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傭兵団との会談

 装備屋の親父に情報を渡して2日、ギルドからの発表はない。検証に思ったより時間が掛かっているのか、主要な傭兵団に回すための回路を準備しているのか。

 あまり遅くなると親父に負担を掛ける事になるが……その場合は俺が引き取るしかないか。コボルト狩りでわずかばかりは稼いでるしな。

 おかげでアイアンモールとフロンティアラインとの顔合わせが先になった。

 場所は少し郊外の酒場兼宿屋というボロ屋だ。格安で料理を振る舞う所らしいが、なんでわざわざそんな場所で面会なのか。近くまでは4人で来たが、3人には待っていてもらう事にした。


「らっしゃい……見ない顔だね」


 薄暗い店内でたたずんでいたのは、農家を思わせるほっかむりをした老婆だった。やや背中がまるまっていて小柄で、鷲鼻が特徴的で大釜の前にいたら魔女と思った事だろう。

 まあ、この世界なら普通にいるか、魔女。


「待ち合わせをしてるんだが。セルランの紹介で」

「あの坊主の知り合いかい。人の店を使うたぁ、偉くなったもんだね」


 装備屋の親父、セルランはもう40は過ぎてそうなんだが、坊主呼びなのか。となると……。


「何か失礼な事を考えてないかね。人の年齢を推測するとか」

「いえ、別に、そんな事は」

「はん。そんなものもう数えなくなって久しいわい。正確な年なんざもうわからん」


 答えてくれるのかよ。どうにも高齢者の考え方は読めん。


「で、セルランはまだかな?」

「まだだね」


 予定の時刻まではまだ30分ほどあるので、遅刻という訳では無い。ただ外に待たせてる3人も暇かもしれないな。


「何かテイクアウトできる物ってありますか?」

「大したもんはないよ。ちょっと待ってな」


 そう言ってカウンターの奥へと消えていくのを見送り、改めて店内を見渡す。薄暗い店内は5〜6人掛けの丸テーブルが5つあり、後はカウンター席が8席。大衆向けの食堂といった雰囲気だ。

 厨房からの距離を考えると1人で切り盛りするには広い気もする。もしかするとかつてはご主人と2人でやってたのかな。


「ほれ、スープと芋の揚げ物だよ」

「ありがとう……3人分か」

「それくらいあれば十分だろ」

「ああ、助かる」


 外に待たせている人数を把握されているのか。特に探査術式は感じなかったが、カメラなんかで周囲を確認している?

 詮索しても仕方ないので出された料理を手に表へと出る。店から少し離れた広場というか、屋根が落ちた廃屋の敷地にいた3人へと歩み寄る。


「差し入れです」

「わぁっ、いい匂い」


 リリアが最初に手を伸ばし、スープの入ったカップを手に取る。白色のスープだな、野菜、特に根菜が多く入っているシチューだろうか。なかなか食欲をそそる匂いを発していた。ただ嗅ぎ慣れたシチューとは違うな。


「俺にも一口」

「やっ」


 カップを放そうとしないリリア。テッドとアイネもすすっと俺から距離をとった。仕方ない、婆さんに貰いに行くか。


「分かった。しばらく掛かりそうだから適当に過ごしていてくれ」




 婆さんの酒場に戻ると、装備屋の親父がちょうど店に入る所だった。


「セル坊、人の店を勝手に待ち合わせに使うんでないよ」

「婆さんの料理を食わせたいんだよ、分かるだろ」

「もう引退した身なんだよ。いつまでこき使わせるんだい」

「まだまだ元気だろうが」

「こんなオババを骨の髄までしゃぶろうってかい」

「いい出汁が出てるんだろ」


 などと表に聞こえる様な声でやり合っている。本気で言い合ってるというより、じゃれ合いみたいなもんか。古くからの知り合いみたいだしな。


「よお、入っていいか?」


 2人の掛け合いが少し落ち着いたところで口を挟む。


「おう、ウィネス来たか。ほら、その辺に座ってくれ」


 装備屋の親父に一番奥のテーブルを指さされた。お冷が6つ並んでいる。俺と親父、傭兵団からそれぞれ2人ずつという感じか。

 丸テーブルなので明確な上座などはないだろう。この世界にそんな概念があるかも知らないが。

 移動を考えて一番奥の席に座る。入ってくる姿も見えるから、観察するにも良いだろう。親父は婆さんを手伝って料理を運ぶ準備をしているみたいだ。

 顔は全然似ていないが本当の肉親って事もありえるんだろうか。


「下町で小さい頃に面倒を見てもらってたってだけだ。俺のおふくろはヨロイ使いでコボルトにやられちまったよ」


 俺が観察する様子にいらぬ疑念を持たれたと察したのか、皿を持ってくるついでにそんな事を言ってきた。


「ヨロイを売ることでコボルトへの仇討ちをしてるって事か」

「このステーションで生まれた奴は何らかの形でコボルトに恨みを持ってるよ。ヨロイ屋やってんのは単にその技術があったからだ」


 照れ隠しをしている感じでもなく、事実そう思っているようだった。




 約束の時間の5分前に続けざまに約束の相手がやってきた。アイアンモールの団長夫妻とフロンティアラインの元副団長、今は団長代行の女性と宇宙船のパイロットの男。

 アイアンモールの団長は勝ち気な漁師といった雰囲気だろうか。ねじり鉢巻きが似合いそうな浅黒い肌に短い黒髪の男。剥き出しの腕は筋肉が盛り上がり、傷跡が走っているのが見える。

 妻の方も武闘家なのだろう厚みのある体にそれなりの長身。カールの掛かった赤毛をポニーテールにしていて、獰猛な笑みを浮かべている。

 傭兵らしい侮られたら負けという雰囲気を醸し出していた。


 対するフロンティアラインの団長代行は、いかにも事務方といった佇まいで、スーツにタイトスカートという姿が様になっている。茶髪をまとめてアップにした髪型に、ナチュラルメイク。キャリアウーマン的なイメージで、荒事には向いてないだろう。

 その隣りにいるパイロットは、面倒見のよい上官みたいな想像をしていたが全く違った。緑がかった暗い色の髪を目元も見えないくらい伸ばしていてかなり線も細い。パイロットスーツを着ているのだが、あまり鍛えている様子もなくダブついた着こなしだ。


「さて、まずは乾杯から始めるか」

「自己紹介は?」

「あん? ここに来るのに相手を調べてないバカはいないと思っるが違うか?」


 装備屋の親父がいきなり酒杯を掲げたので、俺は説明はいらないかを確認したのだが、早く進行した方がいいらしい。これが傭兵の流儀って奴かね。


「僕は茶で」

「私も」


 フロンティアラインの2人はアルコールを入れる気はないらしい。それに対してアイアンモールの夫婦は侮りの笑みを浮かべる。


「酒も飲めないおこちゃまかよ」

「……」


 アイアンモール団長の煽りにもパイロットは気にする様子もなく黙っている。こりゃ、前途多難っぽいな。


「とにかく杯を持て、それぞれの未来のために」

「未来のために」


 親父に追随したのは俺だけで、他の4人はそれぞれに杯を掲げるだけで口をつける。協力する気はないって事か。


「発起人は手前だ、ウィネス。場を進めろ」


 ここで親父に丸投げされる。仲介人として、場を盛り上げてからとかないのかよ。前世の営業をやってた時を思い出しながら、場を取り仕切る事にした。


「傭兵の流儀は単刀直入が良さそうだから下手な伺いはやめだ。お前ら、このままじゃジリ貧だってのは分かってるな?」

「俺はまだまだやれるぜ」


 すぐに反発したのはアイアンモール団長だ。妻の方も俺を睨みつけてきた。


「ちょっと運が良かっただけのガキがアタイ達を助けようってのかい?」

「本気で運だと思ってるのか?」

「……」


 少し声のトーンを落としてそう返すと夫婦は口ごもる。こちらの戦果については把握してるみたいで何より。


「正直な話、俺はあんたら夫婦を助けようとは考えてない。俺が求めるモノはフロンティアラインで事足りるからな」


 虚勢を張るしかない夫婦に対して、俺は本音で話す事にした。

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