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作業服の男

 作業服の男はニヤリと笑みを浮かべながら拳を握る。その所作には油断も隙もない。アイネと訓練していた時に感じた威圧を放っている。

 アイネは知識と経験を水晶により刷り込まれ、それをモノにするべく訓練していた。俺が生まれてから体ができるまでの5年間を先んじて訓練していただけあって、体格差以上に実力差が開いていた。この星に来てはじめて戦闘訓練した時にはビビって漏らしたくらいだ。


「あそこで一気にプレッシャーを掛けられたから、後の訓練は楽に感じたもんだ」


 魔力もあるこの世界、気配による圧力は物理的な力を伴って襲ってくるというのを体感させられた。5才児に本気のプレッシャーを与えてくるアイネさん、ホント、パネーっす。


「ほほぅ、これだけ圧を掛けても小揺るぎもせんとは……久々に本気を出せそうだ」

「いや、僕にそんな価値ないですよ」

「それはワシが判断するっ」


 一瞬、消えたかと思うような加速。姿勢を低くして一気に間合いを詰めてきた。繰り出す拳にはしっかりたナックルガードが握られている。バールじゃ受けきれないと判断し、手のひらで受ける。

 当たった瞬間に手のひらを引き、勢いを殺しながら捌く。が、その瞬間に拳が重さを増す。ナックルガード自体は魔道具ではなさそうなので、本人の魔力なのだろう。拳を通して放たれたソレに体が持っていかれた。

 勢いよく吹っ飛んだ俺は、空中で姿勢を立て直して壁に着地する。


「うへぇ、手が痺れる」

「あれを受けて骨の一本も折れんか」

「まだ体が柔らかいからね」

「そんな次元の話ではなかろう」


 ヤバい、この人は戦闘狂バトルジャンキーの匂いがする。実力を見せれば見せるほど乗ってくるタイプだ。

 やるなら一気にケリを着ける方がいいだろう。


「貴方は武術家でしょ。魔力をシンプルに使えるから、普通の人より圧倒的に強い。僕は魔術師の方だから相手にならないよ」

「やっぱり外の人間よな、坊主は。ワシの師匠もそうであった」

「無益な戦いになるからやめとかない?」

「一応、武で抱えられている人間じゃからな。力を示さずに引くことは許されんのじゃ」


 いや、単に戦うのが好きなだけでしょ。笑みがさっきより深くなってるし。でも外の人間じゃなくて、その弟子なのか。

 そうすると魔術師がどういう存在なのかを知らないのかもしれない。

 氣を錬る様に魔力を使い、身体強化をする武術家は、戦闘力を大きく跳ね上げられる。体の延長として魔力を放ち、体を固く守れるので並の兵士でも対抗できない武力を持つ。


 一方の魔術師は、術式を通して魔力を使う。さっきから使っている身体強化も、術式に魔力を通して具現化しているので、武術家の行う身体強化とは根本的に違っていた。

 その差は即応性に出てくる。術式を選び、それを起動するというのは、武術家の様に体に覚え込ませた魔力の使い方に比べてどうしたって時間を要する。

 できるだけ早く起動できるように訓練を重ねて来たけど、天然物の武術家の発動よりは遅いのだ。


 なので速攻されるとどうしたって後手に回る。


 作業服が再び間合いを詰めて、連続技を放ってくる。それぞれに魔力を帯びた一撃は、まともに食らえば吹き飛ばされるどころか、その場で爆散しかねない。

 拳をガードしても魔力はそのまま通ってくるのだ。なので、その手を捌いて軌道を逸らすしかない。


 いなした拳の先でバゴンと地面がへこむ。格闘漫画の世界かよ。その一撃一撃が必殺。

 更には武術家として鍛えてきた勘もある。こちらの捌きに合わせて、調整を入れ始めた。

 上手くいなしきれずに、魔力が体に触れ始め、肌が切られ、血を弾けさせる。痛い。


「降参するなら、一発殴るだけで許してやるぞ」

「それでも殴られるんじゃん」

「こんだけ昂らされては殴らんと収まらんわい」


 この戦闘狂がっ。

 肉体言語で会話を求めてくるのは迷惑なんだよ。俺はスマートな魔術師を目指してきたんだ。こんな殴り合いなんて、望んじゃいない。


「それは嫌なんで、終わらせましょう」

「ふんっ」


 作業服の踏み込みで地面が割れ、渾身の一撃が空気を震わせる。これは捌ききれない一撃だな。体に触れた傍から魔力が暴れて引き裂かれるヤツ。どこまでも破壊を突き詰めた一撃。やだ、怖い。

 しかし、男の拳は俺に触れる前で減速し、止まった。

 その全身には霜が付き、凍りついている。氷結の術式が何とか間に合ったのだ。脳裏に描いた魔術式へ魔力を流しながらの戦闘は、色々と制約がかかる。本来なら前衛に守ってもらいながら魔法を起動するのが魔術師なんだが、アイネの教育で動きながらでも術を行使できるようにはなっている。ただ時間はかなり掛かってしまうが。


「ちゃんとした蘇生すれば、まだ生きてるかな?」

「な……」


 今まで有利に戦闘を進めていた作業服が、一瞬にして氷の彫像と化していた。その事実にスチュアートまでも凍りついた様に固まっている。


「僕は魔術師だからね。魔法を使わせてもらうんだよ。それじゃ、バイクは返してもらいますね」


 倉庫の中に置かれていたバイクに跨ると、軽く魔力で細工がされていないかを確認した後、アクセルを回す。

 急加速に浮かび上がりそうになる前方を抑え込みつつ一気に倉庫の入口へと向かった。


「うおっ」


 入口を固めていた男達が慌てて避ける横を俺は走り去った。




「おっさん、しっかりバレてたわー」

『ああ、声は拾っていた。あの場所は引き上げるんで、この場所へ合流してくれ』


 情報端末に地図が表示される。


「折角野菜を植えたのに……」

『別に全部を移動する訳じゃねぇ。子供達を残して世話をさせる』

「それ、大丈夫なのか?」

『奴らだってそこまで外道じゃねぇよ』


 その辺の塩梅は長年抗争してきたおっさんに任せるしかないか。

 とりあえずベルゴには宣戦布告した様な状況になっちゃったな。まだまだ準備ができてないんだが、本格的な抗争に入るのかね。


 あの作業服のおっちゃんがどのくらいの位置にいるかで変わってくる。四天王の中でも最弱……とかだと面倒だ。

 武術家は戦闘力が高いものの戦い方自体はシンプルだからな。それ以上の武力をぶつければ止められるし、俺がやったように魔法で対処する事もできる。

 あれだけの魔力量があれば、全身を凍らせても体の表面は魔力で守られてて、氷を溶かせばすぐに動き出せるはず。

 殺すつもりなら火の魔法で焼き尽くすとかする方が確実だ。


「命のやり取りをするのもアレだしな」


 手加減して勝てる相手なら、命を奪うまでもない。転生して少し倫理観が薄れている俺だが、人殺しをして平然としていられるかはまだ分からんしね。


「早めに体感しておくべきだった……?」


 いや、殺さずに済むならそっちがいいよな。甘いと言われようが、そこまで人間を辞めたい訳でもないし。




 情報屋の新たなアジトへ合流。追手はいなかったが、下町のどこにベルゴの目があるかは分からないから巻けたとは思わない方が賢明だろう。


「いやはや、坊主……いえ、ユーゴさん。あそこまでの腕だったとは」

「今まで通り坊主でいいよ。なんかくすぐったいし」

「しかし、エンザの野郎まで仕留めちまうとは……正直、度肝を抜かれましたぜ」


 やっぱりあの作業服はそれなりに名の売れたヤツだったんだろう。あそこまで武術として魔力操作を極めた奴は、普通のケンカ慣れした程度の戦闘員では話にならないだろうからな。


「殺してはないからね。多分、氷を溶かしたらピンピンしてるよ」

「そ、そうなんですかい。バケモンだな」

「相当に魔力量を持ってそうだったからね。常時防御膜を展開してると思う」


 これで完全にベルゴを敵に回すことになるな。人数が多いから、街全体に情報提供者がいると考えるべきだ。あえて俺が1人で行動して釣り出すなんて事もできるかもしれないが、末端の下っ端ーズから襲われだすと厄介だ。


「今まで以上に防御を固めつつ、攻めるポイントを探すしかないかな」

「そうだな。持久戦になると、人数が少ないこっちが不利。一気に本丸を攻めてぇ所だが……」

「敵の本拠地とか分かってないの?」

「それは分かってるが、当然のように守りが堅いからな」


 俺が前面に出れば突破は容易だろうけど、スタルクが中心となってやらないと今後に影響する。俺はずっとここに居る訳じゃないから、宇宙に出た瞬間に反抗されるとか後味が悪い。


「早々に下っ端ーズを鍛えるか……でも、相手の戦闘員は強かったしなぁ」


 色々と追い詰められてきたぞ。

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