土龍と精霊
「召喚精霊風霊」
アイネの言葉が紡がれ、大気に舞う銀髪が魔力を帯びて青白く輝きを増しながら、1つの魔法陣を描き出す。
青白い光に照らされるアイネは東洋系の顔立ちになっているので、どこか巫女などを連想させる神秘性を感じさせた。
魔法陣へとアイネの魔力が注がれ、周囲の暴風からも風の魔力が集っていく。異世界への門を開き、その先の存在を捕まえ、こちらへと渡らせる。複雑な術式は魔力の奔流を生み出し、その中から力ある存在を具現化させた。
それは人形というには、全体的に細い。腕、足もそうだが、胴体も背骨の様な細く長いものが頭から足を繋いでいる棒人間と言うような形。それに風が包帯の様に巻き付き、周囲の赤褐色の砂を巻き込み、赤銅色の巨人となっている。
身長は5mといった所だが、内包する魔力は最大サイズのハウリングウルフより大きく感じられた。
そして現れた巨人は、更に周囲の魔力を吸収していく。見る間に一回り、二回りと体が大きくなっていく。
その体が10mに達するかという時、接近してくる気配を感知した。
「アイネ!」
「様をつけなさい」
地中より迫る気配に警戒の声を上げるが、アイネもしっかりと感知していたらしく、魔法陣への魔力供給を止めつつ後方へと飛び退く。
やがて砂が盛り上がるようにして、地中から巨体が現れた。風の巨人を呑み込むように大口を開けて飛び出したアースドラゴンに対して、風の巨人は両手でその口の端を掴んで呑まれるのを防ぐ。
ジンは巨体ではあるが、質量はさほどないのだろう。アースドラゴンが口を振るとその勢いで空中へと投げ出される。
しかし、ジンは落下してくることなく、空中で静止してアースドラゴンと対峙した。
アースドラゴンは細長い首を高くもたげて威嚇の咆哮を放つ。空気を振動させる大声は、ジンの輪郭をブレさせるほどだ。
「アイネ様が操作を?」
「いえ、自律行動させています」
魔法陣はアースドラゴンの出現時に舞い散ってしまっている。それでも魔力の繋がりは残っていて、アイネとジンはリンクしているようだった。
「その繋がりが残っていると、アースドラゴンの気を引いてしまうのでは?」
「そこまでの機微は感じないでしょう。美味そうな餌があれば噛みつく、そんな反射で行動しているだけの様に思います」
ドラゴンは巨体ゆえに小さな魔力には見向きもしないって事だろうか。アイネの内包魔力は、実験で無理矢理成長させられた俺よりは少ないものの、素体となっている導師達からの遺伝で一般人よりは遥かに多い。
先日のハウリングウルフ並にはドラゴンの気を引く可能性はあるが、隠蔽もできているのでジンからのリンクを辿るような探知方法でもされなければ大丈夫なはずだ。
「じゃあ、後はジンが派手に戦ってくれたら、衛星軌道上からでも観測できるかな」
10mサイズになったジンと全長30mのドラゴンは、ドラゴンの口をジンが支えた状態で一時の均衡を保っている。
ただ質量の差からか、ドラゴンの首の動きにジンは振り回されていた。とはいえ、実体が希薄なジンは地面に叩きつけられても、岩に叩きつけられてもダメージを受ける気配はない。
見た目は肉弾戦のようだが、あくまで魔力同士での攻防が行われていた。
赤褐色の砂を含んだ竜巻が包帯の様に巻き付いたジンが、ドラゴンの口を押し開けようと力を込める。
ドラゴンはジンを振り回しながら咆哮をあげる。咆哮は本来、空気の振動で風に属する攻撃のはずだが、アースドラゴンの咆哮は重力変化を含んだ声の様で、口が向けられた先の砂が大きくへこんで抉れる。
それをまともに浴びているジンの体も歪んで見えるが、体がブレながらも渦巻き、元に戻っていく。ジンを構成する風の魔力は削られているが、周囲の魔力を取り込んで再生しているようだった。
その状況にドラゴンが焦れたのか、解決策を思いついたのか。大きく首を振り回していた動きから、一気に自らの首が埋まるほど大地へと叩きつけた。
といって地面は堅い岩盤ではなく、砂なのでそれほどのダメージではないだろう。しかし、砂に埋めるという事自体が狙いだった。
砂というのは土の一部。それ自体が土の魔力を含んでいる。それがジンの行動を阻害した。
「自律行動じゃ獣並みの知恵もないようです」
アイネがリンクを辿ってジンを操作し始めたようだ。土の魔力を含んだ砂を風の術式で吹き飛ばし、ジン自体に絡みついている竜巻を解して手足が細く長くなり、埋まった砂山から天に向かって伸ばされた。
その腕をアンテナに風の魔力を補給しつつ、体も変形させながら砂の中から染み出すように逃れていく。
ドラゴンの背後で再び集まってきた風の魔力は、もう人の形からかけ離れた蜘蛛の様な丸い胴体から幾本もの細長い足を生やしたナニカに変わっている。
その足がドラゴンの翼や首、手足へと巻き付いて締め上げていく。
「ま、まさか、倒しちゃう……なんてことは?」
「惑星全ての風の魔力を集められれば可能かもしれません。現状では不可能です」
「で、ですよね……」
30mのドラゴンがどれくらいの脅威なのかは分からないが、戦艦と1対1張れる程度の強さは十分にあるはず。即席の召喚術で呼び出したジンで勝てるはずもないか。
背後に纏わりつかれたドラゴンは、体を振って引き剥がそうとするが、その程度では離れない。ドラゴンを中心とした赤い竜巻となっていく。
酸化鉄を含んだ赤い砂が表面をなぞる程度で、ドラゴンが傷つくことはない。そもそも砂はドラゴンにとっては味方となるはず。しかし、竜巻を振り払おうとドラゴンはのたうつ。風の魔力で全身を蝕まれている感覚だろう。
やがて何かに気づいたのか、唐突に動きを止めた。その直後にドラゴンの魔力が活性化するのが感じられた。
「距離を取ります」
「は、はい」
「運びなさい」
1人駆け出そうとした俺に対して、アイネから指示が出る。俺は横抱きにしながら走り出した。アイネはジンの操作に専念しているようだ。
一定距離走ったところで、足元が激しく揺れて転倒しそうになった。ひとまず地面を蹴って中空へと飛び上がり、姿勢を安定させてから着地。反転してドラゴンへと向き直る。
そこにはドラゴンをすっぽりと覆う砂のドームができあがっていた。しかし、ドラゴンの行動はそれで終わりではない。ドームの周辺の砂が流砂の様に渦を巻き、魔力が中心へと集まっていくのが感じられた。
「リンクが切れました。ジンもあの中から逃げられません」
淡々と事実を述べるアイネ。
俺達が見守る中、渦巻く魔力が高まっていき臨界を迎えた。ドラゴンを包むように直径30mほどの砂のドームが一瞬にして反転、同じサイズのクレーターになったかと思うと、凄まじい重力が発生した。
ドームの密度がどれくらいだったかは不明だが、30mの範囲にあった砂がドラゴンの目の前にある暗い塊へと圧縮されている。その中に囚われているだろうジンの魔力が一気に削られていくのを感じた。
「アイネ様っ」
俺はアイネを抱えたままその場に伏せて、防御結界を最高強度で展開。土の術式で砂を固めた杭を岩盤へと打ち込み、体を固定する。
次の瞬間、周囲の砂がドラゴンへと引っ張られていった。ドラゴンの生み出したマイクロブラックホールらしきモノが引き寄せた物をすり潰していく。
ジンの魔力を砂や岩が含む土の魔力が抑え込み、高密度の魔力となった黒い塊をドラゴンはパクリと呑み込む。その余韻を楽しむかの様に身を震わせた後、空に向かって咆哮を上げ、やがてクレーターの下、岩盤の中へと潜っていった。
残されたのは直径1kmほどの砂がえぐり取られたクレーター状の地形だけだった。そこはブラックホールを形成していた魔力が残っているのか、風の魔力が入り込んでこずに無風の空間となっている。
「こ、これは……揺り戻しがある?」
ブラックホールによる物質の消失。直径1kmの無風の空間。しばらくして土の魔力の影響が薄れると、その空隙を埋めるように周囲の暴風が一気に押し寄せてきた。
岩盤に突き立てた杭を吹き飛ばされないように必死に保持し、結界を保って嵐が過ぎ去るのを待つ間に、俺は久々に全魔力の枯渇を体験する羽目になった。




