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子爵との面会

「報告があると聞いたが、通信ではなく直接話さねばならぬ事か?」


 60を越える子爵は、神経質そうな雰囲気の男で、頭髪は白いがハゲてはおらず、眉間にシワが深く刻まれていた。

 頬は痩せてヒゲも丁寧に剃られているので、かなり面長に感じられる。小柄で細身だが、背筋が伸びているので威厳を感じるたたずまいではあった。


「は、はい。じつは少し前に入植した者達の事なのですが……」


 宇宙船の持ち込みという怪しい連中が、貴族家の娘を連れてしばらく匿ってくれとやってきて、開拓村の防風結界を張って、着実に開拓を進めているという話をする。


「ふむ……その貴族の娘というのは、どこの家だ?」

「わ、分かりません。持ち物や船内などはくまなく探しましたが、身分を示すものは見つけられず、娘の映像で検索も行いましたが合致しませんで……」


 シャルロッテ達、皇位継承権を持つ者の多くは顔が広まっていない。流石に皇太子となると露出もあるが、暗殺の危険もあって厳重に管理されているようだ。

 逆に検索に引っかからない娘という事で怪しむ可能性もなくはないが、帝国の貴族で何百、何千と家があり顔が知られていない人は多くいるので、検索に掛からないだけで皇族だとはならない。


「で、その娘がワガママでも言い始めたのか?」

「い、いえ、そういう事はないのですが、部下達がそれなりに優秀らしく、開拓が大幅に進んでしまいまして……」

「良いことじゃないか。何だ、報酬でもたかって来たのか?」


 ん?

 開拓が進む事を良いことと感じている?


「し、子爵様。先の指示では、開拓を留める様に申されていましたよね?」

「何故、そんな事をしなければならん。さっさと発展させて、経済を回す方が良いに決まってるだろう」

「え……?」


 俺は情報端末にコピーしておいた伯爵からの指示書を表示して見せる。


「我々にはこうした指示が送られていたのですが……」

「何だ、これは?」

「魔力署名も入った正式な書類です」


 本人を証明する際に、サインと共に魔力情報を付与して個人を特定できるようになっている。魔力情報自体は登録されたもので、本人が魔力を注がねばならないという事もないが、当然厳密に管理がされており、偽装するのは困難だ。


「待て、レイナード」

「はい、調べさせます」


 子爵の傍らに控えていた秘書官に情報端末を渡した。

 子爵はふむと口元を覆いながら考え込んでいる。俺は下手に問いただすこともなく、子爵が思考するに任せた。




「確認が採れました。子爵様の指示署名で間違いございません」


 戻ってきた秘書官が鑑定結果の資料を子爵に渡す。


「あの馬鹿が……報告ご苦労。開拓はそのまま進めさせよ」

「あ、あの、子爵様……」

「詳しいことは調査した後に正式に通達する」

「いえ、もう一つ、お願いがございまして。伯爵様へのお目通りをさせていただけないでしょうか?」

「ん? 何故だ?」

「こちらの監督官は、元乗組員の代表でして、長く会えておらず……」

「レイナード、手続きしてやれ」

「はっ」


 そう言って子爵は席を立つ。かなり苛立たしげに部屋を出ていった。伯爵への面会も制限していた訳ではないようだ。

 かなり事前の情報との食い違いに戸惑いを隠せないでいた。




『ウィザード、どうなってる?』

『俺は通信記録しか追えないからね。人間の行動すべてを網羅できる訳じゃないさ』


 念話の術式を利用して、ウィザードに通信を行う。


『つまり、どういう事だ?』

『通信の発信者が子爵自身ではなかったという事だろう。子爵の魔力署名を使えるって事は身近な人間、子爵の態度から子供の誰かって辺りだな』

『息子達とは上手くいってるって話じゃなかったか?』

『表向きは反発してなくても、裏でコソコソやってるなんてよくある話じゃないか』


 子爵自身、王国との戦争で魔石需要が伸びたことで資源衛星の管理業務が多忙となり、優先度の低い事は息子達に任せていたらしい。

 その中に伯爵領の開発事業も含まれていたと。

 テラフォーミングには時間が掛かるので、初期にあった他家からの妨害を止めた後は、経過観察程度の仕事。子爵自身が直接指揮すべきものではなくなっていた。

 それを引き継いだ息子の誰かが、開拓の進行を遅らせる指示を出していたと。


『子爵本人じゃなかったから、手口が荒くて評判との食い違いがあったのか……』

『報告の窓口も引き継いだ息子に一元管理されているから、子爵まで報告が上がらなかったようだね』

『その辺、追えそうか?』

『流石にこの船のセキュリティは厚いから時間は掛かるよ。バレてもいいなら雑に情報を集められるだろうけど』

『いや、子爵自身はまともなら敵対したくはない。分かる範囲で頼む』

『了解』


 事業面はしっかり管理しているが、子供の管理はできてなかったと言うことか。何にせよ、開拓を進められるなら、俺には子爵をどうこうする気もなかった。




「キャプ……伯爵様っ」

「キャプテンでいい。正直、伯爵なんて柄じゃなかったと痛感している所だ」


 船内で軟禁されているという伯爵本人との面会もあっさりと叶った。伯爵本人は立派な貴族風の衣装を身にまとった壮年の男。50前後という話だったが、疲労が溜まっているのかかなり年老いて感じられた。

 新星系を発見して10年、他貴族からの妨害などに遭い、子爵に保護されて何とか持ち直すも、貴族の流儀を全く理解していなかった伯爵は、貴族教育を受ける事となった。


 しかし、40過ぎてから全く常識も違う貴族社会の勉強と言うのは上手くいかなかった。会話1つをとっても、腹の探り合いで隠語が多く飛び交い、何を言っているのか理解できない。

 そして作法がなっていないと嘲笑され続ける。排他的な貴族社会は、成り上がりを特に嫌う。

 周りは敵だらけと感じさせられただろう。

 子爵の船に軟禁というのも、半分は逃げの結果らしい。貴族に対する恐怖から守ってもらうために。


「奴らは笑顔で接しながら、何らかの言質を取ろうと話題を振って、失言があればそれを大きく広げて利益を貪ろうとしてきやがる」


 開拓は大変そうですね、こちらで不要になった機材がありますが要りますか?

 それはありがたいと言うと、売買契約を結んだ後に金額を提示、実際の品は中古の粗悪品……なんて事態が相次ぐのだ。

 伯爵への昇爵時に、ある程度まとまった資金を融資されたが、それらをいかにむしり取るかと貴族が群がってきた。


 伯爵自身、開拓に際して様々な妨害や詐欺などに対してきた過去があるが、貴族のソレとは手法が違って、物理的だったり脅迫だったりした。

 辺境は特に海賊などとの荒事がメインで、笑顔で腹を探り合い、騙し合いというのは畑違い。気づけば要らない契約を結ばされて資金を失う羽目になった。


 その上で入植者に間者を送り込んでの妨害活動。海賊達の襲撃とは違って、水面下で開拓民を取り込んで、気づいた時には手の打ちようがない状況へと追い込まれていた。

 物理的な襲撃には元乗組員も防衛できていたが、雇い入れた開拓民に背中から刺される様な事態には対応できなかった。


「俺達は一攫千金を掘り当てたつもりだったが、貴族達に奪われるために働かされていただけだったんだ」

「キャプテン……」

「それらから守ってくれた子爵様には本当に世話になった。正直、星系を譲れるなら渡したいんだが、帝国法とやらで子爵に領地は譲れないらしくてな」


 乗っ取るまでもなく、伯爵は領地を手放そうとしていた。


「結婚すれば、財産分与で妻に譲れるかと思ったが、相続は血の繋がった者にしか無理とかでな。かといって10も20も離れた娘と子作りとか申し訳なくてできねぇし」


 30以上離れたシャルロッテを後妻にしようと動いている侯爵もいるが、民間の常識がある伯爵にはためらいがあるらしい。

 民間でも大企業の社長とかなら、若い娘に手を出すとかありそうだが、伯爵には馴染まない考え方なのだろう。

 さて、どうしたものか……。

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