子爵家への仕掛け
ウィザードとの連絡はかなりスムーズになっている。物理的に近くまで来てくれているのだろう。伯爵家の内情を知った俺は、子爵家からの横槍を叩き折って、伯爵による統治に戻したい。
伯爵自身は未開拓の星系を発見するという山師でアウトローかもしれないが、貴族の流儀に染まっていない現場の人間のはず。
ただただ金目当てに利権を争う代を重ねただけの貴族などは害悪でしかない。多分に偏見があるが、少なくともこの辺境星系に手を出してる貴族は俺の目的にとって害悪だ。
そんな子爵家に打撃を与える方法は、シンプルに物理的なダメージ。貴族社会へのコネなどないし、後ろ盾とする権力も皇位継承権の低いシャルロッテでは、他の貴族を動かして社会的ダメージを与えるなんて手法は無理だからな。
「問題はどこにダメージを与えるか……だが」
ウィザードとの通信はリアルタイム通話は避けている。元々地上と通信衛星とのやりとりは少なく、リアルタイムの通信となると監視に引っかかる可能性が出てくることを危惧した。
その辺もウィザードなら誤魔化せると思うが、不要なリスクを負うこともない。
そのためにある程度の方針を固めてからウィザードへと指示を出す形になる。ウィザードはあくまで情報提供者として使い、相談役とはしない。それが暗黙の了解となっていた。
「という事でアイネ様。この伯爵家に入り込んでいる子爵家を潰したいのですが、どこを狙いますか?」
「ここです」
即答であった。同じ資料を見ているはずなのに、分析能力に差があるなぁ。
アイネが示した資料は、とある資源衛星だった。
「理由をお伺いしても?」
「子爵家は直轄の領地を持たない代官。その管理能力が貴族社会での地位、それを奪うにはここが一番のウィークポイント」
ちょっかいを掛けてきている子爵家は、侯爵家の領地の一部を管理する代官だった。中央から離れた領地の統治を任され、利益を侯爵家へと還元する立場だ。
上司にもよるが、努力して成果を増やしても上前をはねられる立場。下手なことをして失敗があれば、責任を取らされる。リスクを負うより無難に仕事をこなす方が求められる立ち位置だろう。
自分の領地があれば、儲けは全部自分のモノ。元手がタダ同然であればこそ、色々とチャレンジできる。領地経営のノウハウは十分にあり、自分が本気を出せば莫大な利益を上げてみせる……そんな感じだろうか。
アイネが示した資源衛星は、魔力の塊である魔石を掘り出せる採掘衛星で、採掘自体は魔道具による自動化が行われている。
そのため現地で作業する人員は少なく、被害額が魔石の埋蔵量から簡単に算出しやすい。
そして俺達の手駒を動かすにも丁度よい目標であった。
「しかし、ここを潰しても侯爵家から切られるだけで、伯爵家から追い出せる訳ではなさそうですが?」
「収入源を失えば、伯爵家を乗っ取るしかなくなり、本人が直接指揮する場に出やすくなる」
子爵家の重心は現状だと侯爵家の代官。伯爵家の乗っ取りは、できたらいいなくらいの心持ち。子爵自身は侯爵家の領地から動いていない。
それを叩くと侯爵家も敵に回す危険もある。
その後ろ盾をなくす事で、子爵自身を伯爵領へと呼び寄せるのが主目的というわけか。
「この星系までやって来たとして、その後は?」
「手が届く範囲ならいかようにも料理できる」
直接戦闘となれば余程の事がない限り、地方の一貴族相手に遅れを取るとは思っていない。少なくとも俺は軍学校でも上位だった。その後の王国との戦争にも参加して、一般兵レベルの戦闘力も把握できている。
魔導騎士を持ち出されたとしても、一般兵レベルなら対処はできると考えていた。
更にアイネがいれば魔導騎士を一時的にでも無力化できると踏んでいる。魔導騎士を奪う事ができれば、かなり楽に制圧できそうだ。
問題となりそうなのは、伯爵家や侯爵家の兵力まで使えた場合。伯爵家の防衛戦力はまだ整備宙というか、子爵の妨害で資産がないのでほぼゼロ状態。
本当に問題とするなら侯爵家から援軍が来るかどうか次第か。伯爵領をまるごと支配領域にできるとなれば、侯爵家も動くかもしれない。
「ま、侯爵家まで敵として出てくるなら、ここを諦めるのも手か」
俺達としてはここを死守しなければいけない訳でもない。また気ままに次の拠点を探せば済む話だ。
開拓民について考えてみても、今の妨害で徒労を重ねる状況から、侯爵家が利益を出すために管理する段階に進む方が楽になる可能性が高い。
「じゃあ、その方向で作戦を進めましょう」
俺は伯爵に預けてある宇宙船の場所を確認した所、幸いにもこの星系に居たので呼び寄せる事にする。私掠船として行動する予定だったので、色々と仕込みがあり、乗員を昏倒させる術式も組み込んであった。
現在運搬作業中の船員には悪いが上位命令権を利用して呼び寄せ、そこから降下船を地表へと着陸させる。
元は諜報員が使用していた降下船は、それなりのステルス性能があるので型遅れの監視衛星では動きを捉えるのは難しいはずだ。
先日、ドラゴンとジンを戦わせた辺りへと呼び寄せて、風の魔力を集めていく。
軍学校でリリアが特訓していた要領で、周囲の風魔力の流れを調整してまとめる。
「流石に魔力量の差があって制御が難しいな」
かなりのロスを出しながらも、細かな制御はいらないのでとにかく魔力量を大きくしていく。これをドラゴンへの餌として誘導し、目標である侯爵領の魔石採掘衛星へと連れて行くのがミッションだ。
「来た来た」
俺は接近してくる巨大な気配を察して、降下船へと乗り込み、風の魔力を圧縮しつつ降下船の後ろへと繋ぐ。
既に前回のジンを呼び寄せた時以上の魔力となった塊、距離があったとしても食いついてくれるだろう。
問題はドラゴンの飛翔スピードだ。一応、翼はついているし、この惑星にも飛んできたと思うので飛ぶこと自体は問題ないよな。
あの巨体を浮かばせるのは難題の様な気もするが……ああ、重力操作で飛ぶのか。さすがアースドラゴンだな。というか結構速そうだ、急いで逃げよう。
宇宙船の格納庫へと飛び込み、そのままコックピットへと移動。操縦桿を握ったまま眠っている乗員を横にどけて、自分が座って起動プロセスをこなす。
まあ、元々飛んでいる状況で乗っ取ったので、気になるのは燃料くらいだったが、星系間転移用の魔力は貯まっていたので問題なし。
ドラゴンが追って来ているのを確認しながら、座標入力。魔石採掘衛星のある星系の外縁部に飛んで、そこから第2惑星の衛星軌道上までドラゴンと競争……いや、ある程度までいったら魔力塊を衛星に投げてしまえばいいか。
ドラゴンの速度は、宇宙船の最高速よりはやや遅いくらいか。さて転移ゲートを開いた時についてくるかだけど、こればかりはやってみるしかないな。
いつもなら宇宙船さえ通れば良いので起動時間は短くて済むのだが、ドラゴンについてきてもらうために開く時間を数分単位に延長。
転移先までの距離がそれほどでもないので、開いている時間を長くできた。
速度的に追いつかれることはなさそうなので、少し距離を詰めておく。1分ほどの距離まで詰まった所で、転移ゲートを起動。
ドラゴンの全長は30mほどで宇宙船よりはかなり小さい。潜るのは問題ないだろう。
レーザーではないんだろうが、宇宙船の先端から少し離れた宙空に光が走り、円形の魔法陣が描かれていく。その術式自体は詳しく知らないが、方向やら距離が定義されて、2つの空間を繋げるらしい。
魔法陣が完成し、そこへと飛び込むと次の瞬間には別の星系へとたどり着いている。




