伯爵家の内情
ウィザードからの連絡があってから、ネットワークが使えるようになった。メインニュースに目を通したが、まだ開戦には至っていない。
俺に関する情報も洗ってはみたが、半年ほど前に逃亡したニュースはあったが、それ以降の追跡情報などは出てこなかった。
もちろん、指名手配が解けた訳でもないが、一般人にとってはあまり関係ない情報として流されている。
前世でも指名手配の写真は交番などに貼ってあったが、それを気に留めて見た記憶もない。結局は他人事でしかなかった。
「他の情報はっと」
先の占領からの復興については大々的にアピールされているな。破壊された建物などの再建もほとんどが終わったようだ。
一箇所、皇居の側にあった警備兵用の宿舎が破壊された跡は、侵攻の屈辱を忘れないとの意味あいで崩れた壁などを残すようだった。
後は開戦に向けて着実に戦力が整っていっており、王国に勝利するのも容易いといった雰囲気を出そうとしている。
戦前の日本を思わせるような情報の絞り方と戦意高揚ぶりだが、負けフラグじゃなかろうかと思ってしまう。
呪歌を使った姫は前世で国を滅ぼされた経歴を持っており、他国に逃れても過酷な中を生きて様々な戦略、戦術を修得したと言っていた。
そこはこの世界とは違って中世ヨーロッパ的な人の移動手段が馬などに留まっていた時代で、戦略も数千人規模の合戦に向けたものだったが、それが今の世界に通用しないかというと、そうは思えない。
人数や制限が違っていたとしても、そこに人の意思が介在する以上、戦略は意味を持ってくるはずだ。現に一度は帝国の首都星を制圧している。
呪歌への対応はできたのかもしれないが、彼女の本質はそうした集団戦のノウハウを持っている事。それを帝国の上層部は知らない。
俺が要塞砲で無力化した敵の特攻部隊。あれを要塞砲なしで切り抜けられたと本気で思っているようなら、敗戦は濃厚だろう。
ケルンの父親であるルーデリッヒ伯の様な実戦経験が豊富な人間も同行してはいるだろうが、あの公爵が大人しく提案を受け入れるとも思えない。
「ま、帝国には滅びない程度にダメージを負ってもらうしかないな」
現皇帝の滅びは俺にやらせて欲しいところだ。かといって王国に亡命して姫の下につく気はさらさらない。
適度に戦力を削ってくれることを期待する。
畑に植えられた豆やモロコシの芽が出始める。俺の感覚からするとかなり早く感じるが、土の魔力などの影響なのだろう。
色々と後退している部分もあるが、全体的には前世よりかなり文明が進んでいる世界だ。少ない労力で多くの収穫を得る技術は進んでいた。
「生育は順調そうだな」
「過去のデータと比べても問題なさそうだぜ」
「引き続き経過観察を頼むぞ」
「おう」
テッドに成長過程の記録をとってもらっている。何事もデータの蓄積が今後の作業の指針となってくれるだろう。
畑の開墾が終わった事で次の作業としては、防風結界を更に広げるか、拠点となる建物をしっかりと作るかといったところだ。
建築を行うには地表の砂をどうにかする必要がある。砂に杭を打ち込んでも安定はしづらいからな。
鉄分を含んだ砂は、製鉄すれば資材として利用できる様になるはず。含有量がどんなものかと俺なんかは危惧するが、この世界はもっと雑だ。
魔道具に放り込んだら適当な素材へと加工してくれる。便利な反面、基礎科学などが進まない原因だな。
なにはともあれ、先輩達の作業としては、砂を集めて色々な資材へと加工。建材として利用して住居を作っていく事となった。
寝たきりになっていた女性陣もちらほらと動けるようになってきている。筋力の低下などが危惧されるが、その辺も魔道具で治療すると健康な状態へと復元されていた。
リハビリに時間が取られないというのはありがたいのだが、常識のギャップを感じてしまう。
動けるようになった女性陣も、先輩達の作業を手伝う形で動いてもらう事にした。
そんな感じで開拓村の計画を進めていても、現場監督はあまり顔を出すことがない。
そもそもこの現場監督の男がよく分からなかった。当初はテラフォーミングを促し、居住可能とするために派遣されたと考えていたが、あまりにも何もしていない。
それこそドラゴンの情報すらまともに送信しなかった。いや、通信の内容が分からないので、今でもドラゴンについての報告をしたかも不明だ。
あの日の送信は、単なる定時報告だった可能性もある。
あくまで現地の人間を観察するために派遣されているのか、自分からは何もしない。一応、開拓村の計画は最初に提示されたものがあり、その通りに進めるように指示はされている。
しかし、最初の防風結界が構築できないという時に、それを解決しようと動いた形跡がなかった。
全ては開拓民に丸投げで、ちゃんとやれと発破をかける程度だ。
防風結界を構築後の開拓作業についても計画自体は用意されていて、それに必要な道具も揃っているので、計画が進めば最終的に開拓村として農作物を量産するところまで進められるとは思う。
しかし、それを早めようという意思は全く感じられないのだ。
何か別の目的があるような気がする。しかし、その意図が全く掴めずにいた。
更に5日が経過して、ウィザードからの報告がやってきた。伯爵家の内情調査の報告だ。
その内容を見て俺は唖然とした。
現在の開拓作業には、伯爵が不在だった。
報告書を見ると、開拓当初から様々な貴族が開拓の援助を申し出ており、資金だけでなく人材も派遣されていた。
それらは善意を纏った刺客であり、貴族の道理が分からない新参から利益を搾取するための集団で、様々な妨害工作が行われている。
そんな中で親身になって助けてくれたのがとある子爵で害悪となる他の貴族を退けてくれた上で、40を過ぎても独り身だった伯爵へと28になる娘を嫁がせていた。
貴族のしきたりに疎い伯爵へと指導を行いつつ、テラフォーミングに関する様々な知識も与えて、子爵の方が実権を握るようになっている。
その子爵の最終目標は、当然伯爵の地位を奪い取るため、惑星の経営権などを法的に押さえてしまう事のようだ。
伯爵自身は教育と称して現場から遠ざけ、子飼いの人間で管理を行う。その過程でちゃんと作業を進めず、現伯爵に惑星を管理する能力がないと中央に認めさせ、名実ともに利権を手中に収めるのが計画の最終段階。
つまり現場監督は、作業を進めないように監督するのが仕事らしい。まだ明確な妨害はされていないが、この開拓村の情報を他の開拓村へと共有されないだけで惑星規模ではかなりの妨害となっている。
「子爵の娘が伯爵の子供でも身ごもれば、伯爵を暗殺……なんて手法もありえるな」
貴族社会は血統主義。相続は基本的に血縁者が優先される。逆を言えば血統を受け継げさえすれば、親は不要となってくる。
貴族教育の名目で隔離しているという話だが、それが何年にも渡って続いているとなると問題だ。
本人が生きているのか不明瞭だろう。
「せっかく伯爵領で力を蓄えようとしても、その子爵が妨害してるなら上手くはいかないよな」
他家の利益を掠め取るのは、貴族の流儀かもしれないが、俺の方針とぶつかるなら排除するだけだ。
「アイネ様の要望通り、現場監督を排除しましょうかね」
伯爵家に逆らうつもりはなかったが、相手が乗っ取りを企む子爵家なら容赦はいらないだろう。
お誂え向きに動く天災が第3惑星にいる。その存在を無視するというなら、被災するのも致し方なしという事にしよう。
「誘導は魔力でできるから、子爵の要所を掴めばけしかけるだけで済むな」




