咆哮する狼
攻撃されて揺れる思考の中、最初に引っかかったアカという単語に注目する。アカは砂が赤褐色である事に由来。なぜ赤褐色かといえば、砂が酸化鉄を多く含んでいるからだ。
火星などが赤く見えるのと同じだな。
酸化鉄は酸素を含んでいるから風の魔力を通しやすかったりするのだろうか。酸化鉄を還元してやれば、土の魔力が純粋になってより風の魔力を阻害する様になったり?
しかし、以前に酸素を抽出する方法を模索していたが、酸素を取り出すというのはかなり難しい。風の魔力が渦巻いている中、そうした制御を行うのは無理だろう。
もっとシンプルに考えないと。
酸化鉄ということは、砂鉄でもあるのか。ならば磁石にくっつくか?
磁力は確か土の属性だった気がする。電気は風だが、電磁力は土と前世の科学知識が邪魔をしそうな概念だな。でも電流と磁力は直交すると考えると、別の力で問題はないのか。
いや、今はそれよりハウリングウルフへの対策だ。砂鉄を磁力で集める事ができれば、重力操作で砂を固めるよりもやりやすい。重力は万物に作用するため、消費魔力も制御も難しいが、磁力は作用する範囲が限られる分、消費を抑えられる。
俺は思いついたままに磁力を生み出し、砂を集めていく。赤茶けた砂の中から黒っぽい砂鉄がより分けられて集まってきた。
「あれ、酸化鉄って磁石に付かないんだったか?」
うろ覚えの知識に戸惑いつつも、赤茶けて見える砂の中には、ちゃんと磁力に反応する砂が混ざっているのを感じた。
俺は手元から磁力を束ねて、砂鉄を剣のように細長く形成。それをハウリングウルフへと振るった。
ハウリングウルフ内の砂が磁力に引っ張られて歪みを生じる。それがウルフの風の魔力にも影響を与えたらしく、一部が揺らぐのを感じた。
「クリティカルではないにしても、削ることはできそうだな」
俺は両手に砂鉄剣を集めて切りかかった。
磁力で固めた砂鉄の剣は、土の魔力の塊。風の精霊体であるハウリングウルフへの効果は抜群だった。
ハウリングウルフが砂を内包していて、その中の砂鉄がこちらの剣へと引き寄せられて内側からかき回すのも効果的だったようだ。
体内の土魔力が邪魔をするようになって、ハウリングウルフの動きが悪くなっていく。それに応じて体が徐々に小さくもなっていった。
そして二回りほど体が縮んだ辺りで、ハウリングウルフが分裂する。通常の狼くらいのサイズが5匹へと。
「ワオォォォーン」
力の籠もった咆哮がヘルメット越しに響いてきた。防御しなかったら鼓膜とか破れるやつだな。そして咆哮と共に各狼が俺の周囲を取り囲む様にしながら襲いかかってきた。
視界の死角になる位置から的確に狙ってくるが、魔力感知で周囲を把握している今は死角ではない。
飛びかかってくるタイミングに合わせて、砂鉄剣を振るうが、直前でするりと避けられた。大きかった時よりも動きが滑らかだ。
そしてこちらが攻撃をしたと見るや、反対側から別の狼が襲いかかってくる。砂鉄剣はもう1本あるのだよ。そう思って斬撃を放つが、これまたするりと避けられる。
狼の姿にもこだわっていないようで、下半身が一反木綿のしっぽか幽霊の足の様に細くなって途切れる形になっていた。
「そっちが獣をやめるなら、こっちも容赦しなくてもいいなっ」
別に容赦していた訳ではないが、全力を出し切ってる訳でもない。ただ敵の手をある程度見切ってから、安全圏を確認してから攻撃に転じたかっただけだ。
生き物は攻撃しようとしたタイミングが、最も無防備になりがちだからな。そこは慎重に図っておく必要があった。
そして分裂して連携しながら攻めてくるが、その攻撃自体は狼の爪や牙といった攻撃から変わる事もない。精々咆哮による牽制を掛けてくるくらいだ。
ならば仕留めに掛かっても大丈夫だろう。
俺は左右の砂鉄剣を振るって具合を確かめ、一気に刀身を伸ばした。薄く長く、普通の敵なら簡単に弾かれるほどに脆い剣。
しかし、実体を持たない対ハウリングウルフなら物理的な攻撃力は必要ない。魔力を通して相手の魔力を乱してやれば攻撃になる。
薄くしたことで鞭のようにしなりながらハウリングウルフへと向かう。それをぬるりと避けようとした所で、形状を変化させた。
刀身から複数の突起が生えていき、十文字槍の様に伸びる。いや、どちらかというとアンテナだろうか。
土の魔力を伝えるアンテナだ。
俺自身が回転する事で、螺旋を描くようにイバラのドームが形成される。魔力で磁力を生み出し、それを制御する事で成し得る技。
ハウリングウルフの風の魔力と砂鉄剣の土の魔力が干渉し合っての抵抗感はあるが、物理法則ではないので、思った程の抵抗でもない。
干渉し合っている時点で、ハウリングウルフの魔力を削れているので、後は俺の魔力量とハウリングウルフの魔力量の勝負になっている。
周囲に展開した砂鉄剣がハウリングウルフの体を刺し貫きながら魔力を削り合う。砂鉄剣のトゲが何本か折られつつ、ハウリングウルフのサイズも縮んでいく。
ハウリングウルフが分裂した優位性を活かせない様に、広い範囲への攻撃を行う。砂鉄を媒介に土の魔力を伝えているので、大気を伝わらせるよりも魔力伝導率が良くなってるみたいだ、
土の術式は大地そのものを変形させたりが多いが、こうして空中への攻撃を行うなら細いワイヤーでもくくりつけて放つという方法は今後も使えそうだ。
などと余計な事を考える余裕が出る程度には、相手を制御できるようになっていた。精霊はその性質上、魔力が削られていけば弱くなる一方のようだな。
5匹いた分裂体のうち、2匹は霧散していた。
砂鉄のトゲドームに残り3匹も捕らえられて身動きが取れないようになっている。
後は砂鉄剣を締め上げていってきっちりとトドメを刺せば、風の魔石くらいは手に入れられるだろう。
精霊の持つ魔石は純度が高く、天然の魔石としては最高品質を誇る。伯爵家の臨時収入としては、結構な資金になるのではなかろうか。
これでより良い魔道具を揃えれば、開拓も一気に進むだろう。
そんな皮算用をしたのが悪かったか……急速に高まる魔力の接近を感知した。
「何だ……とか、考えている暇もない!?」
俺は風の術式を起動して高速飛翔を発動、砂鉄剣のドームから抜け出す。砂鉄剣から逃れようとハウリングウルフ達が暴れ始め、砂鉄剣の崩壊が早まった。
後少しで拘束が解けるというところで、そいつはやってきた。
砂の大地が一気に隆起したかと思うと、その中心部から巨大な影が現れる。直径5m以上あった砂鉄剣のドームが、その影にハウリングウルフごと呑み込まれた。
まさに一口。
地面から伸びた筒状の影から砂がこぼれていき、その姿が徐々に明らかになっていく。
「マズイマズイマズイマズイッ」
俺は風の術式を切り離して上空へと飛ばし、自身は地面へと転がっていく。速度を保ったまま強制的に分離した風の術式は、上空を駆け上がっていくが、地面から現れた影の筒がグニャリと曲がって、術式を飲み込んだ。
術式に込められた魔力を咀嚼するように左右に揺れる筒から、砂が落ちて姿がはっきりと見えてきた。
長い首を持ち、丸みを帯びた胴、背にはコウモリを思わせる皮膜の翼。短い前足に胴体と変わらぬほどの太い後ろ足。最後に長く伸びる尾が地面から引き抜かれて宙を踊る。
砂丘を思わせる黄色がかった茶色の体を持つそれは、腹の底に響く咆哮を放った。
「マジか、アースドラゴンじゃねぇか……」




