開拓惑星を目指して
取りうる方策としては協力者とやらの下へと届ける。近衛に拾われるように何処かのステーションに放置する。後は適当に放りだして処分かな。
「アイネ様、どうしますか?」
「ちょっと、私はこの国の皇女なのよ。それを適当に放置って何を考えてますの!?」
「公爵への貢物を拒否した時点で、『この国』での価値はなくなってるんじゃないか?」
「そ、それは……い、今だけですわ。公爵の横暴が許されない状況になれば……」
確かにその可能性もなくはない。王国への反転攻勢に失敗すれば、現皇帝の権威は薄れて玉座を追われる可能性もある。
そうなれば後見人の公爵も失墜するはずだ。
「嫁ぐ先が変わっても納得いかなかったら、反発するんだろ? やっぱり要らない子なんじゃ……」
「あ、あんな、変態親父じゃなければ……ほ、他のお兄様達なら、分かってくれますわっ」
皇女殿下はそんな事をおっしゃるが、今どうするかを判断しなければならないので、現政権と折り合えない皇女はやっぱり要らない子である。
「それで協力者に連絡はつけられるのか? さすがにあのステーションに戻るのは無理だぞ」
「そ、それは……その……」
「なさそうだな」
アクセサリー類に発信機とかが内蔵されている可能性はあるが、現時点で魔力は感じない。まあ、無差別に通信しようとしていたら、追跡者にも信号を拾われる危険があるから、特定の探査に反応するタイプを持たせている可能性は残る。
とはいえそれを元にこちらから相手を探すことはできない。
そこまで手間を掛けたいとも思わないが。
「どうしましょうか?」
「連れて行く」
「えっと、それは俺達の目的地へ?」
「生き延びたいなら」
さらっとデッドオアアライブを突きつけるアイネ様、半端ねぇ。
「ど、どこへ連れて行くつもりですの!?」
「辺境の開拓惑星。開拓事業で汗を流そうとな」
「私に農民の真似事をさせるつもり!」
「お貴族様こそ下々の苦労を知るべきだと思うぞ」
などと言いながら考えてみると、割といい案かもしれない。辺境の開拓惑星となれば近衛の目も届きにくい。
これから向かう惑星の領主は主流派からは遠く、自分の領土をいかに良くするかに注力している新興貴族。
外部への露出のなかった末姫の顔は知らないだろう。
開拓地に送られる人民は、元の場所では居場所がなく、新天地で何とか生きる道を探そうという者で、身元もさほど詮索されない。
俺みたいに帝国全域で指名手配されてたら隠す必要はあるだろうが、シャルロッテには必要ないだろう。
シャルロッテの姿は豪奢な金髪の縦ロール。金の掛かった髪型に、力仕事などしたこともない細い腕、傷のない指。
全く農家とは思えないが、貴族の子女として逃れてきたというのはなくもない。まさに親に決められた政略結婚が嫌で逃げ出すなんて話は割とあるものだ。
ほとぼりが冷めるまでしばし身を隠す場所としては、割とポピュラーなのかもしれない……いや、無理はあるか。
でも周囲の開拓民もスネに傷持つ者も少なくないので、詮索されにくいだろうし、まさか皇女とまでは思われないはず。
「さすがアイネ様。慧眼でございます」
「シャルロッテの着替えを用意します。こちらへ」
「へ、あ、はい……」
従者としての記憶があるのかないのか、アイネの立ち振舞は、貴族に仕えていても不思議のない所作。自然とシャルロッテを誘導できていた。
それから道中のステーションで改めて買い物をしながら目的地へ、1ヶ月ほどの移動となった。ターミナルステーションで買い物できなかったので、仕入れた品も一段落ちた物になったが最辺境の地なら有り難さはあるだろう。
シャルロッテの外見は少しでも庶民っぽく見えるように髪を2つのお下げにして、適度に丸めて邪魔にならないように止めてある。
服もリリアと同じ様な作りのチュニック風のものにズボンという動きやすさ重視の物となっていた。
「それでも溢れ出る貴族の気品は隠せませんわね」
「自分で言うかね……」
とはいえ確かに庶民ではないな。まあ、お忍びの貴族の令嬢レベルには落ちていると信じよう。
そして俺は再び日本人顔を被る。
目的地だったグラスノーツ伯爵領は、1つの星系のみだが、居住可能惑星が3つあった。前世の地球で言うなら、金星と火星もテラフォーミングされている様な感じで、多少重力や自転速度に差があった。
領都のある第4惑星はわずかに緑化が進んでいて、水の星へと変化しつつある。それより内側にある第3惑星は、やや小さ目で自転周期が早い。
まだ赤土が広がっているように見える。
第5惑星は少し大き目で自転周期が遅め。氷に覆われた箇所が多く、農業には向いてなさそうな星だった。
第4惑星の軌道上にあるステーションが、伯爵領の開拓事業のターミナルとなっており、必要な資材が集積されていたり、トラブルに駆けつけるレスキュー部隊が駐屯していたりする。
俺達はステーションへと停泊し、入領審査を受ける事となる。
「ふむ……船持ちで身なりも悪くない。なぜここに?」
「ええ、少々家のごたつきがありまして……」
開拓惑星にくる人間にしては、食い詰めた様子もない俺達に怪訝そうな顔を向ける審査官。テッドとリリアも俺と同行して、食事が改善されているので一時の欠食児童の雰囲気は消えていた。
アイネに鍛えられているテッドは、14歳という成長盛りというのもあるが、しっかりとした体つきになりつつある。
皇女であるシャルロッテと従者としての知識を詰め込まれているアイネ。俺も1年にわたる獄中暮らしの影響が消えれば、仕事に困らなさそうな青年である。
なのでシャルロッテの背景を利用して、縁談を有耶無耶にするために家出してきたという設定を組んだ。
「それ、追手がやって来られても困るんですが?」
「ええ。ですから分かりにくい場所、最前線を担当させてもらいます」
「は? その、それなりの家のお嬢様なんですよね?」
「いやぁ、そこは躾の一環と言いますか、ワガママが過ぎたらどうなるかを教育しなければとね」
「は、はぁ……」
「もちろん、追手が来たらこちらで対応しますし、ご迷惑を掛ける事はありません。万一の場合の担保としましては……」
宇宙船を預ける事にした。開拓中の惑星であれば船は何隻いても余ることはないだろう。積んできた資材は、開拓地用の仮設住宅をチョイスしていた。悪天候でも凌げる丈夫なものだ。
「我々の事はあくまでイチ開拓民として扱って頂ければ良いので、お願いします」
「わ、分かりました。領主様の了承が得られましたら、第3惑星へと向かってもらいます」
審査官へのアピールは成功した。領主は自力で未開の星系を見つけて、帝国へと献上することで陞爵した新興伯爵家。地盤固めを優先しているはずなので、宇宙船の魅力には抗えないはずだ。
果報は寝て待つしかないだろう。
待つ間に第3惑星について調べておく。自転周期が18時間で公転周期が263日、重力が0.8Gとなっている。
伯爵がテラフォーミングを始めて10年ほどが経っており、微生物の繁殖が終わった辺りらしい。
風の大精霊を封じた精霊石により大気を惑星上に繋ぎ止めている。そこに水の精霊石を持ち込んで居住環境を整えていく。
宇宙から見た第3惑星は赤茶けた不毛の大地が広がっている。恒星に近い分、気温が上がりやすいが、自転周期が早い分、高温にはなり過ぎないギリギリのライン。
まだ惑星全体が砂漠なので、寒暖差も大きい。大気に湿気が循環していって海ができてくれば大地も冷めていくはずだった。
荒れた大地を農業として利用できる様にするのがこれからの作業。大地を耕し風の精霊を大地に浸透させて、土と風に水の力を均衡させて、火の力を弱めていく。
魔力的な均衡が取れてくればようやく人が生活できる様になるだろう。
それまでは屋外作業は宇宙服を着て行わなければならない。これは今後宇宙で生活するとすれば、テッドやリリアの経験になるはずだ。
そうして作業を進めるうちに帝国内の情勢が変化する事を期待しよう。




