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退路の確保

 まだ決着には時間が掛かりそうな侯爵軍と宇宙クジラの戦いを置いて、俺達はターミナル星系へと戻る事にした。

 少し光魔力を補充しないといけなかったので、帆を張って時間を潰す。


「キースはどうする? 侯爵軍とクジラの決戦や潜んでいる王国巡洋艦の捕物なんかがあるが」

『俺の任務はあくまで護衛だからな。一緒に戻るぜ』

「了解、それじゃよろしく」


 キースの船は一人乗りなので、転移に必要な魔力量も少なくて済むので補充時間も短い。俺達が跳べるようになる頃には、準備は整っていた。

 王国の巡洋艦が見つかったと認識した際に、更に何かを仕掛けてくる可能性はあるが、軍艦同士の戦いで、民間の宇宙船がそれほど影響を与える事はできない。

 魔導騎士で戦ったとしても、護衛に魔導騎士を積んでいるだろう巡洋艦を単騎で墜とすなんて真似は、アニメの主人公でもない俺には無理だ。


 侯爵旗艦と宇宙クジラとの戦闘は、後退しながら砲撃する旗艦とそれを追うクジラという構図が変わらないので、白兵武器ができて駆逐艦で突貫する局面まで変化はない。

 それからやっと帆を張って、光魔力を補充し転移する流れとなるが、それは1、2日で終わるか分からなかった。


 俺の行動は護衛する補給艦と合流しつつ、侯爵軍の退路確保する部隊とルート決めで意見を交わす事となる。

 小一時間の魔力補充休憩の後、ターミナル星系へと転移した。




 ターミナル星系の主要ステーションは、第3惑星と第4惑星の軌道の間にある小惑星群アストロイドベルトにあった。

 居住可能な惑星を持たない星系なので、小惑星から資源を回収する形を取っていたらしい。惑星を掘るよりも小惑星をバラす方が、重力やら大気やらを気にしなくて良いので、作業効率が良いのだ。

 あくまでターミナルとして、主要星系間を繋ぐ場として魔石の補給ができる程度の施設だった。


「食料なんかも大半は運んできてる状態だから、新規に集めるのは難しいだろうな」


 王国によって退路が絶たれていれば、今後の食料補給にも支障をきたすだろう。支配した星系から徴収する事になるだろうか。

 早いところ帝国に逃げ帰りたいところだ。


 補給艦の艦長や侯爵軍のこの星系に駐在している責任者へと作戦会議への参加を打診。

 補給艦の艦長は元々ロガーティ子爵から融通を利かせてもらえる様に取り計らってもらっているので、さしたる問題はなかった。

 侯爵軍の方はつてもなく難航するかと思ったが、すんなりと会議への参加を了承された。


『侯爵様は、君の判断を評価していたのですよ。ユーゴ・タマイ』


 子爵は俺の正体も伝えていたらしい。




「指名手配犯と会える機会なんて滅多にないですからね。よろしくお願いします」

「は、はぁ」


 にこやかな笑顔で握手を求めてきたのは、侯爵軍で作戦立案を担当している武官の一人だった。30歳前後のまだ若手士官といった雰囲気で、金色のカールが掛かった髪と明るめの蒼い瞳、シャープな雰囲気のある美男子だった。

 前世の某歌劇団で男役を任されそうな雰囲気だ。いや、男だが。


「公爵が君を収監にした辺りから、侯爵陣営では真相の究明を行ってはいたんだ」


 それならもっと早く助けてくれ。


「残念ながら記録類は改ざんされていて、証言者もほぼいない状況。ロガーティ子爵の次男の証言だけでは実権を握った公爵には届かなかった」


 それに俺自身が公爵の弱みとまではなりそうにないという判断もあっただろう。帝国軍に被害を出した者として生贄スケープゴートにされただけで、公爵自体を追い詰める存在とまでは考えられない。

 呪歌についての情報など、不明瞭な知識に怪しさはあれど、それを公爵が利用している様子もない。俺からは奪えなかったからな。


「結果として自力で逃亡させた上に指名手配を止めさせる事もできなかった。本当に申し訳ない」


 そう言って頭を下げてくるが、内心でどう考えてるかまでは分からないな。実際に俺を助けようとしていたかの証拠もない。

 子爵から情報を得て、使えそうなコマとして心象を良くしようとしてるだけかも知れないからな。

 作戦立案をする人間というのは、そういうものだろう。


 俺としても過去はどうあれ、今は使えるコマとして利用してもらえた方が動きやすい。


「今の侯爵軍、帝国軍が置かれている状況については把握されてますね」

「はい、宇宙クジラと戦っている艦隊と接触して確認しました」

「王国側の戦力が宇宙生物を利用することによる底上げだとすると、王国内部への侵攻はリスクが増します。王都の制圧が不確実になった今、一定領域の支配で手打ちにするべしというのが閣下の判断です」


 侯爵としてもリスクの高さを感じたようだ。


「他の軍との連携は?」

「通信は飛ばしましたが、判断するのは各軍に委ねられます。皇帝軍が進軍するのに、こちらだけ引いたとなれば、侯爵の立場は悪くなるでしょう」


 皇帝軍がより深部に攻め入って、侯爵軍が足並みを揃えなかったとなれば、批難は免れない。そのリスクはあったとしても、実戦力を失う事を侯爵は恐れた。

 戦力を削られた時の王国による再侵攻までリスクに加味しているのだろう。


「最悪のケースとしては、敗戦の責任を負わされる事ですね。侯爵軍が勝手に引いたために皇帝軍が囲まれ撤退を余儀なくされたと喧伝されると、国内の評価は落ちますし、処罰が待つこととなるでしょう」

「それはかなりのリスクですね……」

「それでも帝国がなくなる危険に比べれば大したことではないと閣下はお考えです」

「なるほど。それで退路の確保については?」


 参謀官は星系図を表示して帝国への帰路を表示する。


「国境から各星系の支配を行いながら侵攻して、複数の退路を確保しています。この中から最も安全な航路を選定するので、意見を出してくれると助かります」


 実際の退路については、この参謀官よりも上の責任者が既に計画を決めて進めているようだ。帰路の幾つかに進捗状況が表示されている。


「複数のルートに進捗があるのは?」

「最初からルートを決めてしまうと、相手にも絞られやすくなります。なので国境に近づくまで複数のルートを確保、随時最善を選んでいく事になります」


 進捗率は侯爵軍がやってきた時の補給態勢や侯爵が来なかった場合の偽装工作などの計画らしい。


「侯爵軍が宇宙クジラを撃破して、転移できるようになるには3日ほどかかると考えられています。まずはこの星系に戻り、速やかに補給を受けて次の星系へと向かう事になります」


 自力で恒星から光魔力を補給していたのでは、各星系で数日を要することになる。なので旗艦の到着予定地点に補給艦を用意して、外部から魔力を供給して転移を行っていく計画だ。

 随行する艦も分散させ、各ルートから帝国内を目指すことで侯爵の居所を分からなくさせる作戦がとられる。


「王国の目は把握できていないのですか?」

「君が見つけてくれた巡洋艦クラスの目が配置されていたとしても、行動を起こしていない段階では発見が困難ですね」


 星系は広い。魔力を検知するにも距離があれば反応は微弱。恒星からの光魔力もある中、動いていない軍艦を見つけるのは難しかった。

 あの巡洋艦を見つけられたのは、呪歌を流している魔力を追えたからだ。受動的な観測だけに徹した艦なら発見できなかっただろう。

 支配が進んで観測ブイを各所に配せる様になれば、潜伏をあぶり出す事もできるだろうが今はまだそこまでの環境が整っていない。


「それと後方星系への転移ジャマーが始まっている」


 空間転移を阻害する転移ジャマーは星系からの転移を阻害する。入る方はそこまで影響を受けないが、飛び出そうとすると座標計算に影響を受けて全く違う場所へと飛ばされる危険があった。

 これには通信も含まれる。魔力の伝搬速度は光などの電磁波と同じくらい。星系間でやりとりをするには転移門を開いて通信用術式を通す必要がある。

 ここにジャマーが入ると伝えたい先の座標がズレて連絡できなくなるのだ。


「予定ルートはまだ妨害がない星系ということです」

「それは相手が意図的に残したルートの可能性もある……という事ですね」

「物量的にすべての星系は妨害ができなかった可能性の方が高いが、ルートの中にあえて妨害しなかった星系が含まれる危険もある。その炙り出しに君の意見が欲しい訳だ」

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