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伯爵家の気を引くために

 惑星規模で対処を考えておかないといけない事象。それはもちろん、ドラゴン対策だ。狭い開拓村1つなら襲われる可能性は宝くじにあたるようなものかもしれないが、惑星規模で考えればどこかは襲われるだろう。

 今はまだハウリングウルフの様な風の精霊系魔獣を襲っているだろうが、星間宇宙船などが襲われる危険は常にある。


 問題はその危険性をどうやって伯爵家に伝えるかだ。先の映像を現場監督に見せただけでは、その危険性が伝わるかどうか。

 下手すると惑星の開拓村が襲われる可能性程度なら捨て置けとなる可能性すらある。


 ドラゴンの存在自体、かなり稀有で軍学校の資料を読み込んでなければ、貴族でも存在自体を知らない可能性もあった。

 そして伯爵は未開の宇宙を開拓する山師あがりの成り上がり貴族。ドラゴンの存在など知らないだろう。


 しかし、被害が出てから危険性を説くのは開拓民の反感を買う可能性も出てくる。できれば人的被害は出さずに、その脅威性を見せつけたい。


「開拓村がない所に呼び出して、暴れさせるか」


 魔力に寄ってくるドラゴン。風の魔力は大量にある。自然発生するハウリングウルフにも寄ってきたのだ、ちゃんと召喚した精霊ならもっと敏感に反応を見せるだろう。


「問題は風の召喚術式だな……」


 幸いにして俺は風の術式を詳しく調べた事がある。風の申し子リアの特訓する様子から空気の分解などの研究を行っていたので、召喚術についてもある程度は調べていた。

 ただ完璧ではない。そして、召喚術式は複雑なので脳裏に浮かべる術式では発動が難しく、魔法陣を利用するしかなかった。

 オールセンに魔道具用の魔法陣を習っていたが、俺の適性はそこまで高くない。イメージしたものを描き出す段階で歪みがちなのだ。

 壊れた魔法陣を修復する程度なら何とかなっても、1から描こうとするとどこかしら歪みが生じる。それは前世で言う回路基板が歪む様なもので、部品同士の距離が変わってショートなど不都合が生じやすくなると言うことに繋がる。


「知識の欠落と描き出す技術、これを何とかしないとまともな召喚はできないな」


 まだ術式の欠落は他の知識を流用することで、補完していく事はできるかもしれない。オールセンに魔法陣に描かれる図形の役割は聞いているので、不足している術式が何なのかというのは、推察していくことができる。

 もし不足があって出力が足りないとしても、上位精霊は諦めて、ハウリングウルフを複数召喚して融合、強化する事はできるかもしれない。


「となると、魔法陣を描ける人材の確保……」


 魔法陣と言うと専門知識が必要なイメージだが、魔法陣自体は図形を正確に記す技術が重要だ。そこに魔力は必要ないので、俺のイメージを図案化してくれたら、それで発動できるかもしれない。

 まずは適性がありそうな人を探すか。




「できますよ」


 アイネの返答はあっさりとしたものだった。未だにアイネの能力の全ては掴めていなかったので、素直に聞いてみたところ、魔法陣を使えるという。

 以前、無人機の追跡を振り切るために、魔力妨害の魔法陣を使っていたのは確かだが、普通の魔法陣も使えるのだろうか。それとも描くだけで、俺が魔力を入れればという事だろうか。


「でも髪が必要なのでは?」

「髪は伸ばせば良いのです」


 そう言いながら軽く頭を振ると、アイネの髪がスルスルと伸びていく。その髪色は漆黒から白銀へと変わっていた。


「あ、あの、髪色が……」

「黒は吸収向き、術式の発動には銀が向いています」


 アイネの魔法陣は髪を触媒に発動するらしく、黒は本人へのフィードバック、銀は放出という形で作用するらしい。

 いちいち髪を切り替えるなんて面倒なと思ったが、向いているというだけでどちらの髪色でも発動は可能らしい。


「では魔法陣ての召喚も可能と」

「その知識はあります」


 俺は伯爵家の内情を探る為にも、早めに直通ラインを確保したい。そのためにはドラゴンの脅威を伝えて、緊急回線を繋ぐように促す作戦を伝えた。


「なんたか回りくどいです。直接、伯爵家へ乗り込んだらいいのに」

「敵対したいわけじゃないんですよ。上手く利用していきたいんです」

「……そう」


 あまり納得していないようだけど、彼女にも明確な計画があるわけでもないらしく、こちらの作戦に協力してくれる事になった。




 作業7日目、防風結界が張れた事で開拓は次の段階へと進む。畑を作るために土壌改善を行っていかないといけない。

 第3惑星には生物が全くいない状態だったので、土には栄養となるものがほとんどない。大気もない裸惑星だったので、窒素などもなく、リンやカリウムといった植物の生育に必要な栄養がない状態だ。


 前世の記憶では長い時間をかけて、バクテリアや微生物が栄養素を培っていったが、テラフォーミングでは外部から補う形で時間を短縮する。

 そうした栄養素などを成分ごとに分析して補うのではなく、土の術式でやれてしまう辺り、この世界の魔法科学は便利だと思う。

 その反面、細かなメンテナンスをする事もないので、改良という概念が育ちにくい環境でもあるのだが。


 とりあえずこの辺は、予め用意された魔道具を土に埋めていくだけなので、開拓民の先輩達に任せておけば問題はない。

 なので俺はドラゴン作戦へと軸足を置く。

 先輩達はドラゴン対策をしに行くとの説明だけで納得してくれた。この1週間でそれなりの信頼は勝ち取れているだろう。


 ドラゴン作戦として狙うのは、脅威度の広告だ。ドラゴンが暴れるとテラフォーミングどころじゃないぞと思ってもらう。

 それを見せる為に、それなりの規模で戦闘を行い、大地にその力を刻んで貰おうと考えた。


「風の上位精霊、ジンを呼び出して欲しいのです」

「そうですか、分かりました」

「術式も分かります?」

「ええ。記憶にあります」


 俺と同じく研究所で作られた体を持つアイネ。その脳裏には俺と違って魔法陣の知識が多く刻まれているらしい。

 髪を媒体とする事で即席の魔法陣を作り上げ、魔法を行使するスタイルとなっている。

 近接戦闘に特化していた以前のアイネと、魔法陣を描く必要のあるスタイルはミスマッチだが、元々の戦闘力に加えて新たな力を手に入れたとすれば、邪魔をすることはないのだろう。


 俺はアイネを伴って開拓村から離れる。アイネを横抱きにしつつ、飛翔術式で地面近くを高速で移動。余波が開拓村に届かないよう十分な距離を稼いだ。

 他の開拓村がどこにあるのか不明だが、そんなに近くにはないと祈る。周囲は赤褐色の砂が舞い踊る荒野。砂丘が連なる平地で、視界も狭い。簡易拠点などの建物があったとしても、見つけることは困難だった。


「さっさと済ませましょう」


 俺が適当な場所で止まると、アイネはヘルメットを脱ぐ。俺は慌てて防風結界を張った。

 風の音が遮られた空間の中、銀色の髪がふわりと広がる。それをむんずと掴んで、ざっくりと切り落とすアイネ。艶のある綺麗な銀髪を惜しげもなく周囲へとばら撒いた。


 アイネの周囲に魔力が放たれ、宙を舞う銀髪が生き物のようにうねり始めた。魔法陣の理屈は術式の図面化、電子回路の様に様々な役割を持つ図形を組み合わせる事で1つの術と成す。

 召喚術はそれぞれの属性に対して干渉し、他の世界への門を繋ぐ。その世界の住人である精霊の力をこちらの世界で具現化するというモノだ。


 それら術式を介さずに、純粋な魔力が高まった場合にも、それらの世界への門が開いてしまいこちらへと住人が迷い込む事がある。それが先日現れたハウリングウルフなどだな。

 こちらの世界で姿を失うと、元の世界に戻るとされている。それは同じ精霊を呼び出した際に、記憶を持っている事からそう考えられているが、姿を失う際に魔石を残す現象から、肉体の代わりの核を持ってこちらに来ているという説もある。


 その究明よりも、その力をどう使うかの方に力が入れられているので、真実は解明されていない。

 基礎研究がないと発展が遅れると言われるが、どうしても今ある結果を有効利用する方が優先されるのもまた仕方ない事かもしれない。

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