中層の分析
下町側へと飛び降りた俺は、できるだけ早くバラック小屋の立ち並ぶ場所へと走り、身を潜める。
防壁では警報がなっており、外側へ向けて探査魔法が照射されていた。ただバラック小屋の影に隠れていれば、そこまで精査はできないだろう。
それに警報を聞きつけた住民達も集まって来ているので、紛れるのは難しくない。
やがて警報が止まり、探査魔法も止められた。
「しかし、いつの間に目を付けられてたんだ?」
ショップで端末を操作しているのが怪しかったとすれば、乗り物に乗ってる間に止めてしまうのが楽だったはずだ。
となると降りてから防壁へと向かう間に、カメラ画像などを分析した結果が出て、追跡が俺に追いついたのが、丁度防壁にたどり着くタイミングだった?
「というよりは、感知式に感触があったタイミングで見つかったと考える方が自然だよな」
となると侵入してくるよりも、外へ出る方を警戒していた可能性が高くなる。
外部からの侵入者はゲートで厳密に取り締まっているのに、防壁から出ていく方を厳重に警戒してたとなると、中層から逃げ出そうとする人間がいるという事か?
俺が見た中層の印象は、生活は安定しているが彩りがなく淡々としているという感じだ。大っぴらに不満を言う様子もなく、日々を消化している。
血気盛んな若者なら反発しそうな停滞感だが、学校とかはどうなんだろうな。
洗脳の常套手段としては、外敵を定めて不平不満をそちらに向けさせる事だが、中層には敵がいない。
強いて言うなら上層部への反発があればって所なんだろうが、表立ってそうした気配は出せないよな。
上層部の監視を逃れて、不平不満を言い合うようなサロンとかがあるのかもしれないな。
このままじゃやっていけないとなれば、自由を求めて防壁を越えようとする者が出てきても不思議はない。
「ただ情報屋の様子では、中層から下町へ逃げてこれた者はいないみたいだが」
墜落した宇宙船から惑星の外の話は聞けたとしても、中層から外へ出てきた人の話はなかった。中層の人間の魔力強度は不明だが、過去の革命時では魔道具に頼りすぎて、個々の魔力は大したことがないと、情報屋は言っていた。
両親がまさにその世代だったとの事なので、大きくは外れていないだろう。実際に中層の街を見てみた感じでは、魔道具で便利に生活しているのは確かだ。
魔力を育てている人はあまりいないと思われ、それでは防壁を越えるだけの力は持てなかったのだろう。
何にせよ、中層から外へと出る者への警戒が強い事は分かった。そういえば、宇宙船で降り立つ者にはあまり警戒せず、出ていくものは取り締まろうとするとも言っていたな。
この星特有の情報が中層にあるのだろうか。それを外へ持ち出されることを極端に恐れている?
「いや、そんなのがあってもどうでもいいな」
俺の目的は宇宙へ出ること。まさか魂の憑依についての技術が、この星にあるとは思えない。確かに帝国本星から遠い辺境の地で、怪しい研究を進めるには悪くない立地ではあるが、秘密を守りたいのであれば、人の数が多すぎて、星系間警備が薄い。
実際、降下してくる宇宙船を止められないというのは、極秘研究を行う上で問題があるだろう。
「まあ、気になるとすれば、気力のない店員の様子。何らかのマインドコントロールに関する実験が行われているとかか」
どちらにせよ、俺の目的にはかすりもしない。俺はこの星からの脱出を目指す。
「坊主っ、派手にやらかしやがって!」
情報屋のバラック小屋に戻ってみると、凄い剣幕のおっさんが待っていた。
「いやー、見つかるとは思わなかったんだが、意外にやるねぇ」
「やるねぇ……じゃねーよ。どうすんだ、防壁周辺の警備が活発になっちまったぞ」
「どうもしねーよ。中層に仕掛けるのは下町を制した後だろ。今、防壁周辺の警戒レベルが上ったとしても、その頃にはまた変わってるさ」
「変わってなかったら!?」
「そん時は、無理矢理にでも変えるさ」
「……その方法があると?」
「そのための潜入だったからな」
情報屋に中の様子と、情報端末を繋げられるようにした事、警戒が侵入者に対してよりも外へ出ようとする者に向いてることなどを共有した。
「中の様子を外へ伝えられたくなかったのかもしれないけど、防壁で止められなかった以上、手遅れだね。今更下町まで兵隊派遣して、僕を見つけようとはしないよ」
「そうか……本当に?」
「もし兵隊を派遣してくるとなれば、一番大きいベルゴを怪しむだろうし、ベルゴも反応するだろ。そうすれば、スタルクにとってはチャンスにもなるよ」
「む、むう……」
俺の説明に情報屋も少しは納得できたのか、思案顔で黙り込む。
「ま、相手の出方次第で行動を決めるしかないから、そっちは放置でいいよ。それよりも、情報端末でアクセスできるようになったのが大きい」
中層内部の情報を調べれば、人々の暮らしや技術レベル、警備の様子や工場の場所など、次の行動が起こしやすくなる。
「革命を起こすにしたって、相手の強さも分からず仕掛けるなんて、できないでしょ」
「ああ、その辺はわかると嬉しい」
「だからスタルクの上から突かれても庇ってね」
「ぐっ……ちゃんと役に立つ情報を渡せよ」
はいはいと軽く流しながら、情報端末の画面を広げる。A4ほどの画面に中層のマップが表示された。
上層部の軌道エレベーターを中心にして、オフィス街がその周辺に。ショップなども中心街の一画にあった。
そして防壁との間がほぼ住宅街だ。
その他、中央から北東方面に工場が立ち並んでいるらしい。食料品の類も工場生産みたいだな。人工太陽による野菜栽培や、食肉の培養プラントなどがある。
家畜を飼うよりも衛生的で飼料なども節約できるのかもしれないが、薄気味悪さはあるな。限られた土地でそれなりの人口を養うなら仕方ないのか。
「移動手段は地下を走る箱だな。リニアだったか」
チューブ内を高速で移動するリニアボックス。椅子に8人、立って更に8人って広さだったな。
「ただちゃんと道路もあるんだよな」
碁盤の目の様に東西南北まっすぐな道が走っている。車は1台も見かけなかったが、緊急車両なんかが走るためとか?
そのためだけに道を整備しているとするとかなりコスパが悪いだろう。
「九字印の四縦五横の格子切的な魔法陣になってるとか?」
この世界の魔法陣は図形と力ある文字の組み合わせで描かれる。縦横の線だけで効力を発揮する陣なんてのは脳裏のライブラリーにはなかった。
ただ共和国にないだけで、帝国には存在する可能性もゼロではない。
「もっとシンプルに地脈の調整とか」
惑星単位で巡っている魔力を効率よく利用するために、地脈を使うのはよくある手法だ。発魔設備にも地脈から魔力を吸い上げるシステムがある。
ただ過度な魔力吸収は、惑星に負荷をかけてしまい地震などを引き起こす事例もあった。
「まあ天災を引き起こすクラスの術式は、街一つじゃ足りないはず」
他の都市とリンクを繋いで、公転軌道を操作するくらいの術式になれば、天変地異を起こす規模になるだろう。
そもそも公転周期がずれたら、それだけで引力の変動やらで地震なんて簡単に起きちゃうだろうけど。
「魔力は引き出せたとしても、それをコントロールできる術者がいるのかって話だな」
車が走っていない道路の意味なんて想像できないので、思考が脱線した。下手な考え休むに似たり。足りない情報で理論をこね回してもろくな事にはならないな。
分からない事は判断を保留。
「それよりも発魔設備がどこにあるかだな」
それこそ地脈から吸い上げている設備があるかとも考えたが、ソーラーパネルと風力がメインっぽいな。建物の屋根にソーラーパネル並べられ、防壁の上に風車が設置されていた。
一般家庭が使う分ならこの辺で足りそうな雰囲気だ。
ただ工場を稼働するには足りないと思われる。どこかに火力か地脈か、出力の大きな魔力炉があるはず。
そこを押さえれば、兵器類の使用にも制限をかけられるだろう。それだけに一般人が参照できる地図には記載していないようだ。
魔力を奪えれば開拓船の修理も捗るだろうが、船まで魔力線を引っ張る方が時間がかかるか。その辺も今は保留だな。