子爵との情報共有
補給艦を追い返し、子爵家の商用船へと戻る。ドッキングベイへと接続し、俺は船内へと入っていく。
そこには警備兵が6人、完全武装で待ち構えていた。その中央からロガーティ子爵が秘書官を伴って現れる。
子爵が手を挙げ、警備兵を壁際へと下がらせて口を開く。
「船を守ってもらった事に感謝する。ただ、その顔は見覚えがありますな。ユーゴ・タマイ」
「あっ」
戦闘中に解除していた開拓星の役人の幻影をまとい直すのを忘れていた。指名手配犯である俺は、悪い意味で顔が知れ渡っている。失敗したと思ったが、子爵の様子は平然としたまま。
モニターなどで俺と分かった上で、本人が登場したのだ。すぐに捕縛しようという気はないらしい。
「貴方のことは息子から聞いている。戦犯に祀り上げられたのは、公爵の妬みからだとね」
どうやら子爵家の次男が、公爵の旗艦に搭乗していたらしい。作戦会議にも参加していたらしく、当時の拘束は不当なものだというのを知っていた。
公爵家に逆らうことはできないし、会議の内容は軍事機密なので外に漏らすような事はできないが、俺が人身御供にされたと子爵には伝えていた。
目立つ活躍をすれば潰すという気性は、帝国政治に関わる人間にとっては致命傷となりうる事だからな。
「詳細までは聞かされていないが、息子は貴方がいなければ戦死していたと言っている。恩に報いるのは親の務め、更には私自身も助けられたのだ。貴方の立場について、最大限に援助すると誓おう」
そう言いながら貴族式の礼をする。
「それでは奥でお話を」
秘書官が進み出て、俺を案内してくれた。
先に通された応接室とは違い、賓客用の客室へと案内された。子爵の権威というか、資金力を見せるための部屋だな。華美にならない程度に落ち着いた雰囲気だが、個々の品々は高級感を醸し出している。
個人的にはちょっと落ち着かないが、今は歓迎されていると受け取ろう。
「さて改めてお話を伺おうかと思いますが……指名手配を受けたので辺境の開拓惑星で身を隠すのが目的でしょうか?」
ロガーティ子爵は、こちらの行動を推測して話しかけてきた。
「概ねはその通り……ですね」
辺境から勢力をかき集めて、公爵に対抗する勢力を作ると言っても、信じてはもらえまい。数百の星系を支配する公爵家、しかも帝都に近い星系を押さえているからな。当然、他の貴族も公爵側につくだろうから戦力比など計算するだけばからしい。
ただ俺が狙っているのは、現公爵の失脚なので公爵家自体を潰す必要性までは考えていない。
俺を監獄送りにしたヤツに示しをつけられればそれで十分だ。
「とはいえ折角、開拓作業に携われる貴重な経験をするのだからと、本腰を入れて作業を進めてみると……あからさまに効率の悪い状況に陥っていました」
「……そのようですね」
各開拓村を回って集めた情報を共有した。住人の多くが無理に働かされたせいもあって行動不能。まともな道具もないので、開発は一向に進まず。
現地の監督者たる伯爵の開拓船乗組員は、着実に恨まれる立場へと追い込まれていた。
「これらの指示が子爵名義で発令されていた訳です」
「それにつきまして、こちらで調査した結果、三男ギルバート様による発令だと判明しました」
開戦前後の魔石増産業務で多忙だった子爵は、平常業務を息子達に分配していた。その中で伯爵領の開拓を任されていたのが、三男だったらしい。
子爵からの業務代行なので、子爵のサインが使用できたとのこと。
「元々の計画を見守るだけでよいはずが……あの馬鹿息子が」
「本来のギルバート様であればその様な愚行はなさいません。外部からの干渉があったかと……」
『その点についてはコイツだろう。調べてみろ』
「!?」
情報端末に割り込まれたウィザードの声に子爵達が驚く。提示された画像には2人の男が写っている。30代半ばの同じくらいの年齢で、1人は子爵と目元が似ていた。
「ギルバート様と……フレンツェン伯爵令息だったかと」
秘書官がもう1人の情報を導き出してくれた。ギルバートとは学生時代の同期で、それなりの親交があったようだ。ただ爵位の関係から相手が上、ギルバートは取り巻きの1人という扱いだろう。
「今回の襲撃に使用された補給艦の船籍は、フレンツェン伯爵のものでした」
「なんとっ!?」
先程の戦闘時の画像と、ウィザードが暴いた船籍等の情報を表示する。
「フレンツェン伯爵に……ヴェルグリード公爵!?」
子爵の顔が驚愕に歪む。思っていた以上の大物の名に、たじろいでいる様子だ。皇太子を擁立し、皇帝へと導いた今現在、最も権力を持つ家だ。子爵がどうこうできる相手ではない。
「いかな公爵とはいえ、ハイドフェルド侯爵の子飼いの我々に仕掛けるとは……」
序列で言えば、公爵、侯爵、伯爵、子爵という順位で、侯爵よりも公爵が立場が上だ。しかし、公爵という地位は、皇族の血縁という事で上に置かれているだけなので、実際の権力、財力では侯爵家の方が上回っているケースがほとんどだった。
ヴェルグリード公爵家も皇太子の後ろ盾として中央政府内での地位は高いが、直接支配している星系数はさほど多くない。
ロガーティ子爵の寄り親であるハイドフェルド侯爵は、百を越える星系を管轄する大貴族。純粋な力関係で言えば、公爵家といえども手を出せる規模ではない。
いくら現皇帝に近しい立場とはいえ、寄り子に仕掛けるというのは、戦争を引き起こしても不思議ではない所業だ。
「バレない自信があったか、それとももっと大きな仕掛けの一つに過ぎないか……」
子爵は思考を巡らせているようだ。
「伯爵領は開拓中とはいえ、居住可能惑星が3つもある優良星系。今回の戦争で人口の減少を見越していたら、その価値は上がると読んでいるかもしれません」
テラフォーミングで居住可能にするには、ハビタブルゾーンに固体惑星を持つ必要がある。恒星に近すぎても、遠すぎても環境維持に必要な魔力が跳ね上がり、またガス惑星には人は住めない。
火星規模の星を3つ有している伯爵の星系は、今後の発展が期待できる惑星となる。
ただ中央との距離があるので、直接的な権力拡大には繋がらないはずだった。
「もしかして遷都を考えている?」
「遷都?」
「一時とは言え王国に占領された帝国首都星、帝国領土からするとかなり隣国に近い位置になっています」
帝国は他国を侵略することなく、未開拓の星系を傘下に収めることで領土を増やしてきた。そのため隣国のない方向へと領土が広がり、首都の位置というのは領土全体からみるとかなり偏った場所になりつつある。
そこを王国に付け入られ、国境線を越えて一気に首都星が陥落するという事態に陥った。
ならばもっと国境から遠い場所へと首都星を移し、防御を固めようというのはあり得る話だ。そう俺は考えたのだが、子爵は目を見開いて驚いている。
「帝国の歴史が詰まった首都星を捨てるなどありえません!」
俺は元々帝国の住人ではないどころか、この世界すら2度目の世界で、星一つにこだわるという感覚はなかった。
前世の記憶を思い起こしても、奈良、京都から東京へと皇族の住む都は移されたし、権力の中枢である幕府は、鎌倉、室町、江戸と時代によって移り変わるものという認識だ。
建国から不動の都市というものに対する価値観が、現地の人とはズレがあったかもしれない。
「しかし、客観的に見ると遷都する意義は……いや、そんな事を考えるなら戦争なんて始めないか?」
「そうです、その通り。都を移すとなれば、その労力は多大。外部に向けた戦争などやってる場合ではない」
子爵の遷都に対するアレルギー反応を見れば、帝国貴族にとって首都星の価値は絶大だ。一時は占領されたとはいえ、取り戻せた以上、そこを守り抜こうとして一致団結しているか。
公爵や現皇帝が遷都を掲げれば、それだけで内乱に陥る危険がある。即位して間もない不安定な時期に打つ手としては、ギャンブルが過ぎる。
さすがに考えすぎだったかな。
「何にせよ、今はそれよりも星系の開拓についてですね」




