ベルゴからの呼び出し
下町のメインストリートと呼ばれる場所は、少し大きめのバラック小屋が並び、道幅も広めだ。といって車が行き交う様な道ではなく、あくまで人通りが多いという感じ。
それでも中層の様子と比べたらかなり活気があるように思えた。
「この辺かな」
端末に送られてきた地図を頼りに店を見つける。魔力の感知式を起動しているが、周辺にジャマーが仕掛けられている様子もない。
まあ常時ジャマーを起動するには魔力も必要だし、日用的な魔道具も影響を受けたりと問題だらけなので、必要になるまでは使わないだろう。
指定された店は大衆居酒屋といった雰囲気で、入口は広く開けられているというよりは、屋根代わりの板が、細い棒で支えられているだけという開放感だ。
時間的にも昼頃で、流石に酔いつぶれている奴はいないものの、昼食と合わせて1杯引っ掛けてる様な者はそれなりにいる。
下町での仕事といってもちょっとした畑をやってるとか、そこから農作物を街中に運んできて売るとか、バラック小屋の建て増しやら修理やらをやる大工。資材を集めるために中層からのゴミ捨て場に行くとかだ。
多少酔ってたとしても関係ないのだろう。
「おう、坊主。こっちだ、こっち」
店内を見渡していた俺に対して、店の奥から手を上げて呼ぶ声が聞こえた。多分、スタンザだろう。正直、あまり顔を覚えてなかった。
「昼飯はまだだな、食っとけ、食っとけ」
雑多な食べ物が並んだテーブルへと座る。鳥や何かの獣を焼いた肉に、サボテンを中心とした野菜炒め、硬そうなパンなどがあった。
とりあえず食べないことには話を進めそうにないので、ありがたく食べさせてもらう。味付けはシンプルな塩のみという感じだな。一応、野菜類から旨味は出ているが、引き出すという程のものでもない。
肉類も新鮮ではないのか、ジューシーさが足りてない。焼き加減も雑な感じだな。
パンについても生地を発酵しきれてないのか、重たく硬い状態になっていた。野菜炒めの汁に浸して、何とかってところ。
「で、だ。坊主、お前俺の子分達をかわいがってくれたみてぇだな」
すっかり忘れていたが、スタンザの周囲にいた子分達を返り討ちにしていた。その意趣返しに呼んだという可能性もあったのか。
「そのナリでウチの連中をノセるとなると、普通じゃねぇ。外から来たのは分かってるが、何モンだ?」
ニヤリと笑みを浮かべつつ、目は笑っていない。こちらの様子をじっと観察しているみたいだ。
おかしい。あの時の様子じゃあ、バイクに浮かれてヘマするヤツとしか認識してなかったのに、今のコイツは抜け目のないまとめ役といった雰囲気だ。
「ぼ、僕の父は冒険者というか、運び屋的な事をやってたんです。各都市の下町とか採掘場なんかをウロウロと。それに付き合わされていたので、一通りの護身術も習ってました」
「ふぅん、そんでその親父は?」
「酒がたたって暴漢にやられちゃいまして……」
「それでバイク諸々を引き継いだと? にしてはやけに簡単に手放したじゃねーか」
「手放した訳じゃないですよ。調査のために預かってもらっただけでしょう?」
ちょっと無理がある設定だなーとは思ってたけど、前のスタンザならあっさり信じて終わりとも考えていた。
でも眼の前のスタンザは、あの時とは別人だ。顔貌は多分、あの時のままなんだが、目が違う。
魔力感知にも反応があることから考えても、眼の前の男はスタンザではなく、変身の魔法を使っている誰かだ。
スタンザの名前を使えるところから見ても、その上役あたりか、それともベルゴの情報屋にあたる人物か。
何にせよ脳筋担当じゃなく、知能担当の人間だな。
「そうだな。あれは預かっただけだ。中々良いもん使ってんなぁ。修理もできんのか?」
「はい、一応、多少の故障なら修理できます」
魔道具として走るホバーバイクの不具合は、魔法陣にゴミが入って魔力を阻害したり、傷が入って上手く作動しなくなったりだ。
過剰に魔力供給して焼ききれるなんてのは、下町を走るバイク程度では起こらない。
なので修理となると、ゴミ掃除や傷ついた魔法陣の修復程度。魔法陣の修復は、傷を均して魔力を通す塗料で書き直す感じで行う。
その際に線の太さであったり、使う塗料の種類であったりを間違うと上手く作動しなくなったりする。
修理するにはその辺の知識もないとダメなのだ。
「よし。じゃあ、その腕を買ってやる。ホバーバイクを返すからウチの倉庫へ来い。そこでウチのトラック類をちっと見てくれや」
「は、はぁ……」
スタンザ(仮)は俺の肩を掴んで立ち上がらせると、そのまま店の外へと歩き出した。肩を掴んだ手に力はこもっていないが、逃げ出そうとしたらすぐに捕まえる事ができる、そんな雰囲気を感じさせた。
2ブロックほど移動した先にあったのは、大きな建物だ。バラック小屋とは違って、かなりしっかりとした感じになっている。
両開きのスライドさせる扉はかなり大きく、大人が体重をかけながらでないと動かないようだ。
重い音をたてながら開いた先には、2tくらいのトラックだった。足回りもかなりゴツく俺の身長くらいあるタイヤがハマっていた。
「お、大型ですね」
「まあな。でも基本的な作りはバイクと変わらねぇ。ちょっと遅くなってきてるから、見てやってくれや」
俺の実力を確認したいってトコなんだろうが、いきなり過ぎるよな。何が狙いなんだろうか。
考える事はありそうだが、ぼーっとしている訳にもいかない。とりあえず作業は進めてみる。
大型の車となると、出力魔法陣からタイヤを動かすまでにも幾つか増幅の魔法陣を仕込む事が多い。地球科学で言うならギヤボックスにあたる部分だ。出力を少し溜め込んで重ねる事で、より大きな力を得る事ができる。
一定の速度がついたら慣性でそこまで力が要らなくなるので、直接出力を繋げて速さに繋げていく感じだな。
大きな負荷が掛かるので、この手の大型車両で一番ガタがきやすい部分といえる。案の定、煤の様な魔力カスが溜まって、魔法陣の一部の働きが落ちていた。この辺は掃除してやるだけで結構変わるものだ。
出力自体は火の魔力だな。最も力を出しやすい火の魔力は、燃料さえ補充してやれば術式が継続するので、使い勝手がいい魔法だ。
その分、暴走したら火災を起こすし、熱量が高いことで金属を歪ませたりする事もある。定期的にメンテナンスするのが必要なのだ。
「大きな組織ならその手の要員もしっかりいるはずだけどな」
俺みたいな外部の人間を入れてやらせる事ではない。俺の実力を見るための試験だろうな。
魔力の流れる筋を辿って流れが悪くなってる箇所を掃除する。基本的な作業だけこなして、熱で歪んだ部分なんかは放置しておく。
ホバーバイクと共通して行うメンテナンスという感じの箇所のみの作業だ。
ただその作業をじっとスタンザ(仮)が見つめていた。
「僕ができるのはこの辺までですね」
燃料から火の魔力を取り出す機関部から、ギアにあたる出力拡大部、各タイヤを回す力に変えるモーター部分に溜まっていた魔力カスを掃除して、全体的な流れがスムーズになるように調整しただけだ。
「ふむ、不自然な所はなかったみてぇだな」
スタンザ(仮)が目配せしたのは、本来の整備士らしい作業着の男だ。こちらを見ながら頷いている。
「どうだ。コイツの下で整備士をやってみねぇか?」
「え……」
「もちろん、給料は弾むぜ」
薄っすらと予測はしていたが、ベルゴからの勧誘だった。それが整備士というのは、少し予想からは外れていたが。




