中層の様子
カフェの様子を確認していると、決算は情報端末を使用したキャッシュレス決済だ。中層ではシステムがまっとうに働いているので、現金を持ち歩く必要がないのだろう。
しかし、情報端末での認証はやっかいだ。俺が持っている共和国製が使えないのはもちろんだが、他人の端末を奪っても魔力認証でロックされていたら使えない。
魔力は指紋の様に個人を特定できる波長の様なモノがある。それを利用して情報端末のロック解除の鍵にしている事が多いのだ。
アンダーグラウンドな連中なら認証なしで使える端末を持っているかもしれないが、中層でそういう物を持っているとは期待しづらい。
魔力登録を上書きするようなクラッキングを行う方法も脳裏のライブラリーには刻まれてはいるものの、この手の技術は実践で掴んだコツみたいなのが大事になってくる。
時間がかかるのはもちろんの事、触っちゃいけない箇所を触って、端末自体がおしゃかになる場合もあるだろう。
最悪はセキュリティに触れて、官憲に見つかる事だな。
何にせよ、俺の経験で手を出すには危険な代物って事だ。
正式な手段で情報端末を手に入れる方法があればいいが、外から入ってくる人がいない中層で新たな端末が必要になるのは、子供が生まれた時くらいだろう。
魔力登録が行われていない端末があるとするなら病院か?
いや機種変更なんて事もあるだろうから、普通に売ってるかもしれない。携帯ショップみたいな場所があれば、そこで現物を手に入れる事はできそうだ。
カフェが集まっている区画を離れ、ショップが立ち並ぶエリアへと入っていく。服や家具、日用品など、様々な物が売られていた。
住宅街の人気の無さは何だったのかと思うくらい、普通の商店街があった。
ただ客の姿はあまりない。昼食の時間帯って事で、カフェは賑わっていたが、ショップの方には人影がほとんどなかった。
食事のついでとか、腹ごなし的にウィンドウショッピングをする人がいても不思議ではないはずだ。それなのに能面のような店員がぼーっと立っているだけで、客らしい姿がほぼなかった。
そんな店内に入っていくのは目立つだろうか。外から分かる範囲だけ見ていくか。服装に関しては全体的に大人しい感じだな。秋ということもあるが、長袖、ロングスカートで、色も茶や黒といった物が多い。
「全体的に色がくすんで見える配色なんだよなぁ」
他の小物類にしても、明るい色を使っているのを見かけない。全体的に地味なのだ。その上、レースなどの飾りっ気も少ないので、機能性重視と言えば聞こえはいいが、野暮ったく見える。
デザインにも幅が少ないんじゃないだろうか。
「これは見て楽しむって感じじゃないな。だから客がいないのか」
代わり映えがしないので、店には必要になったら買いに来るだけ。選ぶという事がないから客の滞在時間も短くなる。
合理的だけど自由がない。まさにディストピアとか、社会主義を見せつけるような商店街となっていた。
「だから街にも活気がないように見えるのか」
外出するのは必要な時だけ。極力人と出会わない生活。息が詰まりそうだな。
でも生活としては魔力供給も魔道具も十分に足りていて、食生活にも不安はないのだろう。カフェのメニューまでは分からないが、複数の店舗があったのでレパートリーが皆無って事はないと思うが……。
「お、あそこか」
日本で言う家電量販店的な魔道具を並べた店を見つけた。店の外から見ただけだが、やはり商品に種類がほとんどないようで、掃除機や洗濯機といった物が並んでいるが、画一的で選択肢がなさそうだ。
必要な機能があれば十分という文化なのだろう。
入口近くだから売れ筋だけを並べている可能性もあるけど、色味ですら白物といった単色ぶりで殺風景に映る。
「まあいいや。情報端末は中に入らないとなさそうか……」
小物は店の奥にあるらしい。ここはもう入ってみるしかないか。中層で活動しようとしたら情報端末がないと何もできそうにない。
虎穴に入らずんば虎子を得ずの心境で店へと足を踏み入れた。
「いらっしゃいませ」
抑揚のない声で店員が挨拶してくる。ひとまず足早に店の奥へ。小物魔道具が並んでいる方へと向かうと、店員は特に話しかけてくることもなく佇んでいた。
接客の意欲はないようで助かる。
情報端末のコーナーらしき所へ向かう。らしきというのは、情報端末は1種類しか置いてなかったからだ。
カラーバリエーションすらない。白の板状の端末。映像部分の拡張機能もなく、画面が表示されるスマホタイプだ。
サンプル品なのでロックが掛かっておらず、操作ができた。基本的な機能はネットに接続しての情報取得と決済システム。後はカメラやら通話などの連絡ツールとして使える。
使用者の魔力をそのまま使うモードと充魔して使うモードがあるようだ。
「まあ、当たり前だけど個人魔力の登録はできないと」
あくまでサンプル品ということだ。しかし、他の選択肢がないのに何をチェックするためのサンプルなのか。
そうか、コイツからプロトコルを引っこ抜けば、自分の端末で接続できるようになるかもしれないな。
後は誰かに見られないかだけど……店員が接客に積極的じゃないのが助かるな。特にこっちを見ている様子もない。カメラもあるにはあるが、端末をいじってるだけなら、子供が遊んでいると思ってくれるかもしれない。
ちゃちゃっと作業を済ませよう。
情報端末同士をリンクさせて、中層の端末から通信関係の規律定義を取り込んでいく。共和国の5年前のモデルより、中層端末の方がかなり古いのでデータ容量なんかも少なくシンプルな構造みたいだ。
丸っとコピーして情報端末を展示棚へと戻すと、俺は家電量販店を後にした。
これで下町に戻っても中層の情報にアクセスできるようになるはずだ。まあ、IDなどを偽装するのに少し手を入れる必要はあるだろうけど、プロトコルを一から解析する手間に比べれば簡単だ。
バラック小屋に戻ってから色々とやればいいだろう。
「しかし、思っていた以上に警戒感がないな」
ゲートを厳重に警備できていて侵入を許していない事で、内部は警備する必要がないという考え方なんだろうか。
特に外敵に晒されている訳でもない街ではあるが、建物のガードマンや警察の巡回なども全く見ない。
「カメラ類での監視に特化してるって事かな」
今は自由に動けているが、マークされたら侵入してから今までをトレースできるシステムとかになってるかもしれない。
「見つかる前に早めに退散した方がいいな」
俺は乗り物の駅を見つけ、防壁に一番近い所まで運んでもらい、そこから防壁へと向かう。
「ん……?」
常時展開している感知式に僅かな抵抗が感じられた。何らかのセンサーに検知された可能性がある。
防壁までは後少し。中層に留まって監視を警戒するよりも、一気に外へと出る方を選択。行きと同じく身体強化で防壁を飛び越え、外へと飛び出そうとした。
「おわっ」
飛び越えようとした防壁の上部に、魔法的な障壁が追加で展開される。慌てて体勢を整えて、障壁に着地。重力に引かれる前に、障壁を走って時間を稼ぐ。
「俺の体重を支えられる強度の物理障壁か。力ずくで突破するのは面倒だな」
これだけの障壁を張るにはかなりの魔力を消費するはず。その供給源を断つ方が、障壁を解析して破るより早いだろう。
既に警報も鳴り始めているので、警備兵がやってくるまでの時間との勝負だ。
強い障壁だけに魔力の流れ自体は追いやすい。壁の一部に魔力タンクがあるのが分かった。魔力タンクそのものも障壁によって防御されていたが、防壁上部へと術式を展開するための経路全てが守られている訳ではなかった。
電力ケーブルの様に、魔力を通すケーブルの一本を切断。効果が弱まった障壁を突破して、なんとか下町側へと転がり落ちた。