方針転換
『早く戻って来なさい』
アイネからの通信で我に帰る。不慣れな戦闘機で戦う必要なんてなかった。船内を通って戻ろうとすれば一時間以上掛かるが、戦闘機で移動すれば一瞬じゃないかと。
動体視力が追いつかず、敵をターゲットできずに逃げ回るだけの現状よりも、攻撃はテッドに丸投げできる宇宙船を利用した方が戦力になる。
俺は敵の戦闘機に追われながら、宇宙船へと近づいていく。砲座からの援護射撃で敵との距離を稼ぎつつ宇宙船の防御結界内へと突入。急減速してハッチに近づくと、コックピットから飛び出した。
いくらテッドが援護してくれているとはいえ、悠長に時間を掛けていられる場合ではない。重力術式を使用して宇宙船へと接近、張り付くと中へと滑り込んだ。
「お待たせしました」
「遅いですね。ペナルティを覚悟しなさい」
アイネの声を聞きつつ、操縦席へと収まる。子爵の船にドッキングしたままだが、魔力炉は稼働状態を維持していたので、出力を上げればすぐに離脱が可能だった。
ドッキングアームを切り離し、一気に加速。戦闘機と違って、相手の攻撃を避ける動きではなく防御結界で受け止めて反撃するのが宇宙船。被弾数を減らすに越したことはないが、無理して避け続ける必要は少ない。
「テッド、攻撃は任せるぞ」
『おう、任されたぜっ』
ゲーム感覚でシミュレーターを触り続けていたテッドは、かなりの射手に育っている。ターゲットをロックして攻撃を行う手腕は、傍で見ていても何をやってるのか理解できない。
この肉体はまだ20歳にも満たないが、若者との差を感じさせられた。
元々私掠船としての交戦も視野に調整された船は、民間船よりもかなり実戦向き。耐G装備も充実しており、同乗しているシャルロッテなども何とか耐えられている。
「3時の方向より敵影接近」
「交差する軌道を取るぞ」
『任せてっ』
レーダーを読むリリアの声に、俺が舵を切り、テッドが攻撃する。相手の攻撃が重そうなら、アイネが追加で防壁を張って止める。
個々の能力が噛み合った戦闘は、数差を埋める働きができた。
「逃げる敵にマーカーを付けろ。補給艦がいるはずだ」
「了解、追跡します」
戦闘機だけで星系は渡れない。空母に相当する船が近くに潜んでいるはずだ。まだレーダーに掛かっていないのは、隠蔽術式を使ってある程度距離を取っているからだろう。
逃げる戦闘機も母船の位置は誤魔化したいのだろう、一直線に向かう事はせずに複数機がそれぞれ別方向に逃げている。
「逆を言えば、母船にはそこまでの戦闘力はないって事だな」
「敵機のマーカーロスト。その付近に隠蔽術式が張られていると予測されます」
「他の機の追跡を続けろ。隠蔽術式もダミーの可能性がある」
「はいっ」
隠蔽術式を仕込んだブイを流して、それに接近する事で追跡を振り切り、その先で待つ補給艦に針路を変えて合流するという手法は、軍学校でも習っていた。
相手が正規軍に近いとすれば、その手の欺瞞工作はやってくるだろう。
『術式を解析したよー、これとこれはダミーだね』
こちらには超一流の分析官が控えている。隠蔽術式はその性質上、出力が抑えられていて分析をするのに時間が掛かるものだが、ウィザードに掛かればパターンを絞り込んで特定されてしまう。
その分析を踏まえて、レーダーへと反映。補給艦が張っている隠蔽術式を浮かび上がらせてくれる。
「推定ポイント、ここです」
「よし、本体を叩くぞ」
商用船を離れて、補給艦へと向かった。
軍艦の多くは黒く塗られている。宇宙空間に視覚的に溶け込むためだ。海賊や貧乏な傭兵などは、装甲がツギハギで満足な塗装もできずに鉄板が剥き出しだったりする。
塗料自体も魔力感知を鈍らせる素材が使われて、推進光をいかに拾うかが相手の位置特定には重要だ。
「見つけました、ココです」
リリアが正面ディスプレイにマーキングする。兄の動体視力と妹の観察眼、とても頼りになると今回の戦闘で実感させられた。
『現役の補給艦と同じ型だねぇ。傭兵が手に入れられる代物じゃないよ』
望遠映像を解析したであろうウィザードの声。どこかの貴族のお抱え部隊という説の信憑性が上がる。軍艦といえのは国家機密で、民間に払い下げられるのは型落ちした船だけだ。
現役の船を払い下げて分析されたら大変な事になる。
隠蔽術式を解析すれば、レーダーに映るようにできたりするからな。
最新の型ではないようだが、それでも現役の船であることを考えれば、貴族の私兵である可能性は高かった。
王国への逆侵攻に兵力をかき集めたにせよ、国内の治安維持も大事なので、全戦力を供出する領主はいないだろう。
そんな手元に残した兵力の一部であろうことが伺えた。
できればどこの所属かをはっきりとさせたいところだが……。
『艦載機は最大24機、武装は対空砲座程度だが、その船くらいは落とせるぞ』
「情報を抜けそうか?」
『さすがに軍用船だな。通信も最低限に高度な暗号化がかかってやがる。正直、外からのアクセスだと半日はかかるぞ』
「そんなに掛かるなら、制圧する方が早いぞ」
『中に入れたら、隠そうとしてる情報までぶっこぬいてやんよ』
俺達の接近を検知したであろう補給艦から、残してあったらしい艦載機が8機発進してきた。4機ずつの小隊に分かれ、左右から挟み込む様に迫ってくる。
「さすがに数が多いな」
商用船の側なら、援護もあり、味方機もいたので一対一に持ち込んでダメージを与えられたが、一対八の状況だとタコ殴りに合いそうだ。
こちらが有利なのは直進速度と防御結界の厚さ、後は武装の一撃性能くらいか。機動戦で囲まれたら、手も足もでないぞ。かといってこの船の主砲でも戦闘機の防御結界を破るには何発も当て続ける必要があるだろう。
相手に数があれば、防御結界の耐久力を削っても、自分から離れて回復を待つ時間を稼げる。撃墜するのは難しい。
「私が防御結界を中和します。テッドはそこへ攻撃。ユーゴは敵機の100mまで寄せなさい」
「ひゃ、100!?」
「できないのですか?」
「や、やりますよっ」
宇宙空間での戦闘はかなりの高速で推移する。そんな中で100mの距離となるとぶつかるのと同義じゃなかろうか。
空中と違って気流の乱れなどはないが、射撃を避ける為にランダム機動している状況だ。本当にぶつけるつもりでいくしかない。
軍用の戦闘機と、私掠船用に加工した宇宙船。どちらが丈夫なのかは不明だが、ぶつけたらどちらもダメージを負う事になるだろう。
「リリア、レーダーに距離で変化を付けてくれ」
「敵機の色を着色、デフォを青、範囲内に近づくにつれて赤くなるようにします」
「了解」
俺はモニターを見ながら敵との距離を測る。まずは加速して、すれ違いざまに寄せる方向で接近を試みる。
戦闘中の速度はマッハ2〜3、時速2500kmほどになる。ただ急旋回をしすぎると、中に乗っている人間がGに耐えきれないので、ランダム軌道を描くとはいえ、急に真横へ逃げるなんて真似はできない。
ただ数度の舵角でも1秒で700mほどの移動速度では、機体1、2機分のズレが出て攻撃を避けられる。それに対して、散弾の様に弾数をバラマキ、誘導術式を組み込む事で、何とか命中を狙う。
普通のドッグファイトはそんな感じだ。
それを魔導騎士の白兵戦の様に距離を詰めろとアイネは無茶をおっしゃる。
とはいえ、やるしか活路がないなら、やるまでだ。




