海賊の襲来
伯爵と元乗組員が面会している時に、船内にアラームが鳴り響いた。
『接近する未確認船団を確認、戦闘員は直ちに戦闘配備。繰り返す、戦闘員は直ちに戦闘配備につけっ』
「皆様もシェルターへ批難してください」
レイナードと呼ばれた秘書官に、機密が保たれた個室へと案内される。座席が並んでいて、近場にいた使用人も集まってきていた。
「私は子爵様の下へと参りますので、皆様はこちらで身の安全を確保してください」
焦った様子は押し殺しながら告げると、秘書官は足早に去っていった。
シェルターの中には、伯爵の身の回りの世話をしているメイド達が不安そうな顔で集まっている。
伯爵は端末を操作して、情報を集めようとしていた。この辺の危機管理は開拓船のキャプテンとして培われたものだろう。
「このシェルターは、脱出艇も兼ねている。万が一、商用船自体に深刻なダメージが出たとしても、この部屋だけで数カ月は生存が可能だ」
伯爵はメイド達に向けて、落ち着ける様に安心材料を提示した。
「どうやら海賊共が攻めてきたみたいだが、子爵様の護衛には戦闘機や魔導騎士が揃っている。何、小一時間もすれば撃退できるさ」
堂々とした振る舞いは、貴族的ではないかもしれないが、人を率いてきた貫禄があった。
『ウィザード、情報収集できてるか?』
『当たり前だ。攻めてきたのは傭兵崩れの一団だな。表向きは王国への逆侵攻の為に集められたが審査で落とされたとなっている』
『裏向きは?』
『どこかの貴族が秘密裏に雇って、戦争のごたごたのうちに色々始末するための部隊だな。傭兵とは思えない装備に整備状況だ。外装こそツギハギに見せているが、中身は一線級』
戦闘機が4機小隊、3グループの1個中隊のようだ。魔導騎士は母船がないと足が遅いのでいないらしい。
対する子爵の警備戦力は、戦闘機が4機と魔導騎士が2機、数で見れば半分しかない。それでも単なる海賊相手なら、機体性能で上回り退けられれる戦力である。
商用船自体も対空装備があるからな。
ただ相手が正規軍に匹敵する装備の部隊となると厳しい。そもそも目的を達する見込みがなければ、貴族の乗る船に仕掛けはしないだろう。
相手にとって想定外の戦力となると……。
「アイネ様、脱出は可能ですか?」
『私に操船を期待しないでください。テッドは銃座に向かいました』
俺達の乗ってきた船は、数機の戦闘機相手でも渡り合えない事もないが、アイネのスキルには操船技術は含まれていなかった。
オートパイロットで別星系へ逃げるくらいの設定はできるだろうが、そんな自動運転で移動しようものなら戦闘機の的になるだけ。
下手に動かすより、商用船にくっついている方が生存率は高そうだ。
「防御結界を厚くして、固定砲台にするしかないですね」
『早く戻って来なさい』
と言われても、現在地からドッキングベイまではかなりの距離がある。
船内警備の人間に見つかると、誰何されて足止めを食らうはずだ。
『ウィザード、俺が船に帰れるルートはあるか?』
『いやはや、子爵は堅実だね。通路の隔壁を閉鎖して、被弾しても被害を最小限に留める態勢を固めているよ。そこから戻るには1時間以上かかるだろうね』
通気口を伝って警備兵に見つからないルートが情報端末に送られてくるが、人が通るようには設計されていない排気ダクトを通ると時間はかかる。どちらに転ぶにせよ、戦闘はそこまで長時間は掛からないだろう。
「待つしかないのか……」
ウィザード経由で外の戦闘状況を確認しながら推移を見守るしかなかった。
商用船は大量の荷物を運ぶ貨物船ではなく、子爵が移動するための船なので、多少の足と防衛力を持っている。そうは言っても、駆逐艦ほどの機動力があるわけでもなく、戦闘機から逃げるなんて真似は不可能だ。
転移ジャマーも使用されているので、船ごと転移して逃げることもできない。
好転を期待するとすれば、星系の防衛隊が駆けつける事だが、光速を越えられる宇宙船がない世界なので、最寄りの基地から駆けつけてくるにも何時間も掛かってしまう。
生存するには現有戦力で撃退が求められていた。
『傭兵どころか正規兵の1部隊かもしれない』
『エース級ではないと思うが、統率が取れた動きだな』
俺は王国が侵攻してきた時に実戦を見ているし、ウィザードも前世で戦争の情報も集めていたので見る目が養われている。個々の動きを見れば、ある程度の実力を測ることができた。
『子爵の警備隊も元軍人だけあって実力は十分だが、数の差を覆せるほどじゃないか』
『守るものがあるというのは不利だからな』
船を背に戦われると誤射の懸念が出て攻撃しづらくなるし、船を攻撃されたら防ぐように動かないといけない。
対空砲座があるとはいえ、戦艦のような密度はないため、弾幕を張るというには全く足りておらず、死角も多かった。
ただ警備隊と商用船の連携も上手く、わざと追わせて砲座の射線上におびき寄せる動きも見られる。
『警備隊の練度も高いな』
『しかし、このままじゃジリ貧だろう』
『予備戦力でもあればな』
『機体はあってもパイロットがいないとな』
『ちょっと待て、機体はあるのか?』
『そりゃ当然だろ。不意の故障や、被弾で乗り換える用に予備を置いとくのが普通だ』
ぐぬぬ、従軍経験のない俺にはその判断はなかった。
『ここから格納庫は近かったよな?』
『まあ、お前の船よりはかなり近いな』
『ルートと操縦者ロックの解除ヨロ』
『好きだね、お前も』
『座して死ぬよりゃ、やることやっておきたいからな』
程なくしてウィザードから格納庫までのルートが送られてきた。俺は隠蔽術式を起動して、シェルターを脱出、通気口を通って格納庫を目指した。
風の術式も利用しながら通気口を移動して格納庫へと到達。魔力炉に魔力を供給して、暖機状態の戦闘機へと滑り込む。
この世界の戦闘機、魔導騎士は防御結界を持っており、射撃系術式なら結界で防げる。ただしその許容量には限界があり、被弾を続けるとオーバーフローするため、結界の限界に近づいたら補給に戻る。その際に被弾が多すぎたり、機体自体にダメージがある場合は乗り換えるらしい。
戦闘機乗りって個々に愛機を持っていて、他には乗らない様なイメージだったが、予備機もそれなりに使われるようだ。
俺が乗り込んだところは隠蔽の術式により発見されなかったが、暖機状態の戦闘機が発進準備を始めると流石に気づかれる。
しかし、ウィザードの操作でカタパルトへと押し出されれば、整備員に止める手立てはない。
「機体を借りる分の仕事はするさ」
俺は魔導カタパルトで加速しつつ宇宙へと飛び出した。
防衛するという意味では魔導騎士の方が防御結界も厚く、盾などもあるため堅いのだが、援軍が期待できない状況で守りを固めてもジリ貧。
敵の数を減らすには、敵の戦闘機についていける機動力がなければ話にならないので、戦闘機を選んだ。
宇宙船を乗り回してきたので、戦闘機も何とかなるだろうと思ったが、かなり勝手が違う。
「Gは身体強化で誤魔化すとして、動体視力がついていかねぇっ」
旋回性能の高い戦闘機は、視界が目まぐるしく変わる。だからといって旋回を緩めれば、的にされるだけ。ランダム軌道で回避し続けつつ、相手を見つけてターゲットするというのは、魔導騎士や宇宙船での戦闘とは違っていた。
白兵戦を行う魔導騎士と違って、戦闘機はある程度の距離間で相手の防御結界を削り合う戦い方。魔導騎士で相手の動きを掴む為に魔力感知を使用していたが、戦闘機の交戦距離までは掴みきれない。
魔道具の魔力感知機、レーダーを使用して相手の位置を把握しつつ、接近、攻撃を行わなければならなかった。
「あれ、俺って足手まといか……?」




