他の開拓村の様子
現場監督を連れて、開拓村を巡ることにする。現存している開拓村は17箇所。元々は20箇所だったが、初期の蜂起で2箇所が潰され、あと1箇所はハウリングウルフの襲撃で滅びたらしい。
その辺りの情報は、ウィザードから貰っている。ドラゴンのブラックホール生成術式までは渡したが、更にヤバい邪神っぽいナニカとの戦闘動画を手に入れてしまった。
でもあの映像、下手に見たらSAN値が下がりそうだけど大丈夫だろうか。渡す時はちゃんと注意しなくちゃだな。
ウィザードに渡すとあの存在を解き明かそうとしかねないので止めておいたほうが良いかもしれない。優秀な情報源だし。
帝国の爵位は、公爵が皇族と血縁のある貴族。元々は皇弟などが分家として起こした家で、歴史の中で姫が降嫁したりで一定の血の濃さを保っている。
ただそうすると皇弟の兄弟分、家が増えていく事になるので、中期以降の皇弟は新たな家を興せず、公爵家に養子に入ったり子孫を残させない措置が取られたりしている。
その下の侯爵家は、国政に関わる大貴族でかなりの数の星系を支配していた。その全てを侯爵家の血族だけで統治するのは不可能な規模なので、他の貴族を代官として雇う立場でもある。
伯爵家となると、片手で数えられる星系を統治する貴族。侯爵家との力の差は歴然としている。
統治するために自前の軍を持っていたり、領地に独自の法を敷いたりと、領地内では王と呼べる立場だ。
子爵となると、大手企業の社長クラスという立場。ロガーティ子爵の様に、代官を委託される他にも、傭兵団を組織して海賊討伐を行ったり、星系を股にかける商団を率いる者などがいる。
ただ子爵の中で最も多いのは役人、エリート官僚だ。帝国という巨大国家を運営するには、多くの人手が要るので、そうした場所へ配されている。
男爵、準男爵、騎士爵となると、地方役人、消防団員や警察官、軍人などとなる。騎士爵は一代貴族で、本人だけが貴族扱いで子孫には受け継がれない。大体は民間から軍人として功績をあげたので、引退したら年金を貰える立場になるという感じだ。
そんな訳でロガーティ子爵もそれなりに人員を抱える組織を持っている。開拓船で一旗あげた伯爵よりも組織の力は大きかった。
その上で伯爵の無知につけこんで、元乗組員と分断して力を奪っている。
後は皇帝に認められた血だけだ。それを押さえてしまえば、現伯爵は用済みとなるだろう。
ただ伯爵に嫁いだという子爵の娘が、元々男癖が悪く貴族社会での婚姻が結べなかったという問題児で、結婚した後も子爵の思った様にはいってないらしい。
この世界にはDNA鑑定はないものの、血縁を証明する術式は開発されているので、血の繋がりを偽ることはできなかった。もし相続後にバレたら大変な事になるだろう。
医療行為が再生術式で解決できるこの世界では、前世の様な技術は進歩しておらず、体外受精などの手段も確立されていない。
俺が生まれた研究所は、他人の魂を定着させる実験以前に、そういった面でも怪しい研究所扱いだったかもしれない。
ちなみに血族を作る前に伯爵が殺されてしまうと、伯爵領は一旦帝国預りとなり、統治可能な貴族へと配される事となる。
そうなると子爵には統治権がないのでロガーティ家での統治は不可能となってしまう。
是が非でも子供を作らねばならないとなっている。ただわがままに育った娘に手を焼いているようで結婚から既に5年が経っている。
子爵の息子達の娘の代になると年長で10代、適齢期の女児はいなかった。
「時間的な猶予ができたのは、そのわがままな娘のおかげではあるが……大変そうだな」
とりあえず今日、明日でどうにかなるとは思わないが、急いだ方が良いのも間違いない。
最も近い開拓村へと移動し、現場監督をこの開拓村の代表者へと会わせる。この開拓村も防風結界を張れずに停滞したままだった。
拠点はこの村が設定された際に設置された建物で、絶えず吹き付ける風によって傷みが出始めている。
拠点の中に入ってみると、空気が淀んでいて腐敗臭が漂っている。流石に死体が放置されているといった状況ではないようだが、台所には開けられた缶詰が放置されており、ごみ処理がちゃんと行っていないのがわかった。
「これは酷い」
臭いが我慢できなかったので、魔道具を使うフリをしながら術式を起動。空気を浄化した。
ざっと魔力感知を駆使して、拠点内の様子を把握する。居住者は個々の部屋にいて、一応は生きているようだ。
多くの魔道具が稼働停止していて、清掃が止まっていた。
「貴方は仲間の説得に行ってください。私は拠点を整えます」
「あ、ああ……」
拠点内の惨状にしばし呆けていた現場監督を奥へと促し、俺はロビーの掃除を行う。ごみ処理用魔道具が機能停止しており、入口にごみが突っ込まれたままとなっている。
単なる魔力切れで止まっているだけなので、魔力を補充してやり、台所の缶詰などを処理していく。
「テッドを連れてくるべきだったか」
空調の魔道具も魔力切れ状態。そこにホコリが溜まっている状態なので、まずは掃除してから起動しないと、部屋中にホコリが舞ってしまいそうだ。
掃除機の様にゴミを吸い集める魔道具を使って、ざっとホコリを除去して雑巾で綺麗にしていく。魔道具の中はエアコンと違ってフィルターなどがあるわけではない。風の魔力を使って風自体を作り変える様なシステムだった。
複雑な機構がないのでそこまで手間が掛からないのが助かる。
床掃除は自動で動き回る掃除機を起動してホコリを集めてもらい、色々とこぼした跡のある部分は拭き掃除していく。
最低限の掃除ができた所で、居住者の個室を回った。
「やっぱりか……」
ロビーのホコリの溜まり具合から、あまり人の出入りがないと判断していたが、冷凍睡眠カプセルに押し込まれていたようだ。
バイタルチェックを見てみると、栄養状態が悪く、肺炎の初期症状が見られた。
ロビーの空気はかなり淀んでいたし、腐った物を放置したり、カビが生えたままになっていたからな。
カプセル自体は問題なく稼働しているので、拠点内の魔力供給は足りているようだ。各清掃機器が止まっていたのは、魔力供給のやり方が分からなかったからだろうか。
一般的な魔道具だから、拠点の魔力貯蔵庫からコンセントの様な端子にケーブルを挿せばいいだけのハズなんだが。
そう思って清掃用魔道具を見てみると、給魔用ケーブルが見当たらなかった。もしかするとここの監督者によって隠されているということかもしれない。
例の過酷な状況に追い込むってヤツなんだろう。
閉鎖空間で人を追い込むなんて簡単なんだろうが、流石に色々と雑すぎる。子爵家の者が弱った所を助けて、伯爵の管理が悪かったとすることで恩を売るつもりだったんだろうが、死んだら死んだで新たな人を入れる程度の考えだったんだろう。
帝国貴族の庶民の扱いがよく分かる杜撰さだな。
各個室を回って、危険な状況の人はいないのを確認してから、現場監督がいるらしい部屋へと合流した。
「お、俺はいったい、何をやらされてたんだ……」
「コレが貴族のやり方ってことだろ、畜生」
床に両手をついて蹲る男を上から抱きかかえる様にしながら慰めている現場監督。40過ぎたおっさん達が泣いている姿は何とも言えなかった。
「貴族がどうこうって言うより、人を信じすぎたんだな……」
未開の星系を探す旅というのは、開拓船という閉鎖空間の中で限られた人間とずっと一緒という生活だ。
互いを信じ合えなければ長続きするものではない。信頼しあえる仲間と生き残っていたのだろう。
それが悪辣な貴族達に付け込まれやすい状況になっていたのかもしれない。
「これは他の拠点も急いで確認した方が良さそうだな」
冷凍睡眠からの蘇生はちゃんと体制が整ってからの方が良いと判断して、次の拠点を目指すことにした。




