帝国の近衛
「いやぁ、うちの子供達が申し訳ない。ちゃんと言って聞かせますんで、ここは穏便に……」
今は日本人顔の玉衣祐悟マインドで、ペコペコと頭を下げて事なかれ主義でいかせてもらおう。
まだ皇帝派に直接逆らうだけの土壌がない。
「帝国近衛の仕事を妨害して、ただで済むと思うな。連行しろ!」
少女の腕を掴んだままの隊長っぽい男が、部下に向かって叫ぶ。こちらは穏便に済ませたいのに、逮捕・連行されるとなると反抗せざるをえないではないか。
「この子らは惑星から引っ張ってきて、マナーを教えてる最中でして、帝国近衛騎士団の方々についてもまだしっかりと教えてなかったんです。子供の暴走にムキになるのは、世間体としても……穏便に、穏便に願いたいのですが……」
人気が少ない帝国のステーションとはいえ、騒ぎになっていればちらほらと人が増え始めている。
周囲の様子を気にするように促してみる。
「ふん、これだから田舎者達は。近衛に逆らうということがどういう事か、身を持って知れっ」
隊長はホルスターから銃型魔道具を抜くと、警告もなく発砲してきた。銃口を見て避けるのは可能だったが、背後に人がいるかもしれないので仕方なく胸で受ける。
もちろん、防御結界を張って直撃は避けるが派手に吹っ飛ぶように倒れた。
「キャアアァー」
周囲の人達が騒ぎ、逃げ始める。
「兄ちゃん!?」
「ユーゴ兄!」
子供達には、安直な行動がどういう結果を招くか、身にしみて理解してもらわないとな。帝国軍人に安易に食って掛かるというのは避けてもらいたい。
「とまあ、帝国の軍人に逆らっても良い事はないんだ。テッド、リリア、勝手な行動は慎むように」
むくりと上体を起こしながら、2人に言い含める。2人の心配そうな顔に安堵が滲む。
「貴様、何者だ……いや、ユーゴとか言ったか?」
しまった、リリアの声が聞こえてたか。
「マジック・キャンセラーを向けろ」
「ちっ」
術式を無効化する機器を向けられると、顔に施していた幻影の術式が消えて、素顔が晒されてしまった。
「やはり貴様、指名手配犯のっ」
そう叫びながら隊長は再度の発砲。俺は防御結界を展開しながら距離を詰める。
「テッド、リリア、離れろ」
「え、あ、うん」
騎士団員の側から引き離そうとしたが、それを許してくれるほど軍人は甘くない。身を翻して距離を取ろうとしたテッドとリリアをそれぞれ2人の騎士が掴んで止める。
ただテッドはアイネから多少は護身術を習っていた。すぐさま振り返って、掴んでいる腕に蹴りを放つ。
にわか仕込にしては鋭い蹴りだったが、相手は大人の軍人。しっかりとブロックされて、掴んだ腕を捻り上げられ地面へと倒されてしまった。
「お兄ちゃん!」
抵抗できないリリアは、組みふされる事はなかったが、逃げられないようにしっかりと捕まえられていた。
そこに黒い影が走り、子供達を捕らえていた騎士が続けざまに吹き飛ばされる。
「「アイネ様!」」
「私の部下に何をなさいますか」
凛として子供達の前で仁王立ちする姿は頼もしい。ただその視線が、冷ややかに俺へと突き刺さる。
「さっさと片付けておしまい」
「はっ、ははっ」
俺は近衛隊長へと踏み込む。振るった拳が綺麗にいなされた。そして懐へと至近距離から銃撃。防御結界で直撃は防げるが、衝撃波は伝わってくる。防弾チョッキを着ていても弾丸の貫通は防げても、衝撃は抜けて骨折するのと同じ様な感じだ。
ただその程度は痛みを覚悟をして、身体強化を施しておけば耐えられる。俺は左腕を伸ばして、相手の服を掴むと足を引っ掛けつつ隊長を引き込みながら倒れた。
軍学校で習ったのは基礎武術程度だったが、武器を使ったものが多かった。それは魔導騎士で戦うのにも通じる技術で、剣や槍、斧など白兵武器を扱う。一応、無手格闘も習うが打撃系、パンチやキックでの戦闘技術だった。
なので寝技へと持ち込む。
隊長はゼロ距離で射撃を繰り返してくるが、気合で耐えつつ体勢を整える。ゴロゴロと地面を転がりながら相手の位置を調整して背後を取ると、喉元へと腕を絡ませ胴体を足で挟む。
気道と頸動脈をまとめて締め上げて意識を奪った。
「さて逃げるか」
「ごめん、兄ちゃん」
「ごめんなさい」
反省した様子の子供達を連れて、現場を去ろうとすると呼び止める声が上がった。
「待ちなさい」
テッドが振り返ろうとするが、それを許さず前を向かせて歩く。
「ま、待ちなさいよっ」
なおも声をあげる少女を無視して船へと戻った。近衛に捕まっている少女など相手にする訳にはいかない。
「……アイネ様?」
船に戻って発進準備を整えていると、最後尾にいたアイネが少女を抱えて乗り込んできていた。
「ポイしてきなさい」
「人質にする」
「厄介事しか呼び込みませんよ?」
「近衛に狙われる存在は帝国の敵。敵の敵を引き込んで、勢力を拡大します」
「……アイアイサー」
船長はアイネだし、押し問答をしている時間もない。俺は出航手続きを進めて、即座に発進した。
ターミナルステーションを離れて、空間転移を行い別星系へ。近衛騎士団に見つかった以上、早々に移動する必要があった。幻影で変装していたとはいえ、船から出る姿が映像に残っている可能性もあり、その船がどう動くかを追跡できる可能性もある。
転移して行方を眩ませる必要があった。
さすがにあの場で目撃者を全部消すというのは暴挙に過ぎるだろうしね。
ひとまず無人の星系で転移用の魔力を補給しつつ、連れてきた少女に話を聞くこととなった。
「で、貴方はどちら様で?」
「そうですわね、下々の者が知る事はありませんか。私はシャルロッテ・エリーゼ・エステロアですわ」
俺は宇宙船の情報端末で即座に検索。皇位継承権14位、エバーミン前皇帝の末娘となっていた。
うん、厄介事の塊だな。
「それで何で近衛に捕まっていたんだ?」
「それは……」
シャルロッテの話を聞いて、更に頭を悩ませる事になる。
去年の帝都奪還後、新皇帝の即位と共に、皇位継承者の扱いも整理された。新たな皇太子は新皇帝の息子が選ばれ、まだ他に子供がいないので、皇帝の兄弟が次点に。その次が姉妹で、最後に現皇帝の叔父という順位。
シャルロッテは、兄妹の中で一番低い14位となっていた。
現皇帝が31歳で、シャルロッテが13歳。未婚の女性はシャルロッテのみらしい。
そこで持ち上がったのが、シャルロッテの婚姻でその相手が新皇帝即位に最も貢献したヴェルグリード公爵への下賜。
「公爵への下賜? 息子や孫でなく?」
「ええ、そうですわ。あのカエル親父、年甲斐もなく私を望んだのですわ」
ヴェルグリード公爵は、今年で56歳。妻は4人いるらしい。それぞれ夫人が10代の頃に婚姻を結んでいて、一定の期間が経つと新たな妻を迎えている。まあ、ロリコンだな。
シャルロッテとしては断固として拒否したが、相手は権力の中枢。このままでは婚姻まで秒読みとなっていた。
「それで私の側近達が帝都から逃がしてくれましたの」
そのまま協力者のツテで星系を渡って逃げるうちに、この辺境地帯まで流れてきたらしい。
あの惑星に着いて1ヶ月、潜伏して過ごしていたのだが、ずっと続く缶詰状態に嫌気が差してこっそり散策に出た所で見つかったらしい。
折角匿ってくれていた協力者の努力をフイにした形だ。
「あんな辺境まで手の者が追ってきてるとは思ってませんでしたの……」
「執念深いとは思うが、協力者も分かっていたからずっと潜伏させていたんだろ?」
「でも、薄暗い地下室で1ヶ月ずっとですのよ。少しは外の空気を吸いたいと思うのは、仕方ありませんわ」
「それで捕まっていたら世話ないな」
「……」
しかし、こんな特大の爆弾。どう処理したものか。




