王国の巡洋艦隊
亡国の歌姫セディナとは、あの研究所でよく模擬戦をやらされていた。一対一で戦うというよりはチーム戦で指揮をとる様な模擬戦だったり、シミュレーターを使った戦争の様なものをだ。
セディナは国を失ってからレジスタンスとして活動して、お家再興を目指していたが志半ばで没している。
そのためかなりの野心を見せていた。
俺は中学から高校にかけて戦記物にハマっていた時期があり、歴史シミュレーションゲームなどを好んでやっていた事もあり、前世の戦術、戦略を多少なりと知っており、奇策の類にも知識があった。
模擬戦でそれらを駆使してセディナをボコってから、目の敵にされて何度も対戦する羽目になったのだ。
知識で戦う俺と現場の嗅覚で戦うセディナ。戦績は五分五分だったが、策に嵌める戦い方はかなり苦手意識を植え付けていた。
「普通に連絡を取ろうとしても裏があると思われるんだろうなぁ」
俺達の乗る宇宙船に対して、巡洋艦隊はやや艦の間隔を開けながら正対するように向きを変える。
第一目標である巡洋艦の牽制射撃を止めさせる事には成功した。後はソルイーターを駆除する時間を稼ぎつつ、生還するのが目標だな。
巡洋艦を撃破しようとすれば、先日戦った補給艦など比ではない猛攻を受ける事になる。ただ俺の目標は時間稼ぎ、相手を撃沈する必要はない。
巡洋艦の主砲は軍艦相手の装備なので、小型の宇宙船を狙うようにはできていない。
こちらの撃墜を狙うのであれば、対空砲が届く距離まで詰めるか、戦闘機を派遣するか。普通に考えれば後者だな。
巡洋艦は黙って距離を詰めてくる訳ではなく、主砲による攻撃が打ち込まれてくる。まだまだ至近弾には程遠いが、射撃を続けるうちに補正されてまっすぐ進んでいては捕捉されかねない。
俺はランダム軌道を取りながら回り込むように移動する。巡洋艦隊は向きを変えながら陣形は崩さずに距離を詰めようとしてきた。
「速いな」
巡洋艦は戦艦に比べると軽量で機動力重視の艦が多い。中でも王国軍の巡洋艦は300mほどの船体を持ち、機動性に重きを置いているらしく、旋回しながら接近してくる速度が速かった。
急な旋回は慣性によって船体がねじれる負荷がかかるのだが、重力操作に魔力を割いて旋回速度を上げているようだ。
「最高速よりも取り回しやすさ重視って事だな」
それは艦隊行動で対峙するというより、単艦でも相手を倒すのに特化しているという事だろう。大軍を相手にするよりも弱い者を狩る戦い方。
宇宙生物を駆除するための戦法という事か。
その戦い方は海賊を逃さず仕留める事にも通じて、王国内では海賊業が成り立たない状況も生み出している。
「つまり……結構なピンチじゃないか?」
俺達の乗っている船はまさに単艦で行動する海賊サイズの宇宙船。奴らの狩り慣れた相手と言うことになる。
こちらが勝っているのは質量が軽いことで加減速が効く点、最高速も勝っているかもしれないが回避行動を取りながら逃げるのでは追いつかれるだろう。
巡洋艦同士が砲撃できないように懐に飛び込むと、戦闘機が出てくる事になるだろう。戦闘機相手となると、加減速でも敵わない。防御結界の厚さと火力で戦うことになるが、数がまだ不明。各巡洋艦に4機ずついれば16機、一方的に負けるはずだ。
一定距離を保ちつつ、主砲を避け続ける事が時間稼ぎとしては最適。主砲を撃つのを止めて戦闘機を飛ばしてきたら、距離を開けてしまえばいい。
戦闘機は軽く小さい分、魔力切れを起こしやすいので母船からあまり遠くまでは追ってこないからな。
「ただそんな事は海賊もやるよなぁ」
この船はそこいらの海賊船よりは上等とは思うが、海賊は単機の方が珍しいはず。何機かを囮に逃げるとかして、簡単に殲滅させられる事はないと思うのだが、王国では海賊が駆逐されていると言われている。
単純な追いかけっこで逃さず殲滅は難しいはずなので、何か別の要素があるはずだ。
「巡洋艦から戦闘機の発進を確認!」
リリアの報告に俺は巡洋艦から距離を取るように進路を変える。主砲の攻撃は続いているので回避行動を取りながらだ。戦闘機は巡洋艦の主砲の範囲に入らないように大回りして、退路を塞ぐように移動しようとしていた。
それだけでガス欠になるような事はないが、ドッグファイトで加減速を繰り返しながら攻撃も行うとなれば、交戦時間は短くなる。
しかも戦闘機の運用単位である4機編成や2機編成ではなく単機。交戦が目的ではないと見るべきだろう。
「ユーゴ兄、もう一機出てきてるよ!」
リリアがレーダーにマーキングしてくれた。別の巡洋艦から発進したらしい戦闘機がこちらも一機だけで回り込むような軌道で飛んでいる。
「そいつらが何をするか望遠で観察しといてくれ」
「了解っ」
回避行動をしながら相手の戦闘機を観察するのは無理なので、そこはリリアにお願いする。
「アイネ様も何か気づいたらお願いします」
「新しい宇宙生物が見れそうで楽しみです」
アイネの予測では何らかの宇宙生物を使ってくるって事か。王国というのはホントに厄介な国のようだ。
セディナが王国で台頭する前から侵略国家だったし、海賊王国と呼ばれていたからな。呪歌がなくても独自の戦闘技術を持っていたのだろう。
宇宙生物が多い星域を支配していた事で、既存の戦法から独自の戦い方を模索してきたって事だな。
「普通の戦争も得意ってかっ」
ちょっと意識を考察に取られて、ランダム回避がパターン化していたらしい。至近弾が防御結界を掠めていった。
俺は操縦桿を握り直して、相手の予測を外す軌道を組み立てていく。軍学校の教練にはこの手のランダムについての講習もあった。完全にランダムだと、確率が収束して偏りがなくなるのだという。そこに人間の意識を混ぜることで予測させない動きをする。
船自体にランダム機動をさせつつ、それに俺自身も船に合わせて軌道を逸らすのか、カウンターを当てて軌道が変化する幅を減らすのか、瞬時の判断を乗せながら、予測を外す動きを心がける。
「戦闘機が何かを射出。攻撃というより、小さな何かをばら撒いたみたい」
しばらくランダムに意識を費やしていると、リリアの報告が入ってくる。ちらりと視界をリリアが拡大表示してくれた映像へと走らせたが、吐き出されたモノが細かすぎて良く分からない。
「データ照会……イナゴらしいです」
王国ライブラリーで画像検索して相手の正体を突き止める。宇宙生物のイナゴは昆虫という訳ではなく、その習性から名付けられたモノ。群れで襲いかかり、かじり取って根絶やしにする。そんな凶悪なヤツだ。
姿としてはヒトデに近いか、何本かの触手を持っていて、それで相手にへばり付き表面からかじっていくスタイル。大きさは50cm以下で見て避けるのは困難だった。
高機動で張り付いたものを引き剥がす事もできるが、そちらに気を取られたら巡洋艦からの砲撃が怖くなる。
張り付かれない様にその範囲を避けるのがベターだが、それで移動範囲を制限されるとそれはそれで狙われやすくなるだろう。
「イナゴ除けのデータを」
「了解」
虫除けスプレーの様に、イナゴが嫌う魔力波を出すことで接近を阻害できるのだが、それには個体ごとに周波数の違いがあり、効果を発揮するためにはデータが必要だ。
「ユーゴ兄がピックアップしてくれてて検索が早かったよ。照射するね」
「任せる」
3日の停泊時間で目についた宇宙生物への対策を組んでおいて助かった。イナゴも王国側では対策方法が確立されていたので、使われる危険が高いと予想していた。
「あ、もう一機から放出されたのは別種みたいです、そっちにはイナゴ除けが効かないっ」
「なるほどっ、そういう運用かっ」
俺は軌道を修正して、追加放出分から離れて難を逃れる。リリアの注意がなかったら、そのまま突っ込んで取りつかれるところだった。
人の嫌がる事を率先してやる、王国の戦術参謀は優秀で嫌らしい性格だな。




