開拓作業の進展
「何をしている、貴様らっ」
士気を高める為の昼食会を行っていると、怒鳴り込んでくる奴がいた。現場監督の男だ。
「そんなに元気があるならさっさと作業しろ」
出入り口を指しながら大声で言う。軍隊の上官にありがちな頭ごなしの命令口調である。
しかし、開拓民は訓練された兵士ではない。
「ちゃんと作業を進めて昼食を食べてるんだ」
「今頃起きてきて何言ってやがる」
「何だと、貴様ら。立場を分かっているのかっ」
現場監督の男は声を荒げながら近づいてくる。先輩達は開拓民で、戦闘訓練などは受けていない。多少喧嘩が強かった程度では、職業軍人には全く歯が立たないだろう。
折角、作業をしてもらえる状況になったのだ。無駄に怪我をされても困る。
俺は現場監督の前に体を割り込んだ。
「まあまあ、朝食はまだですか。良かったら、これでも食べて下さい。皆さん、一本目のポールを立てられて気分が上がってる所なんで、ちょっと気が大きくなってるんですよ」
激昂する上司をなだめるとか、前世の記憶が蘇る。ノルマをこなさなきゃいけないのは何も現場だけではなく、上司は上司で更に上から厳しい事を言われているものなのだ。
立場が上がって、人を使える立場になってみると、上から言われるのは変わらないのに、下からも突き上げられてより悲惨に陥る。
どっちの気持ちも理解できるようになって、何とか自分で吸収しようと最初は努力していくのだが、ストレスが溜まって昇華できなくなると、溜まりに溜まったモノを一気に吐き出したくなってしまう。
そんな状況の打破は自分では難しいのに、外的要因で意外とあっさり片付いたりして、自分は何なんだろうと鬱になったりもする。
ひと一人ができる範囲を自覚するか、妥協するか、見極めができてくると腹を立てる事は減っていくのだが、その境地に至れたのは前世だったか、今世になってからかは分からない。
「一本目は午前中で立てることができましたし、午後から2本ほど立てられる予定です。そのまま行けば、一週間ほどで開拓村規模の防風ドームを張れますよ」
功績をアピールしつつ、今後の計画についても共有。このままいけば明るい未来が待っている。そう思ってもらって気分を良くしてもらおう。
「もちろん、開拓村の発展は元々の計画通り。計画の進捗は管理者である貴方の功績となるでしょう。察するに他の開拓村もあまり上手くいっていないのでは?」
こちらは特に功績をアピールするつもりはありませんよ。貴方に手柄をあげますと宣言。
「何を企んでいる……」
しかし、いきなりやってきた奴が功績を上げつつそれを譲るという。裏があると思うのは当然だ。
「我々としてはお嬢様が一定期間隠れる事が最大の目的です。しかし、現状のまま拠点に籠もってというのは、よろしくない。最低限、村として暮らせる環境は作りたいのですよ」
そのためには開拓村が成り立つ様にする必要があると。こちらとしては実力を示しつつ伯爵に取り入り、伯爵家にも力をつけて貰いたいとは思っているが、末端のイチ現場からできることは限られるし、伯爵家の末端である現場監督にそこまで言っても上には伝わらないだろう。
まずは結果を出して信用してもらうところからだ。
「そのお嬢様の出自はどこなんだ?」
「それは言えませんよ。どこに刺客が紛れているかわかりませんし……ただ辺境の新興伯爵家よりは高いですよ」
言外に下手な手出しは危険だと言い含める。実際、シャルロッテは皇女であり皇位継承権も持っている。普通であれば新興伯爵家など目通りも厳しい立場のはずだ。
貴族特有の上下関係やら足の引っ張り合いに巻き込まれたくはないが、あの公爵に復讐するためにはある程度の力は必要。
ならばシャルロッテの立場を上手く利用して力を持つのが先決だ。
「貴方もこんな前線の厳しい環境での生活は早く抜け出したいでしょう? そのための協力を惜しみませんよ」
「くっ……」
開拓村の狭い環境下とはいえ、絶対的な立場にあったはず。外部から来た人間に好き勝手されるのは、腹立たしい部分もあるだろうが、目先の優越感よりもその先の恩恵に目を向けてもらいたいものだ。
「ひとまず一週間。その間の成果をご覧になってください」
「……分かった。そこまで言うからには成果を出してもらうからな。出せなかった場合は……」
その目はアイネやリリアに向いている気がする。おっさん、30は過ぎてるだろうが。アイネだって17歳相当、リリアに至っては11歳ほどだぞ。何を考えているのやら。
まあ、おっさん程度じゃアイネ様をどうこうするのは無理だけどな。
「もちろん、最善を尽くしますよ」
現場監督を言いくるめて時間を稼いだ。午前中の作業ペースでいくとギリギリ間に合うかという感じだが、作業を繰り返せばその分効率も良くなるはず。
最悪、俺一人でも色々とこなせるので、負けはない。
ただ開拓民にも自信を持ってもらいたいので、俺はサポートに徹するつもりだ。
俺一人でやれる事なんてたかがしれている。惑星を居住可能にするなんて1人でやれるものじゃない。
ノウハウを持った人間を育成していって、広めていく必要があるのだ。
今は俺の術式で一時的な防風状況を作って作業するしかないが、ちゃんとした魔道具があればそれも可能。そんな魔道具は高価ではあるが、ちゃんと経済が回り始めれば伯爵家で手に入れるのは可能だ。
その基盤をできるだけ早く作っていきたい。
そうすればこの第3惑星だけでなく、第5惑星のテラフォーミングも早く進められる。
「でもまあ、先を見るより足元から。最初の開拓村をしっかりと作らないとな」
俺は防風結界を発動して、開拓民に作業を進めてもらう。一度の成功は、彼らに自信を与えてくれた。どうすれば負担が減るのかを考えながら、ポールを立てる穴を掘っていく。
「砂を止めろ、ボードを使え」
「足元を固めろ、力が入らんぞ」
ポールを立てる周囲に板を打ち込む事で砂防壁として、砂が穴に入り込むのを防ぐようにしていた。
足場を固めて作業しやすくしながら、穴を掘っていく。開拓民となる前に、色々と土木作業をやっていたのだろう。かなり頼りになる先輩達だ。
1日が18時間のこの星は、日暮れも早いのだが何とか2本のポールを立てることに成功した。
夕食もリリアが用意してくれていた。ブロック肉を柔らかく煮込んだシチューは、帝国式の辛さ主体ではなく、野菜を煮込んて旨味を引き出していた。
共和圏も回りながらレシピを集めていた成果がでている。ウルバーンの下層でくすぶっていたが、その食欲に忠実な探究心は俺をも上回るだろう。
更に知識を与えていけば、共和圏の料理はもちろん、前世の料理も再現してくれるに違いない。
そんな料理は開拓民の士気を上げるのに一役買ってくれていた。文句を言ってきた現場監督も、夕食の席にはついている。
貧しい食生活は心を蝕んでいくからな。
帝国風の香辛料がたっぷりの料理というのは、開拓民というか庶民には毎日食べる物ではないと感じさせるだろう。
それが当たり前と思えば、毎日カレーでも問題ないんだろうけど。
大抵の庶民は高級なスパイスをふんだんには使えないので、素朴な味が一般的なはずだ。ウルバーンでもスパイシーな料理なんてなかったからな。
リリアの味付けはそんな庶民受けするもので好評だった。
仕事のタスクが進んで、上手いものを食べる。労働意欲を上げるには十分な状況となっている。
しかし、3日ほど順調に進んでいたのだが、新たな問題が待ち受けていた。




