状況確認と方針と
「そっちも似たようなものか」
『はい、皆さん元気がなくて特にこれといった作業をしている訳でもないです』
女用拠点にいるリリアに状況を聞いたが、やはり偏った食事の為か、別の要因があるのか先住者は軒並み気力もなく座り込んでいたらしい。
やはり調理用魔道具は錆つき、食料庫に食材はあれども缶詰などで生活してきたようである。
「女性陣も料理をしてなかったのか?」
『日中の作業で疲れていたので、温めて食べられる物を食べていたみたいです』
日頃の労働が負担で、楽をしたくなるのは分かるが、それで体調を崩してはなぁ。
『体調を崩すと作業担当から外してもらえるというのもあったみたいです』
「なるほど……それほど過酷な労働を課していたのか」
力で抑制し、反乱が起きないように重労働を課すというのは、世紀末でヒャッハーな世界かと思わされる。
「リリアはそっちで料理できそうか?」
『はい、頑張ります』
アイネもメイドの知識があるはずだが、ちゃんと覚えているのかは怪しい。ウルバーンから食に興味を持ち、色々と覚えてきたリリアの方が適任だろう。
「アイネ様の側にいれば身の安全は確保できるから、しばらく頑張ってみてくれ。俺はこの開拓地を使えるようにしていく」
『はい!』
やる気に満ちた返答があった。かなり頼もしい。まあ、ウルバーンでの生活も大概だっただろうから、しっかり者に育っているのだろう。
「俺もちゃんとやっていきますかね」
開拓地の作業はかなり停滞している。本来なら防風装置を起動して、畑を作る土壌を広げていかなければならなかった。
しかし、その防風装置の設営で失敗している。
一定間隔で風の魔力を通すポールを立てて、魔力を通すケーブルで繋ぎ、装置を起動することで強風を抑え込む予定だった。
しかし、強風が吹き荒れる中、ポールを立てる事ができずにいた。
地表は風によって砂が堆積し、固い地盤までポールの杭が届かないのだ。その砂をどけようとしても、強風ですぐに埋まってしまう。
賽の河原ではないが、掘れども掘れども進まない作業に心を折られるのだ。
「まあ、俺なら術式を並行して作業を進められる」
もっと高価な魔道具であれば、地盤を固めながら作業もできるんだろうが、伯爵は金欠になってるみたいだからな。早く収入を得ようと作業を進めようと人は入れるが、装備は下級品な為に効果を上げられていない。
それならば一気に人を入れて、掘りながらポールを立てられる様にしないといけないのだが、統率が取れないのであまり人を集められないという負の連鎖。
「一度立ち止まって計画の見直しが必要だと思うんだがね」
借金の利息が膨らむのを恐れて立ち止まれないのだろう。ジリ貧だな。
「まあ、だからこそ恩を売りやすい状況でもあるわけだが」
アイネが歪んだ形とはいえ復活した。その歪みを治す方法があるかは全く分からない。下手に手を出して悪化するのも怖い。
そんな今、俺の一番の目標はヴェルグリード公爵への復讐だ。単純に暗殺を狙う様な形は望まない。どうせなら公爵家自体が没落するような圧倒的な敗北感を与えたい。
実際、現皇帝の政策は下々を圧するような貴族の為の侵略を行おうとするもの。建国以来侵略戦争を起こしてこなかった帝国の歴史にも逆らうようなものだ。
もし王国に勝てたとして、王国のように力で版図を広げようとする可能性すらある。
それで利益を得るのは上層部で、庶民達の生活への恩恵なんて微々たるものだろう。もっと生活が厳しくなっていく可能性すらある。
侵攻を続ける中で軍学校の同級生達が危険な目に遭うことも考えられた。
「早いうちにぶっ潰すしかないよなぁ」
シャルロッテを担ぎ上げて皇位につけるなんて事は考えてないが、悪政を正す旗印として大義名分の駒として使える可能性はある。
とはいえ戦力という面では全くの駒がない。
一応、共和圏の助力を仰ぐという手がなくはないはずだが、本国と出先機関での認識の差が大きく、現地は行き詰まっている。
保身に走ってる私掠船に戦力としての期待は抱けなかった。
「ならば帝国から遠く、ハブられている様な貴族を取り込む」
それがこの開拓地に来た目的だ。開拓民の募集要項を遡って確認して、開拓が上手く進んでいない事も確認していた。
そこに取り入る隙間があると俺は睨んでいる。
「現場監督もそこまでではないし、やる気も減ってるみたいだしな」
俺は考えをまとめながら初日を終えた。
翌日、ダイニングへと出てみると、昨日作り置いたスープは綺麗になくなっていた。ちゃんと分け合って食べたのか、誰かが独り占めしたかは分からないが、食欲があるという事が確認できただけでいい。
俺は朝食として麺を打っていく。小麦粉に似た穀物の粉をこねて種を作り30分ほど寝かせる。
その後、足で踏んでコシを出しつつ、再び寝かせる。それを2度ほど繰り返してからまな板の上に乗せて棒で伸ばしていく。
伸ばした生地を畳んで太めに切っていき、ほうとうの様な麺ができあがりだ。
缶詰をベースにソースを作る。そのままだと辛すぎるので味をまろやかにしたいが、昨日ミルクは使ったしな。キャベツ、ジャガイモ、玉ねぎなどに似た野菜を煮込んで、メインとなるのはトマトに似た果実。
ミネストローネに近い味付けにまとまると良いが……まあ、辛さが緩和されて食べやすくはなっただろう。
「兄ちゃん、美味そうだなっ」
テッドがダイニングに出てきて鍋を覗き込んでくる。
「先輩達に朝飯ができたと声を掛けてきてくれ」
「先輩?」
「ここに前からいる人達は、皆先輩だろ。過酷な環境で頑張って来た人には敬意を払え」
「でも、兄ちゃんの方が凄いだろ」
「前の人が頑張ってくれたから、次にくる者が出てくるんだ。後から進む者の方が優れて見えても、前を行く人がいればこそなんだ」
「わ、分かった」
「だから俺をお前が越えていく事もあるだろうさ」
「さ、さすがにそれはないと思うぜ……」
テッドは苦笑いを浮かべつつ先人達を呼びに行った。
数分後、5人の先住者がテーブルに揃っていた。昨日残しておいたスープを飲んでくれていたのか、それともありつけなかったかは分からないが、害はないと判断するか害になってもいいから飲みたいと思ってくれたかだろう。
「今日は麺を入れて見ました。スープをよく絡めて食べてみてください」
すする文化のない人々に細い麺は食べにくいかもしれないので、幅広のほうとう麺を選んだ。あとやはり食が限られて胃腸が弱ってる可能性もあるので、よく噛んで食べて貰いたい意図もある。
「熱いので気をつけて下さいね」
そんな言葉をかけながら、食べるのを見守る。食欲はありそうだが、がっつく様子はない。それだけの元気もないというよりは、飢餓状態から急に食べることによる弊害を理解している感じだ。
開拓地へと来る前から似たような生活を送って来たことが伺える。
俺が知ってる庶民の暮らしはウルバーンだけだが、他の星でも搾取される側は生かさず殺さすな政策のもとに生活しているのではないだろうか。
共和圏では星間移動もある程度あったが、帝国では選ばれた人しか許されていない。他の星と比較されるのを懸念する統治者によって支配されているからだろう。
知らなければそれが当たり前として受け入れるしかないからな。
しかし、知識の制限というのは文明の発展という意味ではマイナス要素。考える人間が減るからな。
なので発展のペースは共和圏の方が早いだろう。それを元に自分達でも使える様に生産する事は、今の帝国でもできるみたいだが、どうしたって受け身になる。
それは王国の侵攻で呪歌やら次元回避への対応ができていなかった事からも分かった。自分達でこういう可能性もあるんじゃないかと提案する者が出てこないと後手に回るしかない。
「帝国はもう衰退期なんだろうな」
前世の世界でも専制君主は淘汰されている。専制政治を行う国でも個人ではなく支える党とか地盤が必要だからな。
現皇帝が自分で命令してるのか、公爵に操られているかは分からないが、少ない頭で考える組織なら付け入る隙もできやすいだろう。
なので俺は人を集める所からスタートだな。




