ベルゴの拠点
ベルゴの拠点は下町の中で少し小高い丘になっている場所にあった。接近してくる者を見下ろせる位置だな。
建物自体はバラック小屋の中心に大きめの建物……あれは元宇宙船かもしれないな。コックピットなどが部分的に解体されていて、飛行能力は失っていそうだが、装甲などが残っていて防衛拠点として考えれば堅そうだ。
他にも魔力的なセンサーも幾つか見受けられるので、透明化などの魔法で姿を消して近づこうとも発見されるだろう。
それに見張り塔も随所にあって、人の目でもしっかりと監視されていた。
「流石にちょっと騒がしそうだね」
「坊主が思った以上に強かったんで、幹部が招集されたんじゃねぇかな。それっぽい車両が入っていくのが確認されてる」
拠点を見上げる位置に軽トラで乗り付けた俺達は、双眼鏡を覗きながら様子を伺っている。空から偵察も考えはしたが、手の内はあまり見せない方がいいだろう。まあ、魔術師を名乗った時点で、飛べるのは計算に入れるだろうけど。
この星の対空意識は、ほとんどない。その理由は、上層部が飛行する魔道具などを独占しているからだ。
中層以下の住人が飛行用魔道具を作ろうとすると、特殊部隊が派遣されて潰されるらしい。
そして魔術師も下町ではその概念からほとんど周知されていないため、自力で飛べる者もいないだろう。
なので下町で空を警戒している者はほとんどいないだろう。しかし、魔法で空を飛ぼうとすると、魔力感知に引っかかる危険は大きい。低空に降りなければ迎撃される事はないだろうが、ずっと追跡される可能性はある。
監視されつづければ、俺だって眠る必要はあるので、どうしたって隙ができるだろう。相手は人数を掛けて対処できる分、有利になっていく。
勝負を仕掛ける時まで見つからないに越したことはない。
「それに相手にも魔術師がいる可能性はあるからな」
「おったとしても坊主ほどではないだろ?」
「それは何ともいえないさ。僕の方が知識は持っているかもしれないけど、実戦経験はほとんどないからね」
単に魔力量での勝負なら、幼い頃より魔力強化を強いられてきた俺は、そこいらの連中には負けない。脳裏に刻まれた数々の術式も、辺境の星とは比較できないほど高度なモノのはずだ。
しかし、戦いとなると力の強さや武器の強さだけでは必勝とはならない。機関銃相手でも、早打ちのリボルバーの方が勝てる可能性もある。
要は相手より早く、致命傷を与えればいくら強い武器を持っていようが負けない。上手く潜伏されて、不意打ちで襲われれば、防御する間もなくやられる危険はある。
自分より強い相手に正面からぶつかるのは馬鹿を見るだけだからな。
実戦経験が豊富な魔術師なら、俺よりも早く術式を展開できる可能性もあるし、遠くから狙撃される可能性もある。
常時防御結界を張っていれば、魔力を浪費する羽目になり、いざ戦闘となった時に魔力量が少なくなっている可能性も出てくるのだ。
個として強くても、数で絶えず狙われればやられる。それが世の摂理だな。
「スタルクの上はどうなってんだ?」
「……実は坊主1人の責任なら、献上しろとか言い出してる奴もいる」
「まあ、当然だな。でも僕が敵についたらとか考えないのかね?」
「強すぎる味方は、組織内でのし上がるための障害と考える馬鹿がどうしても……な」
もちろん情報屋はそんな事は考えない一派だろうし、幹部の多くも組織としてベルゴは敵。俺が宇宙を目指してるというのもちゃんと共有してくれているはずだ。
それでも権力を得たら居座ると危惧する輩は出てくるんだろう。そんな狭い世界で満足しないというのは、外を知らない人間に信じられないのだ。
「さっさとトップに話をつけに行く方が楽なのかな?」
「単身で忍び込むと?」
中層でも忍び込めたので、下町の組織も侵入できるのではないかとは考える。ベルゴが俺の存在に揺れる中、スタルクも乱れているとなると、泥沼にハマって時間だけが取られる可能性もあった。
「ベルゴの方針はどうなってるの? 中層への侵攻も考えてるんだろうか?」
「その辺はハッキリしておらんな。とにかく下町を一枚岩にして支配するというのを進めておる」
相手の拠点が元宇宙船ということは、そこにあった技術を取り込んている可能性もある。作業服の男エンザの師匠というのが、宇宙船の乗組員だったなら、その辺の知識を伝えているだろう。
それをもって下町の支配を有利に進められたとも考えられる。
「宇宙船をバラしてるって事は、外へ出ようとはしてないよな」
「修理できなかったのか、上層部を出し抜けないと判断したかは分からんが、宇宙に出る気はないじゃろうな」
使えるパーツがあれば、開拓船の修理も捗るかもしれないな。何にせよ、相手方の情報が不足している。
「おっさん、情報屋と言う割に知らない事、多くないか?」
「何、情報屋だって何でもは知らんさ。知ってることだけ、偉そうにちらつかせてナンボだ」
情報3割、会話術7割ってくらいに聞こえるぞ。
「ひとまず直ぐに動いてくることもなさそうだし、自分達の準備を整えるのを優先しようか」
「そうだな」
俺達はベルゴの拠点を後にした。
久々に開拓船へとやってくる。予定より少し早くはなったが、5丁の銃が完成していた。火の術式を刻んだ手のひらサイズの拳銃だ。
有効射程は20mほどで、指の第一関節くらいの火の玉を発射する。着弾したら軽く爆発して、相手を吹き飛ばす感じだな。
一発での殺傷能力はそこまででもないが、近距離戦で十分な威力と言えるだろう。
「使い方は分かるよな」
「ああ、安全装置を外して、引き金を引くんだろ」
下町でも多少は銃器が出回っているらしい。情報屋は一通りの使い方を知っていた。
「マガジンに魔力を満タンにしてれば、12発は撃てる。それ以上になれば、使用者自身が魔力を込めれば数発は撃てるってところだね」
「射撃練習するにも魔力が必要だな」
「コイツを渡しておくよ」
小型の燃焼炉を取り出す。カセットコンロくらいの大きさで、物を燃やした際の熱量を魔力に変換して、銃のマガジンへと補充できる。薪を2時間ほど燃やし続ければ、マガジン一本が満タンになるくらいかな。
「ふむ、これは便利だな。軽トラ用はないのか?」
「軽トラクラスに魔力供給しようとすると、燃料がそれなりの物が必要だな」
ガソリンという概念が無いので、どれくらいの燃焼力が必要なのかが説明しづらい。
「食用油で言えば、100リットル単位になってくるかな」
「そりゃ割に合わんな」
それだけの油を用意するくらいなら人間が何人かで込める方がマシだろう。100リットルで何km走れるかも分からないし。
「ひとまず、銃の使い方をしっかり教えておいてよ。フレンドリーファイアも十分ありえるからね」
「背中撃たれたらしゃれにならんな」
威力のある武器を使うのは、諸刃の剣となりうる。拳で殴り掛かるのでさえ、上手く捌かれれば仲間へ流れるのだ。
魔術を撃って避けられたら、味方に当たりました。じゃあたまらない。
射線に味方を入れないというのを徹底して教えて欲しいところだ。
「じゃあ、僕は船の中を確認してから帰るから」
「分かった」
ホバーバイクが返ってきたので、情報屋と別行動もしやすくなった。俺と離れると、情報屋の方が狙われる可能性もあるが、そこはスタルクでも腕利きに分類される情報屋は、しっかりと立ち回れると胸を張っていた。
「さて、船内の確認を進めますかね」
情報屋の軽トラを見送り、俺は開拓船の修理に向けて作業を開始した。




