宇宙生物料理の危険性
ふと視界が暗くなる。停電か?
いや魔力切れか。宇宙船の配線に何らかの異常が起きたのだろうか。
ガタタンッ。
暗闇の中、何かが倒れる音が響く。傭兵の襲撃?
外部から船の魔力を切って、アラートが鳴らない様にして侵入してきたのか?
頬に冷たい感触が当たっている。火照った感覚には心地よいひんやり感だ。
「ちょっ、ユーゴ兄!?」
慌てたリリアの声が遠くで聞こえる。何をそんなに焦っているのか。あ〜、ひんやり心地よい、このまま寝てしまった方が良さそうだ……。
「自室の天井だ」
目を開けるといつもの天井、ベッドの上だとすぐに分かる。視界にチカチカと星が飛ぶように見えた。首を巡らせるとこちらを見つめるアイネがいた。
「コボルトの毒にやられたようですね。不用心過ぎます」
「あ……ああ、そうか」
途切れた記憶をつなぎ合わせ、自分が置かれた状況を何とか理解した。料理を行った際に、コボルトの肉を試食して、そのまま倒れたのか。
「神経毒か」
視覚を失い、力が入らなくなり、痛みはほとんど感じなかった。冷たさを感じたのは、船の床に倒れたからのはずだが、崩れて打ち付けた痛みはなかったと思う。
「死にはしない毒ですが、3日は動けないでしょう」
「相手を麻痺させる毒って事ですか」
宇宙生物同士の生態系がどうなっているかは分からないが、囮コボルトが捕食されて相手が麻痺すれば残りは生き延びられるとか、そういった類の役割なのか?
既に解毒はされているようで、腕を動かそうとするとちゃんと持ち上がった。
「これがコボルトが食材に使われていない理由ですね」
「未知の物を食す時は確認しなさい」
「申し訳ないです」
火を通せば大丈夫とかは危険だよな。前世でも多々ある事案だ。魔術師になって耐性も上がってると油断していた。
しかし、コボルトの肉自体は味がいい。というか毒のある物って美味かったりするんだよな、フグとか梅とかハチミツなんかも。
宇宙生物だが海産系の旨味を持ってて歯応えもいい。毒抜きができれば上物の食材にできるはず。
「食材として研究しても?」
「……リリアも興味を持ってましたし、止められないのでしょうね」
「あれは良いものです」
アイネはため息をつきつつ許可してくれた。
俺が意識を失っていたのは3時間ほどだった。夕食は俺が準備していた青椒肉絲などをリリアが仕上げて振る舞ってくれたらしい。俺も温め直した物を食べる。うん、美味い。リリアの料理技術は俺よりも確かになりつつあるな。もはやアイデア面でしか勝てないだろう。
そんなリリアの成長を噛み締めつつ、届いている連絡に目を通していく。
「動きが早いな」
最初に目についた連絡は傭兵ギルドからのもの。魔導騎士一騎の報酬にOKが出たらしい。現物の写真やスペックが付随していたので確認。
現王国に支配される前の王国が所有していた50年前の機体だな。手足は何度か付け替えられていて、10年ほど前の別の国の代物だ。そのおかげで出力調整ができておらず本来の70%の出力となっている。
魔力炉やメインフレームが50年前のもので、こちらも初期スペックの半分に出力が落ちており、元々型式が古いのもあってアイネの乗る機体の30%の仕事ができれば御の字ってところだな。
「バラしてみないと何ともだが、魔力炉が古いのはいかんともしがたいか」
魔力炉は、燃料となる魔力を活性化させて稼働状態として全身を動かすエネルギーへと変換する機関だ。ガソリンで動かすエンジンというよりは、軽油で動かす発電機の方がイメージは近いか。
直接魔力で動かす駆動機関もあるが、一度魔力を活性状態にして各機関でそれぞれに制御した方が、色々と便利に使える。電気にしてからモーターを回す感覚に近いな。
なので制御回路となる魔法陣を工夫したりする事で、多少は出力を上げられたりはするがオーバーホールできるだけの設備が欲しいところだな。
回路の方はアイネに任せるのが良いだろう。研究所で刷り込まれた知識が魔法陣に偏っているみたいだからな。
「何にせよ、俺としては十分な報酬と言えそうだ」
明日、持っている情報を伝える旨を返信しておく。コボルトを発見するには、鉱石の成分分析をすれば良いのだが、鉱山で使われる土壌スキャナーと敵などを検知するレーダーは全くの別物でそのまま流用できるものではない。
俺やアイネは魔力波を出して、自分の感覚で検知する事で探知可能だが、その方法を教えたところで魔術師でない者が実践できる訳もなかった。
なので既存のレーダーの設定をいじり、鉱石などの分布異常を検知する機能を付与する魔法陣をアイネに作ってもらい、回路として生成できる設計図を準備した。
ヨロイを整備する者なら組み込む事もできるだろう。
「ギルドに対してはそれでいいとして……装備屋の親父からはまだ連絡はなしと」
こっちが乗っ取りを掛けると分かった上でのセッティングだ。親父としても簡単には選べないのだろう。
「っと、新たな着信メッセージが……お、装備屋の親父からだな」
こういうのも噂をすればって奴かね。などと思いつつ内容を確認。
「……2つ?」
親父が挙げてきた傭兵団は2つ。どちらかと交渉ではなく、2つ共引き受けた上で合併させろという提案だった。
片方はアイアンモールと言う傭兵団で、ほぼ家族経営といった感じらしい。ヨロイ使いの両親と長男、整備と経理を担当する長女の4人が軸で、先代から仕えている宇宙船パイロットが1人という零細企業で、パイロットが年齢的にも引退したいが後継者がいない。長男が勉強しているが、試験に通りそうにないらしい。
ヨロイの操作なら特に免許もなくやれるが、宇宙船となるとちゃんとした資格がいる。
ステーションに入港するのに、細々としたルールがあるからな。それを無視して進む船があったら事故を起こす未来しかない。
とはいえ一朝一夕で覚えられるものでもなく、普通は教習所とかで勉強する。ただ経営が傾いている傭兵団では教習所に通わせるのも難しいようだ。
もう一方はフロンティアライン。こっちは指導者を失って身動きが取れなくなっている傭兵団の様だ。
配下を引き抜かれて新人を入れて教育していこうとした矢先に団長がコボルトにやられて死亡。事務仕事をメインにしていた副団長では新人教育もできず、その下にいるはずのベテランは引き抜かれていない。残された8人の新人も有望そうな2人は既に団を離れて、事務員と新人6人、宇宙船のパイロット兼整備士が1人。
「アイアンモールの方はまだ何とかなるが、フロンティアラインの方はもう駄目なのでは?」
最近の活動状況を見てもまともな狩りができていない。目の前で指導者が殺される場面を見たのか戦闘に対して逃げ腰でまともに探索すらできてないようだ。
「あー、他に行き場もない理由ね」
ベテランを引き抜かれる前から経営的に厳しかった傭兵団は、新人としてスラムの子供を新人として入団させたのか。
本来なら人口管理を徹底しないといけないステーションだが、食料プラントが充実しているこのステーションだと浮浪児を抱える余地があるらしい。
傾いた傭兵団とはいえスラムよりは生活が安定していて、スラムに戻るという選択も難しく、ずるずると時間を過ごしている訳だ。
「なるほど、船はいいな」
それぞれの傭兵団は狩り場に向かう船を持っている。アイアンモールは貨物船を改造したもので船体は大きいが足は遅く、装甲なども最低限。星間移動などは考えられていない。
フロンティアラインはその名の由来だろう開拓船を有していた。200年ものの老朽艦だが星系間移動も可能で、未知の宇宙生物を撃退できる様に装甲、武装もそれなりに積んでいた。
「これならフロンティアラインを乗っ取ったらそれで俺の要求は満たせるんだが……」
装備屋の親父はアイアンモールの先代に恩があるらしい。なのでこっちは乗っ取らなくていいが、経営できる様に立て直すきっかけを作って欲しいとの事。それが会談をセッティングする報酬として要求したいって話みたいだ。
「さすが商売人。未来を見据えてるな。俺達がこの星系に長居しないと読んで、お抱えにできる傭兵団を残していけって事だな」




