スタルクのボス
「お前がユーゴか」
スタルクの拠点は地下にあった。元々鉱石の試掘調査が行われていた坑道の中だ。都市部の外側にある下町の中でも、少し外れた場所になる。
試掘調査は行われたものの埋蔵量がそれほどでもないとの事で、放棄された場所を自分達で拡張して居住環境を整えていた。
幾つか地下道を整備して、下町のバラック小屋から直通できるルートを確保している。
その一つを使って、拠点を訪れていた。
待ち受けていたのは、大工の棟梁かと思う様なねじり鉢巻が似合いそうな、角刈りに法被みたいな上着を羽織った筋骨隆々の男だった。
長いもみあげに、無精髭を生やした男は、ある種のカリスマを持ってそうではある。
「はい、魔術師のユーゴです」
「魔術師……なぁ。聞いた覚えはあるが、実在するとはな。俺はスタルクをまとめてるゲニスケフだ」
対してみて分かる。この人もエンザと同じく魔力で身体強化をして、魔力を込めた拳を振るう天然の魔術師、武術家だろう。魔力を抑える事を知らないので、その気配がダダ漏れだった。
「あのエンザを退けたってぇのは本当なんだろうな」
「ええ、まあ」
「なら、俺とも手合わせしてみろ」
ニヤリと笑うゲニスケフは、エンザと同じ戦闘狂の匂いがする。
「ボ、ボス、それはちょっと」
「何でぇ、てめえの推薦だろうが。それとも嘘だったのか?」
横から制止しようとした情報屋をゲニスケフが睨んで止める。
「ベルゴと事を構えなきゃならねえんだ。その戦力を確認しねぇと話にならんだろ」
「いや、ならケビンとか、マードックとやらせりゃ十分じゃないですかい」
「アイツラじゃエンザに敵わんだろうが、それじゃ意味ねぇんだよ」
「そんな事言って、ボスが戦いたいだけでしょうが」
情報屋は他の実力者を指名したが、そいつ等はベルゴの作業服を着ていたエンザに敵わなかったらしい。
ただそれは口実に過ぎず、やはり戦闘狂の血が騒いでるだけなのだろう。力でグループをまとめてきたゲニスケフにとって、戦闘力というのは説得力と同義だとか考えているのかもしれない。
実際、情報屋からはこまめに情報を上げているとしても、所詮言葉。実力を推し量るには眼の前で見るのが一番だと、周囲の幹部連中にも頷いている者がいた。
「そうですね、百の言葉を尽くすより、一目見た方が分かりやすいという事はあるかもですね」
「お、おい、坊主っ」
ただ加減は難しい。ゲニスケフに圧勝してしまうとメンツを潰す事になってしまう。と言っても力を示せないと周囲を納得させる事もできなくなる。
エンザよりは苦戦したという演出が欲しい。例えば、エンザを止めた凍結魔法を使いつつ、自力で脱出してもらう……とかか?
そんな皮算用をし始めた俺に対して、ボスの魔力が膨れ上がる。いやいや、エンザどころじゃないじゃないか。まだ俺に比べれば魔力量は大きくないが、武術家はそのまま魔力を使える。
それは俺が術式を使って銃を撃つ代わりに、ゲニスケフは火薬をそのまま爆発させて攻撃する様なもの。
俺の方が的確な攻撃が狙えるが、ゲニスケフの魔力の使い方が弱いという訳でもない。
「よし、決まりだ。道場へ行くぞ」
「ぼ、坊主。ボスは……」
「強いのは分かりますよ。エンザなんて比較にならないんでしょ?」
「分からねえよ、本気で戦ってるボスは見たことねぇんだ」
スタルク内でボスとまともに戦える奴はいない。ベルゴとの抗争でも、相手は搦め手でボスの動きを封じつつ、他の局面で押し切られるので、まともに戦わせてもらえないのだ。
ベルゴもエンザを直接ぶつけるような真似はしてこなかったという事になる。
それだけ認められた戦士という訳だな。
「負ける事はないよ。ただ勝ち方を選べるかが問題だけど」
例えば近寄ってくる前に、一方的に攻撃魔法を撃ち込めばあっさりと決着はつくだろう。ただそれじゃあ納得は得られない。
ちゃんと戦った上で、相手に認めさせる勝負というのは中々に骨が折れる。それでもアイネとやってた頃と比べたら、まだ算段は立つ。
アイネは武術家ではないが、使える魔法が水晶に刻まれている状態で、それに魔力を通せば発動できるという意味で、武術家に近かった。
その上できちんとした格闘術も知っていたので、当時の俺は手も足も出なかったのだ。
「た、頼むぜ。ボスがいないと今のスタルクはまとまんねぇんだ」
「善処はするよ」
「いつまでくっちゃべってんだ。始めるぞっ」
連れて行かれた道場とやらは、単に広く作られた部屋だった。直径20mほどの円形で、中央に直径10mほどの円が描かれている。
ボスはその中央で俺を手招きしていた。
「じゃあ、先手は譲ってやるから、力を見せてみやがれ」
「そうですねぇ……」
実力で言えばこっちの方が上なんだが、立場的にこちらが仕掛ける方が無難か。分かりやすく見せるなら身体強化した一撃ってとこだな。
俺は方針を固めると、術式を起動していく。身体強化は込める魔力によって強度も変わるが、あまり強い魔力を使ってしまうと体がもたなくなる。
筋力が酷使されすぎて、筋繊維が切れたり、関節が耐えられずに脱臼したりと、慣れない頃は自爆しながら限界を覚えていったのだ。
「シッ」
「むうっ」
地を駆けて間合いを詰め、ミドルキックを蹴り込んでいく。その動きに反応して腕でブロックされるが、そのままズズッと押し込んでやる。
「ふんっ」
が、気合と共に蹴り足を弾かれた。ブロックした部位に魔力を集めて小爆発を起こして、吹き飛ばされた感じだな。ただ魔力を放出しただけなので、視覚的に捉えられるのはそれなりに魔術を分かっている者だけだろう。
ゲニスケフ自身、魔力で押し返した事を自覚できていないと見える。単に気合で押し返した感覚だろう。
「いい一撃だ。確かにエンザとやり合えそうだ。だが、まだ分からんなぁ」
笑みを深めたゲニスケフの魔力が拳に集まる。エンザが最後に放とうとしていた魔力を込めた一撃だ。まともに受けると爆散しそうなヤツ。
しかしあの時と違って予め術式を選び出し、準備を進めていた。相手の魔力を受け止めていなす障壁を発動。拳を受け止める。
ゴガッという人の拳とは思えない打撃音を響かせながら、俺は障壁に流れてくる魔力に対抗した。暴れる魔力を逸らすだけだと、周囲で見ている情報屋や幹部連中に被害が出そうだったので、地面と天井へと分散させた。
固められていた地面に足がめり込むほどの威力が伝わってくる。また魔力とは別に、ゲニスケフの拳によるダメージもあった。子供の体格じゃ受けきれないが、身体強化で無理矢理抑え込む。
「ほう」
魔力のこもった一撃を避けるのではなく、受け止めた事で、ゲニスケフが感心したような吐息を漏らす。
「ならばっ」
という声と共に、連続攻撃へと移っていく。一撃一撃に込められた魔力量は減っているが、連続で打ち込まれるのは厄介だ。障壁の展開が追いつかない。
魔力をまとわせた肉体で何とか捌くしかない。しかし、ゲニスケフのケンカ慣れした拳は、魔力がなくても的確な一撃を放ってくる。骨を砕くような拳が、容赦なく繰り出されて、受け方を間違えればガードごと吹き飛ばされるだろう。
一方的に攻撃を受け続けていたら、クリーンヒットされる危険も出てくるので、反撃を交えていく。
「むっ」
発動した凍結魔法をゲニスケフは、勘で避けて見せた。足元から凍らせるつもりで術式を起動したのだが、踏み込みの違和感でとっさに飛び退き、距離を取られたのだ。
「ほうほう、それが魔法か」
「アレを避けますか。エンザは捕まえられたんですけどね」
「一応、報告は聞いていたからな。だがそれだけじゃないんだろう。もっと見せろっ」
声と共に再度距離を詰めてきた。ジャブで撃ち出された魔力が湾曲しながら飛んでくる。右から回り込む様に来たり、正面からのが下方に落ちたり、野球かと思うような変化の仕方だ。
魔力を視認できる俺だから対処できたが、見えなければ拳と違う部分への攻撃は、かなり危険だっただろう。
ただ曲げる意識のためか、勢いは弱めで魔力量も軽く、いなし易かったのは幸いだった。掌打で軌道を逸らしつつ、次の術式を用意する時間がとれた。
「ではちゃんと見せていきますよ」
俺は術式を起動する。




