侯爵の抵抗
ハイドフェルド侯爵視点です。
「サンイーターの駆除、もう少しで終わります」
「魔導騎士の収容を急がせろ。陣形を立て直せ。まだ戦闘は終わりではない。王国の巡洋艦はどうした?」
「宇宙船が1隻向かったのですが、それと戦闘しているようでこちらには仕掛けて来ていません」
「宇宙船? 巡洋艦か?」
「言え、傭兵の船です。船長登録はユーゴ・タマイ」
「指名手配犯は伊達ではないな」
帝国軍に囲まれた死地において、思わず笑みが浮かんでしまう。タマイの乗っていた船は小型船に過ぎなかったはずだ。それで巡洋艦……確か4隻いたはずだが、それを足止めしていると。
「侯爵閣下、新たな転移反応!」
「確認急げ」
「この反応の大きさ、旗艦クラス。帝国の術式なので恐らくは」
「公爵自らお出ましか」
皇帝軍と我軍の進軍ルートはかなり距離があったはずだ。こちらの反転を聞いてから進路を変えたとしたら絶対に間に合わないはず。かなり前からこちらに進路を取っていたはずだな。
つまり我軍が宇宙クジラに襲われる頃合いから全て計算に入れた上で計画が立てられていたと。状況証拠に過ぎないが、こちらの計画を進めるには十分だな。
「伝令艦に通達、プランCを発動だ」
「はっ」
「それと追加情報として、タマイを何としてでも引き入れろと付け加えておけ」
「ははっ」
転移ジャマーの範囲外に待機させておいた伝令用宇宙船へと通信を飛ばす。ジャマーの圏外まで通信術式が届くには数時間はかかるだろう。その頃にはこちらは全滅しているかな。後は頼んだぞ、イザーク。
「公爵旗艦が現出、その他親衛艦隊16隻も転移してきます」
「ははっ、その数をこちらに回すとなると、王国への侵攻はどうやって行っていたのかな」
こちらを包囲していた帝国軍と合わせたら、こちらの倍にはなるな。しかも親衛艦隊は新造艦のはず、戦力比だと3倍くらいか。
「皇帝軍も動きます。包囲を詰める様に加速」
「サンイーターの駆除をしていた艦は?」
「魔導騎士の収容、間にあいません!」
「そのまま収容を優先、その後戦域を離脱させろ。スリッテン艦隊も逆方向へ突破を掛けさせろ」
「ははっ」
「ジーシュタインとベッセルクは、こちらに寄せさせ密集陣形。公爵旗艦に向けて進軍だ」
『『承知』』
後はイザークへの手土産を用意するだけだな。
「さすが新造の親衛艦隊だな。布陣も早く、防御も堅い」
『いやはや老骨にはこたえますわい』
『それでは閣下、先鋒は私が務めます』
「頼んだぞ、ベッセルク」
並走していた艦隊のうち、ベッセルクが率いる艦隊が加速を掛ける。長年侯爵家に仕えてくれた忠臣、侯爵領内の治安維持に尽力してくれていた。
その功を労い、退役後は領地で安寧に過ごさせていたが、今回の侵攻についてくると聞かなかった。
その乗艦は一度退役していた軍艦を今回の侵攻戦に向けて改修したものだ。表面こそ現行の軍艦に似せているが、機関部などはかなりガタがきている。しかし、それを感じさせない運用を見せていた。
「まだ距離があるが……これ以上は無理そうだな」
『では護衛はこのジーシュタインにお任せあれ』
「機関切り替え、シュバルツ砲の準備に掛かれ」
「はっ」
距離があるとわずかなブレでも目標を外す危険があるが、私の部下ならそんなヘマはしない。
旗艦が縦に割れて黒塗りの砲身が姿を現す。魔力炉と直結している砲身は、魔力が充填されていくと複雑な術式が浮かび上がってくる。
旗艦の魔力炉を全て回して放つ砲は、要塞砲に匹敵する火力を出せる。公爵旗艦と言えども直撃すれば防ぎきれるものではない。
「欲をかいて自ら赴いた事を後悔するだな」
ヴェルグリード公爵にはずっと目の敵にされていた。こちらとしては領地を守れたら特に争うつもりもなかったのだ。だから皇太子の後ろ盾の座も譲った。第2皇子も内政型で争うことには向いていない。何もしなくても皇太子がそのまま即位して帝国は安定したままのはずだった。
しかしくだらない工作を我が領地に仕掛けて、逆に窮地に陥り手駒を失う様な事を繰り返していた。使える手駒は全て潰したと思っていたのだが、まさか王国にまで尻尾を振るとは思わなかった。奴の野心を過小評価していたようだ。
先の王国による帝国侵攻から裏を取らせていたが、確たる証拠は掴みきれず、今回の王国侵攻を実現させてしまった。
もはや帝国を守る事よりも、私を追い落とす事が目的となっていたようだな。
今回の侵攻を前に息子のイザークに実質的な継承は済ませておいた。私が倒れても立派に後を継いでくれるだろう。
プランCを発令したので合流するはずだった各艦隊もそれぞれに帝国への帰還を優先する事になる。今後に備えていかに戦力を残すかがプランCの肝。
公爵が包囲殲滅を図った侯爵軍の本陣は型落ちのハリボテ艦隊だ。主力は帝国内に残してあるし、分散帰投を図る艦隊もちゃんと帰れるはず。
「これで皇子も決断してくださるだろう」
公爵の傀儡として国内の疲弊を顧みない現皇帝に、今後の政は任せられないと。本来なら正当な弾劾をもって退位して頂くつもりだったが、あちらが強硬手段をとるのであれば、こちらも被害を抑える様に動くまでだ。
『閣下! 申し訳ない、1隻に抜かれた!』
「その老いぼれ艦で1隻なら上出来だ。シュバルツ砲の準備は」
「あと少しです」
「突っ込んでくる艦に邪魔させるな。相手は誰だ」
「ルーデリッヒ伯の乗艦です」
「くっ、あの御仁も運命を歪められたか。撃沈させろ」
「ははっ」
王国による侵攻で可愛がっていた三男を失ってから復讐に囚われてしまっていたな。有能な軍人であったはずなのに……公爵の人の弱みにつけ込む手腕には苦しめられる。早く帝国から排除せねばな。
「ルーデリッヒ艦、止まりません。こちらにぶつける気です」
主砲を撃つ魔力も全て前面の防御結界に集めての特攻か。何がそこまで卿を駆り立てる?
『逆賊ハイドフェルド候、指名手配犯を匿った罪、命で贖って貰う!』
ああ、ユーゴ・タマイがこちらに従軍していたのを公爵に使われたのか。しかし、彼がいなければ王国の巡洋艦にしてやられていたかもしれんしメリットが勝っていた。この結果は仕方ない。
「シュバルツ砲、準備できました!」
「カウントはいらん、狙いをつけ終えたら即座に放て!」
「ルーデリッヒ艦、来ます!」
艦橋を眩い光が包む。機関の魔力を集約して費やした一撃は公爵の旗艦へと突き進む。しかし、直後に衝撃がこちらの艦を襲った。
「艦首にルーデリッヒ艦が衝突!」
「シュバルツ砲の軌道をずらさせるな」
「修正不可能、公爵旗艦を捉えられるか不明」
「何としてでも当てろ。あやつはここで始末しておかねば」
「敵魔導騎士接近!」
その声と共に艦橋の眼前に魔導騎士が姿を現す。手にした両手剣が発光し、横一文字に艦橋を切り裂く。
すまん、イザーク。後始末は任せた……。
侯爵旗艦から放たれた要塞砲に匹敵する一撃は、公爵旗艦を守る親衛艦隊の半数を呑み込み、公爵旗艦へもダメージを与えるが、防御結界を削った所で軌道が逸れて撃沈を免れた。
侯爵旗艦は特攻をかけてきたルーデリッヒ艦との衝突により大破。さらにルーデリッヒ艦が自爆した事により多大な損害を受ける。
またルーデリッヒ艦を飛び立った魔導騎士により、旗艦の艦橋が破壊され、後の魔力鑑定により侯爵の戦死が確認された。
侯爵本陣艦隊の半数は旗艦轟沈後も抵抗を続けて侯爵に殉じる。残り半数は戦域を離脱、星系内に散って転移ジャマーが解除されるのを待つか圏外への脱出を目指した。
掃討に数日を掛けると見られた皇帝軍だったが、事態の急変を告げる報により帝国への帰還を優先。転移ジャマーはすぐに解除される事となった。
第2皇子を真の皇帝として擁立し、新ハイドフェルド侯爵が帝国からの独立を宣言。帝国を二分する内乱へと突入する。




