次なる目標へ
アイネがコックピットへと戻ってくると、リリアが悲鳴に近い声を上げた。
「アイネ様、髪が!」
「髪はすぐ伸びてくる」
その声に思わず振り返ると、緩い三つ編みにして腰まであった艷やかな黒髪が、肩口よりもっと高い位置でバッサリと断ち切られていた。
乱暴に切ったのだろう、長さも不揃いだ。
「さっさと脱出」
「は、はいっ」
一瞬呆けてしまった俺に、アイネの叱責が飛んだ。アイネが髪を触媒に、術式を解呪する魔法陣を発動させたのだ。
それで作ってくれた隙を逃す訳にはいかない。
もう追いかけてくる物はないので、最短距離で一気に洞窟を抜け、衛星から離れる。私掠船が追いかけてくる様子もなさそうだが、そのまま星系外縁へと加速し、星系から転移する事にした。
別の星系へと渡って追手がない事を確認し、作戦会議を開く。
「あのままコミュニティに居たら、アイネ様の要望は叶えられないと判断して脱出しました」
「ええ、それで構わないです」
アイネの願いは多くの場所を見て回りたい。新しいものを見たいというものだ。いつ始まるか分からない戦争まで缶詰にされるという状況は受け入れられなかった。
帝国軍が海賊狩りを行っていたり、受付が密告を危惧していたり、海賊達にも鬱憤が溜まっていたりと、遅かれ早かれあのコロニーは破綻していたのではなかろうか。
「でもどこに行くんだ? ウルバーン?」
「いや、ウルバーンに行っても新しい事はできそうにないからな」
帝国の方針が王国への反撃にシフトし、辺境星系はその補給線として酷使される状況。ウルバーンも今までの支配体制を変えてまで、下層の住民をこき使っている状況だ。
ウルバーンを直接支配している代官を倒したとしても、命令が中央から来ている以上、すぐに新たな代官が派遣されて、鎮圧されるだろう。
「もっと力のある貴族を利用したいところだ」
少なくとも代官ではなく、自分で領地を持つ貴族。幸いにして宇宙船には一年前の帝国の情報が残っている。諜報部の船だけあって、表向きのニュースよりも各勢力について詳しい。
「現皇帝はヴェルグリード公爵の後ろ盾で権勢を維持している。で、その公爵閣下から俺は指名手配を受けている状況だ」
なので現政権側に見つかるとヤバい。
そうなると取りうる選択肢としては、現皇帝と反りが合わない勢力となる。
分かりやすいのは後継者争いをしていた他の皇位継承候補だ。前皇帝には3人の息子がいて、現皇帝は長男であり、継承は妥当ではある。
それでも担がれる神輿ではあるらしく、次男、三男にも派閥はあるそうな。今回の王国への親征は、新しい皇帝の権威を見せつけ、地盤を固める意味もあるらしい。
国内が安定する前に戦争を仕掛けるとか、かえって不安になりそうなものだが、やられたままやり返さないというのは、弱腰と取られかねないみたいだ。
そして次男、三男も自分達の方が国を守れる事を示そうと、一軍を率いて参陣する予定だ。それぞれに自分達の派閥を率いて戦功を競うみたいだが、頭が3つもあったら逆に効率が悪そうな気がする。
さすがに足を引っ張り合う事はないと思いたいが、数だけ集めても王国には歌姫もいるし返り討ちにされそうだ。
「そんな感じで現皇帝とその兄弟が戦争の準備をしてて、ウルバーンもこき使われてる訳だ」
「戦争したいなら人を巻き込まずに、勝手にやって欲しい」
「お貴族様は他人を不幸にしてナンボとか考えてんだぜ」
「ま、俺達はそんなのに関わる必要はないから、狙うは残留組の貴族だ」
領地を持つ貴族は子爵以上。ただ多くの子爵は、自分で星を持つことはなく、より上位貴族の土地を管理する立場だ。
数少ない領地持ちの子爵は、大貴族同士の土地の隙間を埋める様に配されていて、大抵は大貴族の血縁者である。
「なので接触するとしたら、土地持ちの中で規模が小さい伯爵という事になる」
大貴族ほど中央の権力に近く、皇帝や継承者との繋がりがあるため、戦争に加わるだろう。
そこに混ざれない貴族というのは、戦場から距離があったり、元々戦力が乏しかったり、後は現政権から疎まれていたりといった者になる。
「それらの条件から絞り込むと、この辺りの貴族となりますが、アイネ様。どこがいいでしょう?」
中央から遠く、隣国との国境からも離れた辺境星系。その中でも目ぼしい資源がある訳でもなく、開拓からあまり時間の経っていない弱小の伯爵領。
ここまで絞るとどこに行っても大差はない。強いて言うなら、帝国内でどこにあるのか、ここから遠いか近いかといった地理的な差くらいだ。
「そうですね。ではここにしましょう」
そう言いながらアイネが指し示したのは、帝国でも深奥と呼べる地域。ここから一番遠い場所だった。
「仰せのままに」
目的地が決まった俺は、航路を選定する。共和圏で買い込んだ食料ではやや心もとないので、途中の星系で補給が必要だった。
開拓中の星系に向かうのなら、それに即した仕入れをしていけば領主の好感度を上げられるかもしれない。
辺境の入口にあたるターミナル星系へと寄ることにした。
俺は帝国で指名手配されているので、顔を幻影で誤魔化しつつ滞在する事になる。顔貌を変更するには明確なイメージが必要なので、前世の顔をそのまま使用する事にした。
今の顔はヨーロッパ系の白人なので、日本人顔ならば共通点もなくごまかし易いだろう。
魔力感知やら術式解除されるとややこしい事になるが、単なるステーションでそこまで厳重な警戒はしてないはずだ。
後は触られたりするとバレる可能性も出てくるが、そういったシチュエーションもないと思いたい。
今回は単なるステーションなので、テッドとリリアも一緒に降りる。久々に宇宙船から出られたので、晴れ晴れとした顔をしていた。
やはり惑星育ちだと閉鎖された宇宙船というのは、堅苦しいものだろう。
俺はこの世界から生まれて5年、閉鎖させれた研究所で生活するうちに慣れていた。
2人がこのまま宇宙で暮らすのか、やはりウルバーンに戻って地上で暮らすかは本人次第だ。
ステーションに降り立って感じるのは、共和圏のステーションとの違いだった。共和圏は流通が盛んで、行き来する人々は何かに追われるように忙しなかったが、活気があった。
対して帝国のステーションは、あまり人を見かけない。それは宇宙空間に出るのは、ほとんどが貴族かそこに連なる商人くらいだからだ。
大抵の国民は、己が生まれた惑星で一生を終える。
軍学校に呼ばれる子供などは、地方の学校で優秀さを認められた極々限られた人間であった。
なのでステーションに居る非貴族は、貴族に頼まれて買い付けに行く商人か使用人、後は護衛につく傭兵などばかり。共和圏よりも治安は良かった。
そのはずなんだが、何やら言い争う声が聞こえてくる。
「離しなさい。私を誰だと思っていますの!」
「大人しくご同行願います。このままでは、ますます立場が悪くなりますぞ」
うん、関わらない方が良さそうだ。
庶民は大人しくショッピングして、目的地に向かわねば。
「何してんだよ、お前!」
「お姉さんを離せー」
俺のささやかな願いをテッド達がぶち破ってくれた。仕方なくそちらに目を向ければ、帝国近衛騎士団の軍服を着た男が、15歳くらいの少女の手首を掴んでいた。
テッド達は他の騎士団員に阻まれて、少女へ近づけないでいる。
近衛騎士団と言えば、当然現皇帝の直属部隊。つまり俺を指名手配している公爵の手の者とも言えた。
いやはや、テッドの奴、アイネの特訓で少し強くなったと誤解しているのか。喧嘩を売る相手を考えて欲しいものだ。
俺は教育が行き届いていなかった事を反省しつつ、騒動へと近づいていった。




