狩りの成果
コボルトの査定が終わるまでの時間で食堂へとやってきた。傭兵のギルドカードで配給を受け取る事ができる。まあ、あまりにも仕事をしない期間が長いと差し止めになる事もあるらしいが、1週間やそこらで停止されることはない。
栽培ステーションでとれる野菜などを煮込んだスープと、コンビーフを挟んだロールパンというシンプルな定食が渡される。配給という事で選択肢もないらしい。
「塩も精製塩らしいな、旨味がない」
「スープの味も濁りがあります。アク取りをさぼってます!」
食塩は塩化ナトリウムの純度が高い錬成品なのだろう。雑味もないがその他のミネラルなどもないため、味が尖ってしまっている。海などで精製される塩とはかなり違う印象だ。
まあ、この星系の惑星には海がないので仕方ない部分かもしれない。
リリアが怒っているアク取りについては、ちゃんと野菜を煮込んでいるから起こる事でもある。
魔導調理機を使うと錬成によって料理が生成されるので、こうしたアクなどによる味の濁りは起きないが、整えられた味はどうにも深みが出にくかったりした。噛んだ時の風味や後味などがどこか味気なかったりするのだ。
帝国でやたら辛い味が流行っていたのも、調理機で深みのある味が出せなかったからかもしれない。
食堂を運営するのも鉱夫の片手間で、専門の料理人もいないのだろう。雑多に切って煮込むだけの男料理で、アク抜きアク取りの大事さが分かっていないようだ。
テーブルに塩やウスターソースなどは置かれているが、醤油や七味といった和風の物はない。
まだ夕食時にも少し早い時間なので他の客はまばらだが、あまり賑わっている雰囲気もない。食事は楽しみというよりも栄養補給のため仕方なくといった雰囲気だ。
夜になるとアルコール類の提供もあるらしいので、息抜きはそこからが本番なのだろう。
鉱夫に傭兵家業な男達の集まりなので、酒が入った後の治安が心配なのでテッドやリリアを連れてくる事はない。
「残念ながら空振りだな」
「今日はダメそうです」
料理について新たな情報は得られなかったが、その間に査定が終わったので傭兵ギルドへ確認に行く。
併設の酒場にはちらほらと傭兵らしき男達の姿もあったが、きっちりとスペースが区切られているので絡まれる事はないだろう。ないよな?
受付カウンターに行くと、以前対応してくれた若者がいたのでそちらへと向かう。
「あ、この前の方ですね。初の狩りはどうでしたか?」
「そうだな、小型の狩り方は何となくやれそうかな」
「相手は宇宙生物なので、焦りは禁物ですよ。じっくりと取り組んで……ええっ」
ギルドカードを確認した受付が声をあげた。何かまずいことがあっただろうか。
「初回で37体の撃破!? しかも、魔石まで回収? 小型相手で!?」
情報端末で精錬所へ預けたコボルトの結果を見た受付が驚いている。
「とりあえず明細を出してくれ。何が高く売れるか確認したい」
「え、ちょっ、初回でこんな偉業を成し遂げてて、なんでそんなに落ち着いてるんですか!?」
「別に異動組ならそんな大したことないだろ。初回で150匹討伐とか記録があったろ」
「そりゃ、傭兵団クラスの話ですよ。ワンチームでこんな数、ありえないですよ」
どうにもやり過ぎたらしい。過去の記録をあたってどれくらいなら問題ないかを計算してたんだがな。
「俺達は自分の仕事をしたまでだ。お前はちゃんと仕事しないのか?」
「え、あ、はい、明細ですね」
取り乱す受付に対して、強制的に平常心を取り戻させる術式を起動して、無理やり落ち着かせ仕事をさせる。興奮状態から一気に凪状態へと精神が落ち込むと、一時的に思考能力も落ちて言われたことを素直に聞く状態となるのだ。
記憶改ざんまでやろうとすると本格的に術を掛ける必要があるので、色々と検知される可能性もあるが、本来なら混乱を回復する治癒術式に分類される術なので問題とはならないはず。
機械的に作業した受付からプリントアウトされた明細を受け取ると、俺は仲間を連れてさっさとギルドを出た。
しばらくは機械化状態が続いて、思考に余裕がでる頃には興奮も落ち着くだろう。
俺は公園に移動して明細を確認する。アイネ達はステーション内の公園を散策中だ。木々などが植えられたリラクセーションスペースという感じで、ジョギングコースなども設定されているらしい。
ステーション自体は直径10kmのドーム型で術式で重力を発生させていた。公園は500m四方くらいの大きさになっている。
時刻は夕方に差し掛かり、世界はオレンジに染まっていく。ステーション内に恒星光をオレンジにするほどの大気層はないので、偏光フィルターでそれっぽく見せているだけだろう。
俺は手元の明細を確認していく。
一番多いのは隕石などと同じくかんらん石や輝石に分類される物で、これらには値が付けられていない。
値がついている中では鉄が一番多い。この世界でも加工がしやすく重宝されているらしい。
そしてコボルトの名前の由来になっているコバルトも含有量が多めだ。元々は加工がしにくく人体にも影響する毒素を持っていたので鉱夫に嫌われる金属だったが、錬金素材として合金を作り出すのに使用されたり、青色の顔料に使われたりと星系外への輸出品として集められてるらしい。
その他、マグネシウムやニッケル、金やプラチナなど一般的な成分もあるが、量が少なめなので大きな収益にはなっていなかった。
この世界特有の魔石についてだが、土属性の魔石が取れる。擬似重力を発生させる燃料として重宝はされるのだが、小型のコボルトから産出される大きさでは純度も低くそれほど値が付くものでもないらしい。
大型のコボルトになるにつれて時間を掛けて魔力を圧縮していき、魔石が大きく純度を増していくとのことだ。
なら大きくなるまで待ってから狩れば良さそうだが、小型コボルトが増えてくると魔石を求めてステーションや輸送船などを襲い始めるので、定期的な間引きが必要だった。
また大きくなるにつれて魔力があがり、防御結界に近い障壁を張るようになり、重力操作の強度が増して移動速度は速くなるし、攻撃にも使い始めて脅威度が増していく。力のある傭兵でないと手出しできなくなるので、基本的な傭兵は小型を狩って生活しているという訳だ。
大物を狩れる傭兵となると、規模も大きくなり所属する傭兵が100人を超える団がほとんどだ。大型のコボルトの側には小型も多くいて、大型をエリート部隊が倒す時間を邪魔しないように露払いする傭兵も数多く必要になるらしい。
なので目立つ狩りをすれば、大手の傭兵団から声が掛かりやすくなる。
「派手に狩ったらしいなぁ」
声に顔を上げるとパイロットスーツに革ジャンという前世の戦闘機モノの映画から飛び出してきたような男が立っていた。大きめのサングラスをしている辺りもいかにもといった感じだ。
「でも思ったより稼げてねぇだろ?」
俺が眺めていた明細を指さしながら言ってくる。
「配給のあるこのステーションで生きていくには十分だが、他所からやって来た奴には物足りない……だろ?」
受付が上げた声で目を付けたのだろう男は、俺達が他所者で稼ぎに来たと判断したのだろう。まあ、受付が驚く戦果を地元の人間が叩き出すことはないだろうからな。
「他所から稼ぎにやって来る連中はお尋ね者か短期で稼ぎたい奴。どっちでもウェルカムだ」
男は両手を広げて歓迎をアピールしてくる。
「ノウハウを持ってる俺等と、短期で稼いで他所へ行きたい奴、定住できない奴は利益をシェアできる」
男はプラスチックでできたような硬質のカードを渡してくる。
「ま、他にもスカウトはあるだろうからひとまずはこれで退散だ。好きに情報を集めて比べてくれ」
言うだけ言って男はくるりと背を向けると去っていく。こういうやり取りに慣れているって感じだな。流れ者が長々と話されるのを嫌うと知っているのだろう。
手元のカードには、傭兵団と個人の名前、連絡先が記されていた。




