伯爵と子爵の常識
「開拓の遅れの根本にある問題は、伯爵がずっと離れたままであるというのが原因です」
「それは伯爵が開拓を始めた際に、多くの貴族から狙われて対応に苦慮していたからだ。貴族のルールを教える必要があった」
「しかし、もう5年以上経っています。貴族社会でのし上がろうとするなら、もっと時間が必要でしょうが、防衛に徹するだけならば問題ないでしょう」
「だが伯爵には跡継ぎがいない。このままでは長年苦労して開拓した星を失うのだ。教育の傍ら本人達に任せていたら、全く進まぬままに5年が経過している。強制的にでも進めぬ事には、伯爵は領地を失うのだ」
ロガーティ子爵はあくまで伯爵の事を案じているのだろうが、考え方が貴族的過ぎるのだ。
開拓を行って爵位を得た伯爵は、まだまだ庶民感覚が残っている。貴族になったらと言って、常識を塗り替えるには時間が必要だろう。
貴族にとって大事なのは家を守る事。
しかし、伯爵にとっては家に執着がないのだろう。本人の実家がなんであるかは分からないが、代々星系開拓を行ってきた家系なんて事はないはずで、どちらかというと家から抜け出すか、追い出されて、一旗上げようと開拓船を持ち出したはずだ。
そんな伯爵は家を守るという概念が理解しがたい。
家を守るために20も離れた男に嫁がされる娘を不憫にすら思っているようだ。
そのために名義上は結婚したとしても、手を出す事に罪悪感を持ってしまっている。
「伯爵は政略結婚なんて無縁の世界の住人でした。家の為に無理をさせるくらいなら、領地を手放す事も厭わないでしょう」
「そんな馬鹿な。長年探し求めて得た領地だぞ!?」
この辺の話は、キャプテンに直接会った時にきいていた。元々爵位を狙って開拓をした訳ではなく、一攫千金を求めた結果が新星系への航路獲得だっただけだという。
「星系を見つけたら貴族になるという事をあまり考えず、乗組員達が一生暮らしていけるだけの財が得られればいい。それが伯爵の望みでした」
しかし、帝国法には爵位を授与し、一定の財が支払われる事が決められているが、それはあくまで星を開拓するための資金としてだ。
開拓星の権利を売却する事は考えられておらず、財を得ようとすれば自分で開拓して収益を得なければならない。
そのように帝国からは告げられた。
ただこれも貴族的な言い回しで、寄り親なり帝国なりに上納する事で、今後の生活を保証してもらう事はできたのだが、帝国法としては臣下は帝国の発展に寄与しなければならないと定められていて、本人が開拓しなければならないような書き方になっている。
庶民が知る法と貴族が様々な抜け道を用意しているが複雑な法との違いを認識できぬままに、開拓を命じられれば伯爵としては応じるしかなかった。
貴族のルールを勉強して、上納する事ができると分かった時には、既に子爵の娘と婚姻を結んだ後。
領地を持たない子爵に、星系を上納する事はできず、帝国に上納するとなると子爵への恩を仇で返すような形になってしまう。
伯爵としては生きている間に惑星以外の財を蓄えて、自分より若い妻へ全てを捧げる事が最大の恩返しだと考えているようだった。
「伯爵としては早く開拓事業に戻りたいとの事でした」
「しかし、それでは家が途絶えてしまう……家を失う事を前提に考えるなど……」
こういうのもカルチャーショックと言うのだろうか。庶民文化と貴族文化、家、血筋に対する考え方の違いが噛み合わない原因だった。
ロガーティ子爵家は帝国が成立する以前の王国時代から続く家柄らしく、その血筋に誇りを持ち、ノブレス・オブリージュも強く意識していて弱きを助けるのは当たり前という立派な家系。
それが貴族社会で食い物にされそうになっている伯爵を助けた要因となっている。
そんな子爵に新興貴族の伯爵がさっさと家を手放そうという考えは理解できなかったようだ。
「さて仕切り直しと参りましょう。伯爵が一代貴族として断絶を受け入れるにせよ、開拓は進めるおつもりです」
「それはそうだ。ギルバートがこんなフザケた命令を下していたとは、管理不行き届きと言われても仕方ない。最大限の援助はしよう」
「各開拓村の最低限の防風結界は整えたので、次の段階は建物の建築。惑星の表層は砂で覆われているので、砂を固めて建材にするための魔道具を……」
子爵は資源衛星の管理を任されてきただけあって、未開の衛星に拠点を構築する手法や必要な魔道具の種類、その入手ルートなどは整っていた。
開戦後も魔石の増産を侯爵から指示されているので、新たな衛星開発なども計画されていたので、そちらに回す予定だった資材の幾つかを回して貰える手筈を整える。
「では伯爵様を現地に戻す事も受け入れてもらえますね」
「……仕方あるまい。私とは考え方が違うことは分かった。貴族社会に馴染めるように手を尽くしてきたが、それがかえって迷惑だったのなら本人に任せるよ」
伯爵にとっても子爵は窮地を救ってくれた恩人なので、自分の意思をなかなか伝えられずに受け入れてしまっていたのもこじれてきた原因だった。
これからは相手が違う考えで動く生き物として、ギャップを埋める作業をしてもらわないといけない。
ただそれは本人達の問題なので、任せてしまうのが良いだろう。
「その上で問題となるのは、ヴェルグリード公爵です」
「公爵……フレンツェン伯爵の寄り親ですね。ギルバートを唆したのは、公爵の意向だと?」
「その可能性が高いかと」
正直、本人が辺境の星系まで口を突っ込んでるとは思わないが、公爵への敵対勢力を育てたい俺としては、ハイドフェルド侯爵に頑張って欲しいところだ。
「公爵の立場で考えると、元第2皇子派であるハイドフェルド侯爵の勢力を削りたいのでしょう」
皇帝の後ろ盾として中央の貴族をまとめる立場であるヴェルグリード公爵だが、領地となる星系の数では、ハイドフェルド侯爵に大きく劣っている。
皇帝が王国への逆侵攻を急いだ要因の1つは、侯爵をはじめとする対抗勢力の戦力を削る意味合いもあるはずだ。
元第2、第3皇子を擁立していた勢力としても、巻き返しを図るためには戦功を上げるのがわかりやすいため、兵力を出すしかない。
軍の差配を握る皇帝は、苦戦が予想される戦地へとそうした対抗勢力をあてがう事ができる。
皇帝の思惑を上回る戦果を上げられるかどうかで、今後の勢力図が変わってくるのだろう。
……勝つことを前提に権力争いをしている帝国は、本当に勝てるのかどうか。亡国の歌姫を抱える王国は、そんなに弱くないはずなんだが、単純な国力だけで勝敗を考えてそうだな、帝国のトップは。
「公爵の性格を考えると、これからあからさまに勢力拡大を図ってくるでしょう」
「……そうでしょうな」
次男が旗艦に配属されていたとの事なので、公爵の自己顕示欲の強さや、目的のために手段を選ばない部分があるのは分かっているのだろう。
「特にハイドフェルド侯爵に劣っている領地の拡大は急務。取り込める所は手当たり次第に策を巡らせている可能性が高いです」
貴族の数で言えば、中央政府の役人は皇帝に仕える者達で、そのまま後ろ盾である公爵側なのだろう。もしくは従わない者は左遷させるとかやりそうだ。
しかし、領地を増やすとなると寄り子として領地を持つ貴族を従えていくしかない。が、そうした貴族は既にどこかの傘下に入っている。
取り込めるとしたら寄り親から期待されていない貴族、財力などもなく、中央から遠くてなかなか顔合わせすらできない貴族だ。
それらを一気に取り込む方法として、辺境が辺境ではなくなる可能性がある遷都。根回しをして辺境貴族を巻き込み、遷都を行おうという勢力に加え、遷都がなればそのまま自分の勢力へと組み入れる。
策として見るなら有効な手だ。帝都が占領されたのも説得には丁度よい口実になる。
「となると、やっぱり戦争なんてしている場合ではないはずなんだが……」




