子爵との交渉材料
子爵からの乗っ取りを阻止するためには何らかの脅しが必要だ。伯爵家に関わる事で損をすると思わせたい。
分かりやすいのは弱みを掴んで、それをもって脅す事だろう。そう思ってウィザードに子爵家の財政状況などを詳しく探ってもらったんだが、侯爵家の代官として管理している資源衛星などの経営は実に堅い。
変な冒険心を出して損を出すだの、作業員に無茶をさせるといった事は見受けられなかった。ウィザードにも見つけられないような偽装を行っているという可能性もなくはないんだが、本当にそんな真似ができるなら伯爵家へのアプローチが杜撰すぎる。
「あるとするなら家族……娘か」
四人の息子と末に娘が一人。息子達はそれぞれ子爵の下で領地管理などで経験を積み、侯爵家から代官の仕事を請け負う形で独立。子爵に頼らなくても自活できるくらいには評価されている。
兄弟間の仲も悪くはなく、ゆくゆくは長男が家を継ぐことに関しても特に不満は出ていないようだ。
そんな中で異色なのは末の娘。ようやくできた娘を子爵は溺愛して、かなりワガママに育ったらしい。
と言って貴族の身分を笠に着て高慢に振る舞うというタイプではなく、何にも縛られす自由に振る舞うタイプのワガママだ。
幼い頃から子爵に溺愛されたのがウザく感じた反発っぽい。
そのために貴族の義務とかも疎っていて、伯爵に嫁がされたのも不満タラタラのようだ。ただ独立するほどの自主性もないので立派なニートだろう。
「引きこもりではなく、どちらかというと積極的に旅をするタイプだな。親のスネをかじりながら……」
それで行き遅れて貴族の義務を果たそうとしないとか、子爵が甘すぎるのだろうか。色々とやらかしていても不思議はなさそうだ。
「この娘が旅先で何かやらかしてないか調べてくれるか?」
『う〜ん、個人の追跡を時間が経ってからやるのはかなり難しいんだが……君が隠そうとしている例の惑星にいたヤツの情報で受けようか』
「いや、アレはホント、触っちゃいけないヤツだから、教えたくないんだが」
『それを言うなら女性の秘密を暴こうとするのもやっちゃイケナイ事だよ』
「お前が今更そんな事をっ。というか、お前の身の安全の為なんだよ。深入りしたら、精神を焼かれかねないヤツだ」
『いいね、いいね。そういう身を焦がすような情報が欲しいんだよ』
「……わかった。ただし、この伯爵にまつわる一連の事が片付いてからな」
『おっけー、そうこなくちゃね。子爵を追い込める情報を見つけてあげるよ』
ウィザードがやる気になってしまった。しかし、本当にアレの情報を渡すのか。場所も近いし、そのまま乗り込みそうな勢いなんだが。
貴重な情報源を失うのは痛いので、ぜひとも思いとどまって欲しいものだ。
まあ、俺が前世の創作物に引っ張られているだけで、実際は単なる宇宙生物の可能性も高いんだが……それでもドラゴンを襲える未知の生き物。安易に近づくのはお勧めできなかった。
「何にせよ、今は任せるしかないか……」
俺は自分のできることをやるべく、第3惑星の各開拓村を回り、冷凍睡眠状態で何とか生かされている開拓民の治療を行っていった。
基本的には栄養失調であったり、無理に作業を行って負った傷だったりの治療だ。簡易の医療キットでも数さえあれば治療できる範囲だが、使えばなくなる薬剤などが不足して満足に動かせない状況に陥っていた。
解凍しつつ治療を行い、ひとまずは動けるまでには回復。ただそのままでは食材不足などで栄養失調を再び起こすのは目に見えているので、他の拠点で行っていた、拠点内部での食材生産の方法を広めていく。
特にビタミンなどが不足するので、葉野菜やトマトなど、水耕栽培できる植物を作らせ、缶詰などと合せて食事できる様に環境を整えていった。
それと並行して、防風結界を作るためのポール立ても補助していく。比較的上手く運営して開拓民が無事だった開拓村から、最初の村と同様に俺が風を防ぐ間にポールを立てていってもらう。
各村で一週間かけていると、17村回ると4ヶ月も掛かってしまうので、半分はアイネを頼る形にした。それぞれの村で3日ずつ、2ヶ月ほどで一通りの防風結界を揃えた。
その頃には現場を管理する立場だった元乗組員と、開拓村の入居者も交流を深めて、ひとまずの対立構造を緩和する事はできている。
人の心の中までは確認できないので、恨みつらみが残っている可能性はあるが、表向きは防風結界の中、畑の開墾作業などを進められるようになっていた。
最初の村でも現場監督に謝罪させて、一緒に開拓作業を進める形で落ち着いている。まだまだ生活に余裕はなく、人手はいくらあっても足りない状況。いがみ合っている余地がない。
ちゃんとした住所が揃い、畑で採れた作物で生活が回り始めるまでは、力を合わせてやっていく方が優先だろう。
それらが落ち着くまでに、信頼を得ることができれば、受け入れられるはずだ。
そんな開拓作業を進めている間に、いよいよ王国への逆侵攻が始まっていた。国境警備をしていた王国軍を、数の力で一気に蹴散らし、王国内部への侵攻を進めているようだ。
王国の首都星強襲とは違い、ちゃんと国境付近から徐々に支配星系を増やしながらの侵攻なので、まだまだ道のりは長そうであった。王国側も目立った反攻は行っておらず、戦力を集中させているらしい。
今後、帝国からの補給線を維持しながら王国の王都星へと攻め入ることができるのか、王国からの反撃はどのタイミングで来るのか。
帝国寄りに偏った戦況情報を元に、勝手気ままな戦況解説者が持論を述べて、楽観論が広がっているが、実際はどうなのか。
まあ、今は気にしても仕方ないと意識の隅に追いやっておく。
思ったように進んでいないのが、ウィザードによる調査だ。子爵の活動というのは、合法というか真っ当な物ばかりで、良くも悪くも変化のない統治を続けている。
特に強引な手法で利益を上げようだとか、失敗をもみ消したりといった経歴を見つけられずにいた。
そして娘についても勝手気ままに旅行を繰り返したり、現地の男性と付き合ったりはあるもののスキャンダルとなりそうな尾を引くトラブルは起こしていなかった。
旅行費用などを子爵に頼ってる部分はあるが、豪遊する訳でもないので子爵の小遣いレベルを逸脱していない。
「逆を言えば、伯爵領への乗っ取りだけが異常?」
『交友関係を洗ってみても、子爵は可もなく不可もなくといった人物像で、目立たない堅物役人ってとこだな。伯爵家を乗っ取ろうとしているという話も出回ってはいないね』
娘の婚姻に絡む事だから、子爵本人が関わっているのは間違いない。
「子爵自身は望んでいないが、上からの指示で嫌々やってる……とかか?」
『子爵と繋がってるのは侯爵だが、そこからの指示というのも特にはないね』
「伯爵領をめちゃくちゃにしている指示は子爵からなんだよな?」
『ああ、それは子爵名義で統治方法が現地の監督へと命令されているよ』
子爵の人物像と命令とにねじれを感じるが、やはり新たな利益のために伯爵領を奪おうとしているんだよな。
「当然、偽造の形跡なんかは……」
『ないね。契約術式改ざんの形跡があれば一発で分かる』
ウィザードの鑑定を誤魔化すほどの技術も帝国のレベルを考えると不可能なはず。
「……こうなったら、本人に聞くしかないか」
交渉材料がないままに相対する事になるが、伯爵領の統治をスムーズにした方が稼げると訴えるしかない。
既に結婚から5年。その間に停滞している開拓を放置するより、さっさと開拓を終わらせて発展させた方が儲かると説得してみよう。
「子爵と直接会えるようにセッティングしてくれ」




