農作業の成果
「アニキー、取ってきやしたぜ」
情報端末で地図の分析を進めていると、外から声が響いてきた。どうやら下っ端ーズが採掘場から野菜類を引き上げて来たらしい。
思ったより早かったのは、軽トラを借りていったからみたいだな。
荷台には鉢植えにされた野菜の苗などが並べられていた。
「どうっすか?」
「ふむ、ちゃんとマニュアルは読めたみたいだね」
根を傷つけないように周囲の土ごと鉢植えに移してあるようだ。水やりもしっかりとやれていて、葉も萎れた感じがない。
これなら植え替えてもちゃんと根付いてくれるだろう。
「さて農作業を通じて気づいたことはある?」
「?」
「??」
男達は疑問を浮かべて首を傾げていた。
「農作業もやってみると意外と楽しい……とか?」
「活きのいい野菜はどんな味なのかな……とか?」
「いい食材を集めるのは大変だなぁ……とか?」
収穫に関する感想を告げてくる。しかし、俺が求めていた答えとは違った。
「農作業のマニュアルに書いて置いたでしょ?」
「ああっ、最初は指示がほとんどなくて、結構苦労したんスよ」
「最初からあの指示を出してくれてたらもっと早く帰ってこれたんスよ」
「面倒だったッス」
俺は情報端末に農作業をやる上でマニュアルを転送した。その際に必要な作業がまず読めるようにして、その後時間差で具体的な作業手順が読めるようになるように細工しておいた。
手探りで始める農作業と、具体的な方法が提示された作業。どちらが楽かは体感できただろう。
「要は手探り農業は、ケンカ殺法だよ。で、具体的な作業のマニュアルは、格闘技術に相当する」
「?」
「??」
「たからケンカ殺法は、誰かに教えて貰う訳じゃなく、自分なりの形で始めたもんでしょ。それに対して、長年研究された格闘術というのは、効率よく進められる農作業の指示書の様なものなんだ」
自分なりに戦えるようになってある程度強いと誤認している者に、正拳突きの型を反復練習しろと言っても、真剣にやろうとはしない。
もっと腕をぶん回して殴りつけた方が強いだろとか勝手に解釈する。でも実際に体幹を意識して、足の位置や腰の入れ方、インパクトのポイントを掴んだ正拳突きの威力は、力任せのぶん殴りより強くなるのだ。
それは鍬の使い方も同様で、刃の立て方や振り下ろす角度、引き上げる際の手の返しなどで、耕す速度が一気に変わる。
正しい使い方を知る前と知った後の変化は劇的だ。俺もかなり苦労して何とか様になるまでには、時間がかかった。
「それに全体の段取りもそうだ」
農作業を行うには色々と道具を使う。今回の苗木の植え替えだと、まずは周囲の土を掘り起こす鍬の作業から、根を傷つけないように小ぶりのシャベルを使い、鉢へと植え替える訳だが、一人でやろうとすれば、道具の持ち替えや距離の違いなど、タイムロスとなる箇所がちらほらある。
これを仲間内で作業を割り振り、それぞれの作業で分担を決めていけば、効率はかなり上がる。
また互いに邪魔しないように、相手の様子を見てペースを掴み、スピードを整えていく必要も出てくる。
それは連携の基本で、仲間が何をしたいかを把握して、それを邪魔せず、補助できるように立ち回れるか。
戦闘などでは相手や状況により、流動的で合わせるのは難しい。基礎がないままアドリブで繋げていくなんてのは、事故しか生まない。
なのでまずは決められた作業を行う農業で、役割を割り振り、互いのペースを掴んで連携する間合いの取り方を考えさせた。
その中で眼の前の作業に集中できる者や全体のバランスを見れる者、突発的な事態に対応できる者など、仲間内での理解が深まれば、それは当然、戦闘でも活かせるだろう。
「という訳だが、どこまで感じられたかな」
「あ、えーっと」
「そうっすね」
「がーっときて、ぱって感じっすよ」
「まあ、いきなりそこまで考え至るとは思ってはないけどね。さっきまでの作業でどうなっていたかを思い出しつつ、持ってきた苗木を植えていく作業をやってみてよ。誰が指示を出したらスムースに回るか、その辺を意識しながらね」
「は、はいっ」
さて、折角だから収穫してきてくれた野菜を使って、晩御飯を作っていくか。腹ペコ兄妹がこちらをじっと見つめているのが分かる。
すっかり餌付けに成功してしまったようだな。
収穫してきた野菜で多いのはジャガイモかな。次点で人参。葉野菜は少し成長しすぎて硬めになってるか。
キャベツロール系で中をジャガイモにしてみるか。まだ硬さを残して軽く茹で、それを白菜系の野菜で巻いていく。
「爪楊枝が無いな……」
端を固定できないけど、ちゃんと巻いておけば大丈夫か?
ひとます端の部分を下にして、フライパンの上に並べて、出汁で煮込む。コンソメ系のスープがあると良いのだろうが、今手持ちにあるのは鶏ガラのみなので、それで味を染み込ませた。
後は揚げ物でもできればバランスが良くなるんだろうが、パン粉を用意するにも乾燥したパンがないし時間がかかる。
ということで、ナポリタンスパゲッティを準備してみた。ケチャップはトマト系の野菜から作ってあるので、それをメインで味付け。ガラを取った残りの鶏肉をスライスして具材に使う。
ピーマン、玉ねぎを加えて炒めて、パスタに絡めれば腹持ちもしそうな一品になるだろう。
結果としては、好評をもらえた。
野菜を収穫してきた下っ端ーズもちゃんと堪能できたみたいだ。しっかりと労働したなら、褒美を出しておかないとな。
夜になり、再度中層のネットへと接続。俺が鳴らした警報についての報告はないな。脱出されたなんて知らせるわけにはいかないよな。
監視カメラや警備システムへのアクセス経路を探してみたが、流石にそちらはロックが掛かっている。夜の間に解析プログラムを走らせておこう。
もっと一般人の生活を調査すべく、役所のHPなどを確認していく。やはり経済のシステムは社会主義になっているようで、中央組織からの一律の給与が払われているようだ。
支払いは情報端末へ月一で振り込まれる形だな。
住居等も申請したら割り振られる感じで、自分で選ぶ事は無いようだ。仕事も本人の能力を判断して割り振られるので、ある意味ラクなようだが根本的にやる気は上がらないよな。
そのため、新製品の開発などはペースが遅く、十年単位でしか更新が行われていない。
まあ工場などは統一パーツがずっと使えるので、コストパフォーマンスは高いみたいだな。
全体的に消費ペースが遅めな分、消費魔力も少なく、ソーラーパネルや風力で賄えている面もある。
食料も工場生産なので、波がなく安定供給だが、レパートリーは少なめだ。
娯楽系は意外と充実していて、動画配信や映画館、劇場などが揃っている。生きるのに必要な物品は、工場でほぼ自動で生産されているから、仕事としてエンタメ系のものが多くなってるみたいだな。
それらも月額固定のサービスなので、ダラダラ動画を見ながら過ごしたり、休日に劇場に行ったり、スポーツしたりと、割と悠々自適な生活を送れているようではある。
「与えられるものを享受するだけの生活か。それに不満がなければ恵まれているとは言えそうだ」
その代わり旅行などの街を出る行為はない。閉鎖された空間に生きているのを認識してしまうと、息が詰まりそうでもある。
下町のような日々の暮らしに苦労していた所から、ほぼ自動で食事を供給してくれるシステムを勝ち取れたら、そこから堕落の一途を辿っても仕方ない部分はあるかもしれない。
その中で自由を求めそうな人間を間引くか、個別指導していくことで、全体のバランスを整えれば、支配者にとって管理しやすい世界になるのだろう。
「人類家畜化計画とか、そんな感じか」
そして支配者層の目的としては、魔力の蓄積があるようだ。個々の人々が持つ魔力を一定量納付するシステムがある。
ソーラーパネルなどで発魔する自然由来の魔力と違う、人が生み出す魔力を何かの研究に使っているようだ。
その先についてはセキュリティが高く、本格的なクラッキングが必要になる。
「ま、そっちは俺には関係ないな」