子爵への対応手段
15箇所の開拓村を巡って、開拓民が冷凍睡眠状態の村が半数ほど。残りは何とか自活しているといった状態ではあったが、元乗組員と協力して過ごしていた。
ちゃんと開拓民と交流することが大事だと考えている乗組員もいたってことだな。
ただそういう村は子爵からの物資が滞りがちになって、苦しい生活を強いられていたみたいだ。
窮地に追い込んでおいて、救いの手を差し伸べて恩を売る作戦は、現場監督が従ったままでも裏切った場合でも子爵としてはどちらでも良かった訳だ。
協力し合っていた村でも防風結界を張るまでは作業が進んでいなかった。ポールを立てる為には、作業中の風を防ぐ必要があるがそのための魔道具を用意していないからだ。
いくら何人もの男がポールを支えようとも、風に煽られて倒されてしまう。地盤に届くまで穴を掘るのも至難の技だ。
なので外の砂を拠点内に持ち込んで、プランターを作り、土壌改善を行って作物を育てている村もあった。乗組員と開拓民が知恵を出し合っていけば、生き残れる方法も考えついたのだろう。
そうした村は今後も中核となって惑星の開拓に役立っていくはずだ。
「俺の頭が固かったばっかりに、みんなに苦労させてたんだな……」
俺の拠点の現場監督は、上手くいっている村を見て落ち込んでいた。そうした村は比較的若い乗組員で、発想が柔軟だったのもあるだろう。
「ここで終わりという訳ではないんです。伯爵を助けて、やり直しましょう」
「あ、ああ……でも、相手は貴族様だろ。どうするんだ?」
「貴族と言ったって、領地も持たない役人です。多少の武力があるとしても、警備隊レベル。やりようは幾らでもありますよ」
俺達が拠点を回る間に、ウィザードには子爵家の組織を洗ってもらっていた。複数の資源惑星を任されていた子爵家は、自前の商用船を持っており、護衛として警備隊も雇い入れていた。
対海賊用に4機の戦闘機と2騎の魔導騎士を備えて、商用船の格納庫からいつでも発進できるようにしてあるらしい。
それらのパイロットの他、12人の警備員が常駐している。
子爵家は侯爵家の資源惑星を管理し、そこから産出される品々を運搬して、売上を侯爵家に納入。その一部を賃金として受け取っている形になる。
売上に対して得られる賃金が少ないと子爵家は恨みを募らせていったみたいだな。
実際は侯爵家も帝国に上納する必要があるので、丸々儲けにはなってないのだが、下から見たら稼いでると思われるのだろう。
「ウィザードが暴いてなかったら俺も金の動きとか分からないからなぁ」
侯爵家は私兵団を持つ必要があり、国難に際しては出兵にも応じる義務がある。今は王国への反攻戦に向けて、準備をしているはずだ。
それらの維持費など、侯爵家は侯爵家で出費が多かったりする。
その領地の広さから莫大は利益を上げているように見えて、それほど余裕があるわけでもない。貴族社会も割と世知辛いようだ。
まあ、平民を下に見て技術を出し渋って貴族で独占しようとするから、開発に携わる総数が少ないために発展ペースが上がらないというのも多分にあるだろう。
明らかに共和圏に比べると多様性がない物が多い。共和圏の物を理解して量産する技術だけは進んでるというのが現状だ。
「長く暮らすなら共和圏が安定だろうな」
帝国内で多少の地位を得たとしても、しがらみが多く、技術も拙い。オールセンの様な才能ある者も、まともな教育を受ける環境がなければ才能を発揮できないままだ。
日本の識字率の高さに米国が驚いたというのは有名な話。後の高度経済成長にせよ、知識を持つ者の総数というのは、発展力に多大な影響を与える。
それはさておき、今は子爵にどう対するかだ。商用船に取り付くことができれば、警備員程度は俺だけでも制圧できるかもしれない。
問題は戦闘機と魔導騎士だな。不用意な接近をすれば、警戒されて撃墜される危険がある。
船から脱出する時もそのままだとまずいよな。
伯爵の身柄を取り戻せたら特に争う必要はないのだが、交渉しようとして対話が成立するか……だな。
「ウィザードに伯爵の居場所を特定できるか確認がいるな」
『そんなのとっくに把握してるさ』
「うわぉっ盗聴してるのかよ」
『情報端末のセキュリティ管理が雑すぎんよ。まあ、既製品のセキュリティなんてあってなきが如しだな』
情報端末から流れてくるウィザードの声に驚かされる。共和圏で購入した汎用的な情報端末だが、基本的なセキュリティは設定してあった。しかし、その程度ではウィザード対策にはならないのだろう。
通信のやり取りの合間にバックドアとか仕掛けられてても、既製品のセキュリティでは検知できなかったか……そもそも帝国に戻ってからは、アップデートもできてないしな。
「お前相手にセキュリティ強化なんて、時間の無駄だろう。基本スペックが違いすぎる」
『諦めたらそこでゲームセットじゃないか。あがく姿を眺めさせてくれ』
「そんな余力はない。で、伯爵の所在地は?」
『お察しの通り、商用船の中だな。一応、賓客用の個室をあてがわれているが、半年ほど軟禁状態だな』
5年前に結婚したものの娘の奔放さに任せていたら子供ができないと、商用船に閉じ込めて半年経っているらしい。
ただ娘を教育できずにいるからいよいよ方針転換を始めたようだ。子爵子飼いの貴族の娘もあてがい始めているようだ。
アラフィフの伯爵は、早く世継ぎを作るべき、でないと船から出すのは危険だと引き止めてる体らしい。
『若い娘を次々にあてがわれる羨ましい状況なんだが、あまりに圧が強くて一種の不能状態に陥ったりと色々大変そうだがな』
元平民の成り上がり伯爵、まだ未熟だが貴族としての誇りを植え付けられた娘がどの様に扱うのか。想像するに恐ろしい。人間不信に陥っても仕方ないんじゃなかろうか。
軟禁で自由を奪われ、若い娘に蔑まれ続ける半年間。そういう趣味でもなければ耐えられるものではなさそうだ。
「早いところ救出しないと、再起不能になりそうだな」
『それで子爵とはどうやって話をつけるんだ?』
それもまた問題だ。子爵としては経済的な行き詰まりから、伯爵領を狙っている。そこに資源衛星の拠点を1つ潰した。少なくとも年単位で再開発はできないだろう。アレが居座っているなら、永遠に封鎖すべきだと思うが。
そんな子爵に手を引かせるとするならば、損失を補うだけの利益を提供するか、これ以上関わると損をすると思わせるしかない。
真っ当に開発へと参加するなら利益を提供できると思うが、子爵は自分で開発した方が利益を出せると思い込んで、乗っ取りを考えたはず。
それを説得するには相応のデータを揃えて明確なビジョンを見せないとダメだろう。どう考えても伯爵家の下で得られる利益より、伯爵領を自己支配した方が利益が出せると思うわな。
となると脅迫する方向でないと短期の説得は困難。一番直接な脅迫は武力。商用船の警備隊を潰した上で、子爵を脅せば一旦は引かざるを得ないだろう。
しかし、子爵の後ろには侯爵家がいる。
一度引いた上で、更なる戦力をもって叩き潰そうとしてくる可能性があった。
侯爵家は今度の反抗戦で兵力を出す予定なので、それが終わってからになると思うが、その戦力は子爵の比ではない。個人レベルで覆す事などできようはずもなく、伯爵領は侯爵家が押さえる展開となるだろう。
子爵本人を殺害したとしても、子爵家を取り潰せるはずもなく、一族郎党皆殺しなんてしようものなら、侯爵家どころか帝国全体が敵に回る可能性も高い。
武力による脅迫は割に合わないというか、先がなくなる。
「手を引かせるに足る、経済的な脅迫情報があれば、交渉材料にはなると思うんだが……」




