公爵の策……か?
いや待てよ、王国の侵攻が公爵の策だとすればどうだ。
公爵という地位は皇族の血脈という意味では尊ばれるが、実際は皇位継承争いに敗北した皇族の末路でもあり、閑職でもある。ヴェルグリード公爵家にも降嫁した前皇帝の妹がいたような気がする。その娘も皇位継承権を持っていたはずだ。
権力争いの敗者を集めるのが、公爵家の役割とも言える。
逆に実際の帝国を支えているのは、領土を持つ侯爵家だったりするのか?
「子爵、王国の侵攻がなかったら、第2皇子が皇帝になった可能性ってどれくらい?」
「……さすが指名手配される者ですな。皇族への敬意が見られません。皇帝が決める者が後継者、家臣がどうこう申す事ではない」
「そんな建前はどうでもいい。ハイドフェルド侯爵は第2皇子を支援していたはず。帝国国内で1、2を争う大貴族の後ろ盾を持つなら、それなりに有力候補だったんじゃないか?」
「……」
子爵は古い貴族家で、皇族への忠誠心も高いらしく、当時の権力図などは推し量る事をしてなかったか。
「仮定として、皇太子がそのままでは即位できない可能性が高かった場合、皇帝へと押し上げる為に公爵が暗躍していたとすると……」
「ユーゴ・タマイ、不敬だ。それらの仮定は語るべきではない」
ダメそうだな。子爵はこの手の話題には参加しないか、できないか、何にせよ意見すら貰えそうにない。
「分かりました。邪推の類は述べません。伯爵様を領地へと戻す段取りをお願いします」
不機嫌そうな子爵にそれだけお願いすると、俺はここまでと思って席を立つ。
「ウィザード、王国への反抗戦で公爵が率いた艦隊の構成貴族とか分かる?」
『その程度、当時の新聞にも載ってるだろ……ほれ』
新聞の解説欄らしき艦隊の展開図が表示される。といって、各貴族の名前なんかは分からんな。
「この中で当時の公爵陣営……いや、第2、第3皇子の陣営を色分けできる?」
『ふむ……ほい』
「やっぱりか」
王国侵攻に対する急な招聘、手駒だけで固めるには戦力が足らないとはいえ、旗艦の周りが自陣営より、敵対勢力の艦が集められていた。
普通なら信用の置ける手駒を並べたいはず。
『ま、公爵の手駒が古くて数も少なかっただけの可能性もあるけどな』
「ん? ああ、そうか……」
公爵は領地も少なく、帝国軍の庇護下にあり、自前で私兵を揃える必要がなかった。というよりも、皇帝として皇位に近い公爵家にはあまり私兵を持たせたくない勢力とも言える。
そのため公爵軍は艦数も少なく、型落ちの船がほとんど。流石に旗艦は最新鋭で、それを補助する補給艦などは充実させているが、戦艦、巡洋艦、駆逐艦といった軍艦は数合わせ程度のものでしかない。
なので王国軍を攻めるとするなら、ちゃんと私兵を集めている貴族に頼るしかなかったのか。
「となると、王国軍に侯爵寄りの軍勢を削ってもらうつもりだったという仮説は成り立たないか……」
旗艦を襲撃してきた魔導騎士の部隊に、対抗勢力の戦力を削ってもらいつつ、奮戦の中心に旗艦が居ることで武力面でも優れた戦績を残す。
それを王国側と連携して行ったとするのは、陰謀論に過ぎないのかもしれない。
俺が投獄されたのも公爵の予定を狂わせて、対抗勢力の戦力を削れない状況に陥った腹いせなどという考えも邪推に過ぎないか。
『ただ確かに皇太子側が第2、第3皇子に押されてたのも事実で、首都奪還が皇帝即位の決め手になったのも確かだね』
「王国軍が首都を保持するにしては軍が少なかったのも、公爵と密約があったら納得できたんだがなぁ」
『現状で証拠は揃えられないな』
流石にそこまではウィザードとの契約外で、本格的に調べてもらう訳にもいかない。あくまで開拓を巡る伯爵の処遇について情報を集めてもらう約束だった。
「とりあえず今回の約束は以上かな」
『ま、多少のアフターサービスは受けてもいいが、公爵とやり合うなら別料金』
「仕方ない、しばらくは払えるネタがない」
ウィザードが知らない情報の提供。例の邪神っぽい何かを越えるネタはなかなか見つからないだろうし、ウィザード自身はアレを調べたくでウズウズしてるからな。
今回の協力に感謝しつつ、あとは自力で動いていこう。
現場監督を含めると定員ギリギリだったので、伯爵を連れて開拓星系へ戻る事はできない。まあ、伯爵の他にも妻である子爵令嬢やお付のメイドなどもいるので、俺の船での輸送は諦めた。
現場監督も伯爵と一緒に戻ることにしたらしい。子爵にも予定があるので、すぐに開拓星系へは向かえない。
多少の機材を受け取って俺達はひと足早く開拓星系へと戻る事にする。
「あ……」
船内に入っていくと、リリアとお茶しているシャルロッテの姿があった。一応、開拓村などにも降りて庶民の生活を見せたりはしているが、実作業という面では戦力となりえない人物。
いつまでも一緒に連れて回る訳にもいかない。
先程の子爵の様子を見ると皇族に対する忠誠心は篤そうだ。公爵から逃げる立場のシャルロッテに対して、匿ってもらうにはよい相手だろう。
「伯爵が開拓星系に戻ってきた時に、子爵に預ける事にしよう」
「なんですの、いきなり」
きょとんとした顔でシャルロッテが聞いてくる。
「今後の展開を考えると、戦力にならない者を船に置いておくのは邪魔だなと」
「なっ、私を邪魔と申しますのっ」
「何もできないからな」
「わ、私だって、配膳とか……配膳とか、配膳とかできますわ」
「そんなの自動魔道具でもできるからな」
皇族としてやるはずのない事をやってるのは確かで、庶民の暮らしを知るというのも良い治世者になるのに必要なのかも知れないが……でも、大抵の王族とかは逆にそういったものから遠ざけるのか。庶民の暮らしを知ることが邪魔になる事もあるのか?
まあ、庶民には分からんし、分かったところで役立てる場面もないな。
「単にリリアと離れるのが嫌なだけだろうが、かといってリリアを渡す訳にもいかんし……リリアはシャルロッテに仕えたいとかあるか?」
「うーん、友達としてならいいけど、仕えるっていうのはないかなぁ」
はっきりと突っぱねた。仕えるとなると、他のメイド達と動きを合わせるということだし、今の関係など維持できるはずもない。
どちらにとっても不幸しかないだろう。
「ま、伯爵が開拓星系に帰ってくるまで2か月は掛かるから、それまでは自由に過ごせばいい」
「……分かりましたわ。その間にリリアを私なしでは生きられない様にしますわ」
「嫌だよ、そんなの」
などと言いながら笑い合っていた。
1週間かけて開拓星系に戻ってきた。その間にウィザードから子爵を襲撃したフレンツェン伯爵の情報も届けられている。
ヴェルグリード公爵の手駒であるのは間違いなく、あの補給艦も開戦後に子爵が魔石確保に奔走し始めた辺りからついて回っていたらしい。
その中で子爵の船に紛れ込ませた内通者に監視させ、ギルバートへの干渉が発覚したら襲える様に画策していたようだ。
ウィザードが子爵の船内のセキュリティを精査すると、かなり穴を開けられていて情報を拾われていたらしい。
開拓星系に対する仕掛けには早く対応できた割に、足元はぐらついていた。今回の件でそれらが発覚したので、改めて子爵家内の統制を見直すことにしたらしい。
「他人のアラは気づきやすいけど、自分の事は見逃しがちって事か。俺も気をつけよう」
『ま、立場の違いもあるだろうけどな。使用人も代々仕えてきた人間が多くて、管理が甘くなっていたようだし』
子爵家の使用人などは安定した立場だが、もっと稼げると思わされたら揺らぐ可能性もあると言うことか。
ヘッドハンティングされたと言えば栄転っぽいが、その時に内部事情を手土産にとなれば完全な裏切り行為なんだが、自分で掴んだ仕事ではなく親から譲られた立場だと、倫理観も薄れがちになるのだろうか。
その辺は俺達にはまだ関係なさそうだと記憶の隅へと追いやった。




