今後の訓練計画
アイアンモールの団長夫妻の息子、ナッシュにこれからについて確認した。
「俺の目的はフロンティアラインの船だ。ただ乗組員から稼ぐ術を奪ってというのは考えていない。丸く収めようと思えば、君たちの船で彼らを受け入れるのがベストだと考えている」
「そ、それは、確かに、そうなんですが……彼らも船を渡そうとはしないでしょう?」
「彼らが求める物が何かによるだろう。傭兵にとって船は家だから、それを失う恐怖はあるだろう。だが代わりがあるとなればそこまで忌避する事もないのではないかな」
「そうでしょうか……」
前団長がいたら船への思い入れはあるかもしれないが、団長代行は10年ほど乗船しているが経理担当として雇われた身。パイロットは15年と乗船歴は長いが、団長に立候補しなかった。
ヨロイ使いのルーキー達は1年に満たない。
アイアンモールの面々の様に生まれ育った訳ではないので、そこまでの思い入れはないだろう。
居住空間としては外洋を航海する開拓船の方が充実していると思うが、それが万全に動いているかは怪しい。どちらの団も資金難の状況だった。
フロンティアラインもルーキーを受け入れる前の段階で経営が傾き、ベテラン勢が他の傭兵団にヘッドハントされた際に引き止める事もできず、穴埋めとして現役を雇うことができないのでスラムから子供を引き取ったのだ。
「ま、何にしても目先の金すら満足にない状況なのはどっちもだ。ひとまず狩りをして当座の資金を稼ぎたい」
「それはそうなんですが」
「装備屋の親父ならコボルトを見つける新装備も用意してるはずだ。それを借りて狩りをすれば、今までの比ではなく稼げる」
まあ新装備を用意させたのは俺なんだが。
「フロンティアラインのルーキーとそれなりの数を狩る。前回の小惑星で30匹は狩れたから、もう一回り大きいのを狙えば倍は狩れるだろ」
「え、えっと、60匹……?」
「俺達の船じゃ運べる量が30ほどだったってだけだからな。もっと狩ろうと思えば狩れたんだ」
「え、えーと……」
5匹で脱初心者となっていたので、その数を2〜3回の狩りで達成していたのだろう。それが一気に5倍以上狩るとなれば、常識が拒絶反応を示してもおかしくはない。
このナッシュも幼い頃から親について狩りを続けてきただろう。10年ほどはヨロイ使いとしての経験があるはずだ。
本来なら索敵は一番大事な情報のはずだが、魔力探知で引っかからず、その他の音響やら動体感知にも引っかからないコボルトの探索をどこかで諦めたのだろう。
コボルト自体は弱く、反射で弾を当てられたら負けないってのも索敵を追求しなかった要因か。
何にせよ、索敵できれば結果が変わるのは自明。考え方を早く切り替えた方がいい。
「アイアンモールの標準はショットガンか。最初はそれで問題ない。安全に早く倒そうとしたら射程を稼げるライフル系の方が楽になるが、そこは追々でいいだろう」
「は、はい」
ショットガンは散弾をばら撒く銃だ。銃口から扇状に弾を発射するので、広範囲を攻撃することができる。その分、一発ごとの威力は控えめで、距離が開いて同時に当たる弾数が少なくなると、与えるダメージは減っていく。
魔石の囮釣られて飛びかかってくるコボルトに反応してぶっ放すには向いているが、分かっている所から出てくるのを撃つために、引き付けなければならないのは、要らぬ危険を負うことになる。
離れた所から倒せるならそれに越したことはない。
「年を取ると反射や動体視力は落ちていく。お前の親父たちも実感はしてるはずだが認めたくもないだろうな」
「父さんも母さんもまだまだ現役だよ。悔しいけど、俺じゃ敵わない」
破天荒気味の父親に対して、どことなく優等生っぽい長男は勝てないって認識みたいだな。
「必要なスキルが変わるんだ。遠距離からの狙撃技術を高める事だな」
3日後に狩り場を抑えてもらい、その間にレーダーの使い方と、射撃技術の向上を目指す。テッドが使用してきて、コボルトへの調整をいれたシミュレーターで、ヨロイ使いの射撃技術を鍛えていく。
装備屋の親父が用意したレーダーは、腕に装着して画面に範囲を示すタイプ。自分の位置と画面の向きを合わせるのに少しコツを要するが、全く分からなかったコボルトの位置が確認できるだけで大きく変わる。
特にビクビクしながら狩りをしてきたフロンティアラインの子供達は、意欲的にシミュレーターを熟していた。
それに釣られるようにしてテッドもヨロイになれるべく訓練を行っている。多少の体術はアイネや俺が仕込んで来たが、無重力での行動はほぼ初めて。スラスターでの姿勢制御などは感覚を掴むのが難しいだろう。
俺やアイネは魔力感知で周囲を確認しているが、テッド達はヘルメットのバイザーごしに地形を把握しなければならない。視線だけでなく、顔ごと向きを変えないと確認できないというのは、思った以上に視界を狭められて感じる。
ただデッドにしてみると、銃座制御などでカメラごしの一人称視点に慣れているのでそこまで苦ではないとの事。
やはり慣れないのはスラスターによる姿勢制御の方らしい。格納庫内でグルグル回りながら訓練を続けているの。フロンティアラインの子供達と競う状況というのもいい刺激になっているのだろう。
そして3日の間に、傭兵ギルドからコボルトの索敵方法が情報公開された。大手の傭兵団に対しては、用意していたレーダーを融通し、使用のノウハウをギルド側へと提供してもらう流れになっている。
大手ギルドとしても小型コボルトを狩るのは末端の傭兵であり、ギルドから提供される数では全く足りていない。中小の傭兵団にしてもそうだろう。
こちらのアドバンテージとしては1週間ってところか。その間にしっかりと稼がせて貰おう。納品の数が増えれば買取価格は下がるだろうからな。
「おう、機関のメンテありがとな。久々にしっかり寝られたぜぇ」
アイアンモールの貨物船コックピットへと入ると、パイロットの爺さんが機嫌よく話しかけてきた。前回の機嫌の悪さは寝不足にも要因があったみたいだな。
あれだけ不安定な出力を監視し続けるというのは地獄の作業。よく潰れなかったと称賛に値する。
とはいえ応急処置したのは出力低下時のアイドリング中の挙動のみ。出力を上げていった時にどうなるかは確認できていない。
なのでコックピットでその様子を見ておこうと思ったのだ。
爺さんは鼻歌混じりに各装置の状況を確認、魔力炉の出力を上げていく。魔石に押し込まれる形で圧縮されていた魔力が、励起回路で解きほぐされて、使用しやすい状態へと変換される。
やはりそちらの回路も不安定なのだろう、爺さんは計器を睨みながら、スロットルレバーを細かく調整している。
しかし機関出力の計器を見ていると、順調に速度が増していた。問題があるのは魔力炉の出力で、そこさえ整備できれば玄人にしか扱えない状況も緩和できそうだ。
貨物船という事で加速力が悪そうだと思っていたが、想定以上に加速がいい。コボルト狩り用に改造した頃は金廻も良かったのだろう。
星系内の移動に限れば、フロンティアラインの開拓船よりも使いやすいかもしれない。
「計器が読めない……」
フロンティアラインのパイロットも今回は貨物船へと同乗しているが、古いままの計器類に戸惑いを見せていた。
理想的にはフロンティアラインのパイロットがこの貨物船を扱えるようになる事だったが、今のままでは無理そうだ。息子を鍛えるにしても計器類の更新は必須になる。
予定通りの時間でコボルトの狩り場へと到着。今回もアステロイドベルトの一角、10kmサイズの小惑星で狩りを行う事になる。
俺とテッドはアイネの魔導騎士に、フロンティアラインの子供達はアイアンモールの小型艇が引くリアカー部分に乗って小惑星へと近づいていく。
このサイズの小惑星でも重力らしい重力はないので、スラスターで接近する必要がある。アイネは少し乱暴に俺達を小惑星へと投げつけた。
テッドがどこまで反応できるか見るつもりらしい。
俺は難なく着地して、テッドの様子を確認。投げる時に加えられた回転を制御するのに少し時間が掛かったが、なんとか小惑星の表面に到着する前に制御を終えて、3回ほどバウンドしたが降り立つことに成功した。
「さて、狩りの時間だ」




