魔術に関する知識もないので簡単な治療方法しかないようだ。
「俺に負けねぇ強さに治療術まで使えるたぁ恐れ入るぜ。スタルクに来てくれた事に感謝する。てめえ等、ユーゴは食客として迎えるぞ、文句ねぇな?」
「ははっ」
周囲で見守っていた幹部連中も俺の実力を認めてくれたようだ。ただ1人、まだ若そうなヤツが苦虫を噛み潰したような顔をしている。多分、若手グループをまとめているヤツなのだろう。俺がスタルクに残ると障害になると考えているはずだ。
俺は早く宇宙に上がりたいんだけどな。
「そういえば、この試掘場ではどんな鉱石が採れたんですか?」
「ありふれた金属だな。鉄とか銅とか」
「ミスレインとかは……」
「見つかっていたら廃坑になっとらんよ」
「ですよね」
ミスレインは魔力を遮断できる金属で、この星で掘れる希少金属だ。試掘品でもあればマナタンクの修理に使えると思ったんだけど、世の中そんなに甘くない。
まあ鉄や銅でも一定の産出があれば、日常の生活には使えるんだろうけどね。
「さてユーゴの実力も確認した上でだ。今後の方針を決めちまおう」
場所を元の議場に戻って、ゲニスケフが話を進める。
「方針と言いましても、相手の出方を見ないことには」
「それじゃ遅ぇだろう。相手の方が人数がおる、受けに回ったら後手後手になっちまう」
「まだここはバレてねぇんですし、探しに出てくるヤツを潰していけばどうです?」
少ない手駒で相手に打撃を与える方策を出し合う。相手の拠点は固く、攻めるのは難しい。中世の城攻めでは無いので、3倍、4倍の兵力が必要って事はないだろうが、劣勢の側が相手が有利な防御陣地に仕掛けるのは自殺行為だ。
なので外に引っ張り出して潰したいというのが基本路線ではある。
ゲニスケフはエンザより強いしまともにやり合えばかなり打撃を与えられるだろう。しかし、相手の主力はゲニスケフが出てきたら即座に退き、その力を存分に振るう事ができずにいる。
だからといって相手が逃げられない拠点を攻めるのは無謀。
相手を引っ張り出した上で退路を断ち、ゲニスケフ率いる主力で潰せるのが一番の策となる。が、その相手を引っ張る方法が見つからない。
「ベルゴの目的が分からないと餌も撒きようがないですよね」
「目的もなにも勢力を維持するために、邪魔な俺等を潰そうとしてくるんだろ」
「ベルゴのシノギは……」
「まあ土地代だわな。下町の中心街で商売する際にみかじめ料を巻き上げとる」
みかじめ料とは、店を悪漢から守る代わりに支払う金の事だな。その悪漢が無法者なのか、ベルゴの手の者かは分からないが。
下町は基本的に治外法権。中層の壁の外に関しては、政府は関与してこず、税がない代わりに治安維持もしてくれない。
自警団的にベルゴやスタルクといった戦闘力を持った集団が街の治安を維持している形だ。
政府が税を取らないのは、それだけの富が下町にはないからだ。治安維持の為に警察機構を整えるのに必要な経費を、下町から徴収することができないので、放置されている。
上層が欲するのは希少金属で、中層は中層の中だけで生活を安定できれは良いという考え方だ。
「ベルゴ一強となった時の弊害は?」
「対抗組織がなくなれば、横暴になるだろうな。実際、スタルクが劣勢だと触れ回り、でかい態度を取ってる連中はいる」
街中を閉鎖してバイクを取り上げるような無茶苦茶もまかり通るのが、ベルゴの支配状況だからな。一強となれば、それが加速する可能性は大いにある。
「じゃあ街の人にとってはスタルクは残ってて欲しいですよね」
「まあそうだな。俺等に協力してくれてる人もそれなりにいるさ」
競争相手がいれば、みかじめ料の引き上げも無尽蔵にはできない。相手側につかれたら、入るはずの金が取れなくなるわけだからな。
スタルクの方が弱い立場だけに、みかじめ料も値下げしないと庇護者が増えない。その上でちゃんと守れる所も見せないと、客離れは起きてしまう。
定期的に下っ端同士がぶつかりあうのも、そうしたデモンストレーション的な一面があるはずだ。
一般市民にとってはいい迷惑だろうが、無政府状態よりは、強い勢力の庇護下に入れるのは、安定を求める一つの形。強盗、強奪が当たり前に横行し始めたら、流石に住んでいられない。
「となればメインストリートに出て行けば、相手としても出てこざるをえない感じですね」
「そうだな。大掛かりな抗争になりかねんが、相手は出てくるしかねぇな」
「そこでゲニスケフさんの力を示せれば、下町の人々の支持率も上げられそうです」
「問題はボスがいる所に敵が来るか……だ」
「それについてですけど……」
ゲニスケフが魔力を使って身体強化を行っていることと、常時魔力が放出されているので魔力感知で位置を特定されると説明した。
「なんだと……俺も魔術師だったのか」
「いえ、魔術師とは違います。魔術師は術式を介する事で力を使いますが、ゲニスケフさんは自然にそれを行えているんです。武道を極める中で使える様になるので、僕らは武術家と呼んでますね」
「武術家か、納得だ」
「エンザは師匠について修行していた様なので、魔力の抑え方も習っていたんだと思います」
「エンザの場所を知る事はできねぇのか」
エンザの武は、ゲニスケフでしか押さえられない。エンザのいる場所にゲニスケフが近づくと、さっと退かれるだろう。
逃げられない状況に引き込むまでゲニスケフの存在を秘す事で、直接対決させる事ができるはずだ。
「だから魔力を遮断する結界の内に隠れてもらいます」
「そんなモンがあるのか」
「ただ場所に掛ける形になるので、待つことになります」
「それは性に合わんが、仕方あるまい」
メインストリート近くにゲニスケフを伏せて、エンザを引き込み、直接対決できるシチュエーションをセッティングする。
「その一環として、先日の格納庫に対してゲニスケフさんが向かっているように、魔力を偽装します」
「それはどういう?」
ゲニスケフの魔力をずっと追跡されているとすると、メインストリートに伏せるのもバレてしまう危険がある。
なので俺が魔力を偽装して別の場所へ向かう事で、視線をそちらに集めておき、その間に移動してもらう策だ。
「分かった、それでひとまずエンザを仕留めるぞ」




