現場監督の立場
ドラゴンを引っ張って行く間に1週間が経過している。宇宙船の乗務員は、冷凍睡眠カプセルに放り込んでおいたので、解凍をセットして降下船で第3惑星へと戻った。
彼らが目覚めて1週間の空白があることをどう消化できるかはわからないが、夢と思ってもらうしかない。
もちろん、航海記録なども削除しておいた。各種記録からどこにいたかといった分析はできないようにしておく。
惑星を離れている間に、畑に植えられて芽を出していた豆やモロコシは10cmを越える成長を遂げていた。
見た感じでは特に問題もなく成長しているらしい。テラフォーミング直後は虫や病原菌もいないので、枯れる要素は栄養不足くらいだろう。
ちなみにモロコシとは、トウモロコシとは全くの別物で、麦などの様に茎の先端に丸っこい実を付ける植物だ。
乾燥させて粉にして、練って焼いたり麦に近い使い方をする。乾燥に強いので、水の魔力の乏しいテラフォーミング直後の栽培に向いている。
米の様に炊くこともできるようだが、モロコシだけで炊いてもあまり美味しくないようだ。
収穫したら調理方法を模索したいところだな。
直近の脅威であったドラゴンは去った。風の魔力が高まると、ハウリングウルフの様な精霊が顕現する可能性はあったが、そのくらいなら対処できる。
畑では順調に作物が成長を見せている。
村で暮らすための新しい住居はまだ基礎を固める段階。砂を掘って堅い地盤を目指しつつ、砂を建築資材へと加工している。
筋道はできており、その上を着実に進んでいた。
「この開拓村で解決すべき事柄は1つになったか」
子爵子飼いの作業を遅延させるために送り込まれた現場監督のみだ。
「という事でどうしたいかを確認しにきました」
「何を根拠にそんなデタラメを並べてんだ、貴様」
俺達が持ち込んだ簡易拠点を使っていた現場監督の下へと赴き、本人にどうしたいかを聞いてみた。
第一段階として、しらをきるというのは妥当な反応だな。
「伯爵様と直接連絡がつかないというのもありますが、本気で開拓を進めようという気概が見えないので」
「惑星を改造するってのは、貴様らには分からん様々な障害があんだよ。それを上や他の開拓地と連携しなけりゃ進められねぇ。ここだけ進めても仕方ねぇんだよ」
「だから、その連携をするために連絡をとってる様子がないから、このままじゃダメだと判断して、こうして直談判に来ている訳です」
「通信でやり取りしてるを外から分かるわけねぇだろ。ちゃんと計画通り進んでるんだから、自分の作業に専念してろ」
自分はちゃんとやってる。下っ端に教える事はない。言われた通りにやれ。
まあ、現場監督の立場だとそう言うしかないか。
「もうそういう段階は越えてしまってるんですよ。このままいけば、ロガーティ子爵家は取り潰しになります」
「は? 何でロガーティ子爵が出てくるんだ?」
「そりゃ、伯爵家を乗っ取ろうと画策してるみたいで、俺の目的からは逸脱しているから強制排除する事にしたって話です」
「ロガーティ子爵は、伯爵様の嫁さんの実家だろ。それが何で乗っ取りなどと……」
うむ、この現場監督は子爵の子飼いではなかった様子。あくまで伯爵家に仕えているつもりだったのか。
そして与えられている情報も少なく、倒れる開拓民へ医療用魔道具を手配したものの、全く届かないのは、上も苦労しているからと思っている感じか。
「貴方の上との窓口が、子爵家に管理されてて、乗っ取りが完了するまで時間稼ぎ中って事なんですが……本気で何もしらないみたいですね」
呆然とする現場監督の様子に、このまま説明してても埒が明かないようだな。認識のズレを正さないと行動を起こしそうにない。
「貴方は1人で拠点に籠もって何をしていたんですか?」
「そりゃ、作業の進捗状況の報告や今後の作業スケジュールの立案、問題点の洗い出しとか色々だよ」
「どうみても貴方はデスクワーク向きじゃない、肉体労働系の人材と思うんですが」
「し、仕方ねぇだろ。元々は伯爵様と一緒の船で飛び回っていた船乗りだが、腰を落ち着ける以上、新たな仕事ができるようにならねえといけねぇんだ」
つまり伯爵様が貴族教育という名の隔離状態なのと同様に、かつての部下たちを教育するという名目で慣れない仕事に縛り付けてると。
「それにしたって現場の人間と接触を避けるように引きこもってるのは何故です?」
「開拓民の真偽を判定しなけりゃ安心もできないからだ」
開拓初期に他の貴族から送り込まれた開拓民は、蜂起して開拓中の村を占拠した。まだ発展途上とも言えない村を占拠して、現地のデータを集めていたらしい。この惑星がちゃんと使えるのか、何が採れるのかを。
「イワノフもヴィンセントも殺されたんだ。油断するわけにはいかないんだよ」
開拓民が他の貴族のスパイではないと判断するために、極端な状況に追い込んで本性を暴こうという事らしい。
しかし、そんな状況に追い込んだら、頑張るつもりの入植者にも反感が募り、潜在的な反乱分子になりかねない。
それこそ家族を失ったりすれば恨みも出よう。
「冷静になって考えれば、そんな仕打ちをうけたら開拓なんて上手くいかないと分かるでしょう?」
「身の安全には代えられん」
「元々開拓作業は命懸け。その中で孤立する方が危険だと思うんですが……」
余程子爵の指示が上手かったのか、暗示に掛かってるかの様に、不審感を抱かなかったようだ。
「良くも悪くも貴族慣れしていないから、貴族にこうだと言われたら、そのまま信じるしかなかったのか……」
折角、開拓民に近い考え方ができるはずの元乗組員を、使い捨てにするとかもったいなさ過ぎる。
「貴方達、元乗組員が目指すのは、貴族になる事ですか、それとも伯爵を中心にもり立てる事ですか」
「そりゃもちろん、船長を支える事だ。行き場のなかった俺達を拾ってくれたんだ」
「その伯爵が子爵の策謀にはまって手も足も出ない中、貴方がたはどうしたいですか」
「もちろん、助けに行く!」
「どうやって?」
「……分からねぇ。俺達に自由なんてねぇ。それぞれが開拓地に押し込められて、連絡すら取れねぇんだ」
帝国というのは貴族社会。貴族が命じた事には服従しなければならないというのが常識だ。
開拓船の乗組員は帝国臣民。その常識が刷り込まれている。本来であれば伯爵が子爵の命令を聞く必要はない。
しかし、平民から領地を持ったがために新興を許された伯爵家。子爵からこうした方が良いと言われたら従ってしまう。
それは部下の立場でも同様で、子爵の部下からの命令を抵抗せずに聞いてしまっていた。
「今の立場がおかしいと思ったら、反論すればいいんですよ」
「貴族様の命令だぞ、逆らうなんて……」
「自分達も貴族の部下だと認識してください。そして爵位からいったら、貴方がたの方が上位者なんですよ。逆に命令できる立場なんです」
「そんなっ、そ、そう……なのか……?」
帝国に生を受け、平民として育ってきた常識。爵位を得たのはリーダーだけ。自分たちは平民のままだという認識。
その切替ができないであろうことを見越して、子爵家でありながら伯爵家の部下を不当に扱う。
「現地で苦労している開拓民を助けても良いですし、仲間と連絡を取りたければそれを命令できるんですよ」
伯爵直属の配下は活かして、今後の統治の要になって貰わないといけない。まずは元乗組員同士を繋げて対抗できる下地を作ろう。
「さて俺には自由に使える降下船があるのですが、他の乗組員に会いに行きませんか?」
現場監督は素直に頷いた。




