開拓村を襲う障害
開拓作業を始めて3日が過ぎ、4日目に入っている。その朝、俺の魔力感知が異常を伝えていた。
「魔力の流れがおかしい……か?」
第3惑星はテラフォーミングの途中で、暴風がまだ収まっていない。地表は酸化鉄を含んだ赤茶けた砂で覆われており、風によってそれが舞い上がって視界はかなり悪い。
窓から見える景色は、くすんだ赤に染まっていた。
窓から見ただけでは変化があるかは分からない。ただ魔力感知には、昨日までと違った感触が返ってきていた。
「魔力の渦? 風が巻いているのか?」
惑星の地表は風が吹き荒れていて、元々強度な風の魔力が満ちている。それはテラフォーミングへと利用され、新たな空気の生成へと使われている。
大気の密度が通常の惑星に近づいていけば、風は収まっていき、魔力も抑えられていく。
魔力同士は干渉を起こすので、風の魔力が強い間は、水の魔力を巡らせようとしても支障が出る。風が収まって来ないと、水を循環させる事ができなかった。
なので風の魔力が渦巻く事態は想定の範囲内と言える。しかし、違和感を感じたのはその動き方。気温差などで気圧差が生じれば、竜巻などの渦を巻く現象は起こって不思議はない。
風の魔力は空気の動きによって生じるので、竜巻などが発生すると、魔力の渦の様に感じられても不思議はないはず。
じゃあ俺は何に違和感を感じているのか。
それは風の魔力の流れに影響されずに動いている魔力の塊があるからだ。軍学校でリアがやっていた風の魔力を選別する訓練。あれをずっと観察していた俺は、風の魔力の動きはかなり精緻に拾える様になっている。
その魔力の流れから離れた魔力。
「考えていても分からないか」
俺はリリアに拠点から出ないように注意を飛ばしてから、テッドにも待機を命じて拠点を出た。
拠点の外は相変わらずの砂嵐だ。酸化鉄を含んだ砂は赤茶けていて、視界を閉ざしてくる。宇宙服を着ているので、音などは遮断されているがかなり煩い状況なのだろう。
身体強化をしていないと、風に飛ばされるかもしれない。
砂に削られた大地は、起伏が乏しい。まだ木々もないため、かなり広い範囲を見通せる……砂嵐がなければ。
砂が風で寄せられ、幾つかの丘を形成しているが、風によって日々姿を変えるが全体的に見ればなだらかなのだ。
なのでそこに黒い影が浮かび上がっているとよく分かった。
まだ距離があるため砂嵐の向こうを見通すことはできないが、そこに何か黒い大きな物体があるのは分かる。それが徐々に近づいてくる様も。
風の魔力を纏っているが、純粋な風の動きとは違った物体。近づくにつれてその姿が掴めてくる。
「犬……狼か……確か、ハウリングウルフ」
以前、軍学校の図書館で風の魔力について調べていた時に見つけた記述。精霊の一種で、風の魔力が強い場合に具現化する事があるとか。
風の魔力量により大きさが変わるが、テラフォーミング中のこの惑星だとデカい。全高で5mほど、全長で言ったら10mはありそうだな。
狼に似た外観で、全身に渦巻く風を纏っている。爪や牙での攻撃が主だが、風の刃を纏った一撃は真空状態を生み出し、直接触れなくても切り裂かれるとか。
「宇宙服を切られたらヤバいな」
まあ、防御結界で周囲の大気を閉じ込めておけば、一定時間は問題ない。魔力さえあれば戦っていられる。
周囲には風の魔力はたんまりあるので、それを利用していけばもっと楽になるが、ハウリングウルフは風の精霊。周囲の風の魔力は奴の支配下にあると思った方が良いだろう。
「という事で、使うなら土だな。テッド、外に魔物が出たから、拠点内に警告を出しておけ。拠点の外に出た奴の命は保証できん」
『わ、分かった』
さて、久々に全力での戦闘となりそうだ。アイネに負けて以来かな。
拠点が戦闘の余波を受けないように側面へと回り込みながら距離を詰めていく。精霊は魔力に注意を引かれる習性があるので、適度に魔力を撒きながら動くと、ハウリングウルフの首を巡らせた。
「風への嫌がらせは土だよな」
石弾の術式を起動。握りこぶしほどの石を放つと、前足で軽く弾かれる。しかし、反応を見せたのは良い結果だ。
ハウリングウルフが口を開き、その名の通り咆哮をあげた。渦巻く風の塊が吐き出され向かってくる。
「ストーンウォール」
地面へと手をついて術式を起動。周辺の砂を集めて壁と化し、風の塊を受け止めさせる。
「これじゃサンドウォールだったな」
固まり切っていない砂の壁は、風に削られていって最後は砕かれた。元がサラサラの砂だけに、風を防ぐほど強固に固められなかったらしい。
「魔力量も体に比例して多そうだ」
風になびく毛並みを持つ狼は、実体を持たないはずだが、圧迫感がある。魔導騎士があれば真正面からでもやり合えるのだが、作業用の宇宙服では心もとない。
「まずは魔力を奪っていかないとダメそうだな」
遠距離から石弾を放って削ろうとするが、軽やかに避けられた。見た目は大きな狼だが、実体はなさそうだ。よく見ると足元が浮いてるか。
見た目の走る動作と実際の動きに差があって、思ったよりも接近されてしまう。
「走るフリしてホバー移動とかセコいなっ」
鋭く振られた前足が周囲の空気を切り裂き、攻撃範囲を逃れたとしても、風が巻いて姿勢を崩されそうになる。
地味に重力が軽いので、踏ん張りが効かない。足元が砂というのもあるだろう。更には巻き上げられた赤茶けた砂が風に混ざっていてザリザリと宇宙服を削るような感覚もある。
「アイネなら魔力干渉で散らせるか? でも髪が短くなってるし、無理はさせたくないな」
そもそも宇宙服を着て、ヘルメットをしていたら髪を使った魔法陣も組めないだろうし、巻き付けて中和もできないだろう。
やはり、俺が何とかするしかない。
相手は砂を巻き込んだ風が具現化した姿をしている。アカギツネならぬアカオオカミだなとくだらない事を考えて、アカの部分に引っかかる。
相手は風の精霊だが、その体には砂を含んでいて、土の魔力も内包している様な形だ。魔力同士は干渉し合うので、砂を利用したら魔力を削れるか?
砂を固めて風の流れを阻害すれば、空気の動きによって生じる風の魔力も弱められそうだ。
砂を固めるとしたら水?
いや、土と違って砂は水を含んでもさして固まらないだろう。土の魔力があるなら重力で制御できるか?
重力の術式は高度な部類に入り、風の魔力が強い中で制御しようとしても効果がかなり弱まりそうだ。
「砂を固まりやすい土に変換なんて無理だよな。そもそも砂と土の違いって何だ?」
思考が逸れそうになると、回避にも支障が出る。ウルフの前足が地面へと叩きつけられ、周囲の砂が舞い上がり、視界が赤く染められていく。
砂が多くなる事で風の動きが追いやすくなるが、逆にそれに釣られて予想外の動きが混ざると混乱させられる。
「ぐふっ」
砂の動きに目を奪われていると、その砂の壁を突き破るようにして岩が飛んで来て避けきれずに食らった。
精霊ってフェイントとかも使うのかよ。
もっと自然現象みたいなものかと思ったが、意思というか、知恵が垣間見える。
「視覚じゃなく、魔力感知で敵を捉えないとな」
魔導騎士の対戦でやった感覚。こちらから魔力を広げる必要もなく、相手は魔力を垂れ流しているので、それを感じて動けばいい。
魔力で視る事に意識を集中すると、風の中の砂がノイズになっているのも分かりやすくなった。やはり風の魔力に砂は邪魔ではあるのだ。
しかし、風の中に砂が混ざっていると、風の威力は増す。サンドペーパーでヤスリがけされるようなものだ。宇宙服が削られていくと破れるかもしれない。
「砂を何とかしないと……」
赤褐色の狼を見据えて俺は思考を整理した。




