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土龍の報告

 俺はアイネに背負われて運ばれている。魔力枯渇に陥り、指先ひとつ動かせないような状況だ。最初のブラックホールは、土の魔力だったので地盤へと固定する杭もそこまで影響は受けなかったが、その後の暴風は風の魔力を持っていた。

 砂を固めて作った杭は、そのままだと一瞬で吹き消されて、竜巻の中へと放り込まれる。なので俺は魔力を注ぎ込んで杭を保持する羽目になった訳だが、暴風の中には岩なんかも巻き込まれていて直撃すればミンチ。防御結界も手を抜く訳にもいかず、ガリガリと魔力を失う結果となった。


 アイネと役割を分担するのも難しかった。俺の防御結界がなくなったタイミングで、アイネにフォローしてもらう形がまだマシだと判断して、結果的には杭を失い、俺の防御結界が消える寸前で何とか通常の暴風レベルまで落ち着いた。

 マイクロブラックホールでできたクレーターも、周囲から押し寄せた暴風と共にやってきた砂ですっかり覆われてしまい、痕跡も残っていなかった。


 それでもマイクロブラックホールが生成されたという事実は衛星軌道上の観測機器や第4惑星にあるステーションでも検知されたのではないかと思う。あの規模の術式を放っておいたら、どんな災害が引き起こされるか分からないからな。

 ドラゴンが呑み込まずに放置されていたら、際限なく周囲の物を呑み込み続け、生成した大気もかなり失われていた事だろう。下手をすれば第3惑星自体も欠けていた可能性まであった。


 改めてドラゴンの脅威を実感させられる。ジンが背後を取って攻めていた時は、もしかして倒せるんじゃとか考えたが、少し魔力を溜めただけでブラックホールを生成し、それを丸呑みして平気だとか格が違いすぎる。

 初めて遭遇した時に本能が鳴らした警鐘は正しかった。ちょっと仕掛けてみるかとか考えていたら、なすすべもなく呑まれて終わっていたな。

 魔導騎士があったとしても有効打を与えられる気がしない。過去に討伐した時はどんな装備だったのやら。軍学校にはそこまでの資料はなかったけど、軍上層部ならちゃんとデータ残ってるかな?


「オールセンはクラック方面はそこまでではないだろうし、どこかに専門家落ちてないかな」

「何の話ですか?」

「軍の情報を盗めると色々捗るのになと思っただけです」

「クラッカーですか……ウィザードとやらですね」

「覚えているのか、アイネ様」

「記録が残っているようです」


 クラックは術式を解析して分解、制御したり侵入したりする技術。

 単純な術式なら発動した火球魔法を霧散させたり、自動追尾のターゲットを変える様な命令を書き換えてしまえた。

 ただこの世界で重宝するのはやはり情報端末のネットワーク内に入り込み、情報を抜くような技術となる。前世のハッカーの様な存在だな。


 研究所で術式改変が得意だった奴はウィザードを名乗っていた。前世はやはり諜報員で隠密行動に長けていたらしい。

 そして、研究所にいた被験者の情報は、アイネの脳裏に魔法陣の術式などと共に刻まれているようだ。


「魔力パターンなどの記録もあるので、感知できれば判別は可能です」

「といってこの広い宇宙で出会う確率は低いよなぁ」

「できてメッセージを飛ばすくらいでしょう」

「……そんな事、できるんですか?」

「相手の魔力が分かっていたら、できるでしょう?」


 何を当たり前の事をというような感じで言われる。情報端末を介して通信するのは分かるが、アドレスもなしに魔力だけで送れるのか。

 どこに居るかも分からない相手ではあるが、ウィザードの能力はどこに居ても使えるだろう。連絡さえ取れれば協力してもらえるか?


「ウィザードに協力を依頼してみるか」


 情報収集が趣味といった雰囲気の奴だったので、機密情報へのアクセスなどは好物だろう。

 奴への報酬は未知の知識、情報だ。あらゆる手段で情報を集める奴でも手にできない情報もある。

 それは前世の知識。この世界でも、奴の前世でも得られない知識が俺の脳裏にはある。研究所時代も小出しに取り引きをしていた。どんな知識であっても、奴が知らない事なら何でも取り引き材料となった。

 料理のレシピと引き換えに軍の機密を知ることだってできてしまう。


「ドラゴンの報告をする際に、ウィザードへのメッセージも送っといてもらえますか?」

「いいでしょう」




 開拓村へと戻ってきた頃には、何とか自分で歩ける程度には回復していた。魔力枯渇は重度の貧血みたいな感じで、立ち眩みした時の様に目の前がチカチカして、平衡感覚が失われるのでまともに立っていられなくなる。

 少し回復したとしても、貧血に似た症状があり、体がだるく感じられた。


 俺達がドラゴン対策をする間に、村では土作りが進められている。土の術式を組み込んだ耕運機で畑にする部分を耕していっていた。

 手押し車の様な形で大きな車輪が土を掘り、土の魔力を作物が育つのに適した形へと整えていくらしい。

 前世の科学知識では土に含まれるミネラルのバランスなどが大事だったが、こっちでは何もかもが魔力で説明される。


 固い地面は魔力の塊が大きすぎて、植物の根から栄養として吸い上げるには必要な力が大きくなりすぎる。

 なので細かく砕いて、魔力の単位を小さくしてやり、植物でも吸収できるように耕すのだとか。

 大きすぎる石は人の手でどけ、土を耕して畑にしていく。


 防風結界の中は大気も安定していて、宇宙服を脱ぐ事も可能となっている。みな薄着のシャツで額に汗しながら働いていた。

 第3惑星は太陽に近い事もあり、日中の気温はかなり上がりやすいようだ。まだ大気の密度が薄いため、温まりやすく冷めやすい部分もあるだろう。その辺は重力が軽いのも影響はありそうだな。

 気候としては高山に近いのだろうか。

 最初に植えるのは豆科やモロコシ系の植物が予定されている。風と土の魔力が強く、水が少ない状況で育ちやすいはずだ。

 成果が出るのは、3カ月後くらいになるだろう。何にしても前に進んでいる感があって良い雰囲気だ。




 俺はまだふらつく足取りで、現場監督の居る簡易拠点へと入っていく。衛星軌道上の通信衛星を介して伯爵家へと連絡を取るには、この拠点に据えられた通信機器が必要だった。


「何の用だ」

「ドラゴンの脅威性について、新たな映像を撮って来ました」

「それがどうした」

「ドラゴンの放った魔力は強力です。すでに監視衛星でも観測されているかと思いますが、詳しい情報を求められる事になるかと」

「だから?」


 察しが悪いのか、俺が上げる情報を受け取りたくないのか、横柄な態度で否定的な雰囲気を醸し出している。


「上から指示される前に行動することで、より良い評価が得られると思うのですが」

「ふん」


 コツコツと机を指先で叩いて、モノを出せと示してくる。俺は逆らうことはせずに、映像を記録した魔結晶を渡した。


「内容を吟味して、報告するかはこちらで判断する」

「お願いします」


 俺は一礼して拠点を出た。




 拠点の裏手にはアイネが待っている。ウィザードへと連絡する為に、まずは通信衛星まで届く出力の通信魔力に便乗して、メッセージを送るためだ。

 簡易拠点は元々俺達が持ち込んだ物なので、アンテナに相当する機器の仕様は把握している。

 そこを通して現場監督が上司から提供されているであろう暗号術式で固められたパケットを送る事になる。

 なので通信術式にぶら下げる形でメッセージを込めたパケットも送信してもらう。アイネの髪を媒体とした魔法陣がアンテナに干渉しないように展開され、通信術式を包む様な形で追加パケットをくっつける。


 通信衛星へと上がったパケットは、一般通信に乗せて宇宙へと発信される事になるのだが、第4惑星にある伯爵邸まではまだしも、星系間通信に乗るには時間が掛かると思われた。


「返事が来るまでにどれだけ掛かるかなぁ」

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