私掠船コミュニティからの脱出
「分断したぞ! 女を押さえろっ」
他の男達も動き始める。ただそれは死亡フラグなんだけど。アイネを心配するくらいなら、相手の心配をしなければと思う。
なので俺は目の前の男へと向き合った。
「女を見捨てるかっ」
そう言いながら振るわれる拳は、先程よりも鋭い。低重力下での足運び、重力操作による体の制御。なるほど、喧嘩慣れというよりは、戦闘慣れしている。
普段なら拳ではなく武器を振るっているはずだ。
「彼女を心配してたら、不敬と言われそうなのでねっ」
俺の蹴りは簡単にいなされた。相手は重力制御の魔道具で、自在に低重力と通常重力を切り替えながら戦っている。
俺も術式を使えば同じことができるが、あえて低重力の状況で戦う。魔術師である事は切り札として使いたい。
壁を蹴り、速度を乗せて接近、相手の繰り出す手を支点に攻撃の向きを変えて、足を振り下ろす。かなりアクロバティックな動きも低重力なら可能だ。
ただ相手もそういう環境での戦闘をこなしてきたのか、意表を突く事はできなかった。
天井へと足を着けて向きを変え、床で手を着き再転換。相手の死角に回り込もうとするが、最小限の動きで、こちらを牽制している。
その動き方から我流の喧嘩殺法ではない事が伺えた。変則的な動きへの対応や、ロビー内の様子に気を配っている辺り、一対一がメインの格闘技ではなく、多対多が当然の軍隊式格闘術と思える。
出身が共和圏なのか帝国なのかは分からないが、現場で鍛えられた戦士なのだろう。
「そろそろ不毛さに気づいてるのでは?」
「久々に鬱憤を晴らせそうなんだ。遊ばせろ」
俺の軽口に口の端を上げながら鋭い蹴りを放ってくる。
どうやらロビーにいた海賊達も鬱屈した日々に飽き飽きしていたらしい。そのガス抜きとして、俺達に襲いかかってきているようだ。
さっきからアイネが鎧袖一触に、相手を骨折させていってるのに、次々に襲いかかる者が尽きないのは、治癒術式で治る骨折よりも、日々の退屈の方が苦痛だったと言うことか。
「マゾなんですね、分かりますっ」
「ぐっ」
低重力で打撃技は有効打になりにくい。まともに当たっても、相手が踏ん張ってなければそのまま後方に飛ぶだけで威力を受け流せる。
殴る側も踏ん張れないので、腰の入った一撃などは繰り出せない。目の前の男の様に補助機器があれば別だろうが。
なのでダメージを与えるなら関節技の様な攻撃だ。蹴りに来た相手の足に乗るように体を流しながら掴み、足首から先をひねる。
そのまま足に抱きつくようにしながら、膝十字固めへと移行しようとしたが、床に叩きつけられそうになったのでリリース。
距離を取って状況を確認。アイネの周りには死屍累々。倒れ込んだ男達が苦痛の声を上げている。約半数が倒されているが、それでも襲いかかるのをやめないのは、男の意地か退屈しのぎか。
「そろそろ面倒なので、次からは殺していきましょうか」
淡々とそれでいて殺意を込めて呟く。
「見え透いた脅しなんぞに怯むかっ」
そこへ大柄なマッチョな男がアイネへと掴みかかる。高さでも半分くらいに見えるアイネに覆いかぶさる様に見えたが、スルリと横へとステップする事で避け、それを目で追いかける男の顎へと掌打を一つ。
回ってはいけない角度まで首が回って、男は白目を剥いて、突っ込んできた勢いのままに流れていく。
頚椎が骨折しているはず。一命があるかは診察しないと分からない。それくらい明確な殺意の表明であった。
ちぎれてないだけ、まだ加減はしてるか。
「遊びは終わりの様なので、失礼します」
「ま、待てっ」
アイネに向かって床を蹴った俺に対して思わず手を伸ばしてきた男の膝へ、出力を絞った光術式を放つ。
格闘戦だったからか対術式防御はされておらず、膝に小さな穴が開く。靭帯の幾つかを切断されて、男はカクンと崩れ落ちた。
俺はアイネの側へ駆け寄るとそのまま横抱きにして、風の術式で空気を生成。膨張する空気に押されるようにして一気に加速。
桟橋に止めてある宇宙船へと向かった。
「出航準備、できてるよ」
「おう、ありがとな」
リリアに通信して魔力炉を稼働するように指示しておいた。周辺の宇宙船は飛び立つのにまだしばらく掛かるだろう。
「後は対空砲座が生きてるかだが……」
桟橋から飛び出し、出口へと向かう。そこに待っていたのは、砲座よりもややこしい相手だった。
「テッド! 無人機が襲ってくる。対空砲用意!」
『アイアイサー!』
広く作っているとはいえ、衛星内に作られた基地。その空間内で砲撃を行うことは考えてなかったらしく、洞窟内の警備として無人機が配置されていた。
小規模の爆発術式を仕込んだ無人機は、相手に張り付いて爆発するミサイルのようなモノ。術式を起動しないと爆発しないので、誘爆を誘うとかはできないのが難点。
機動力に勝る無人機に近づかれたら対空砲で落として貰うしかない。
1mほどの円盤状の無人機がざっと30ほど向かってくる。主砲で牽制してみるが、的が小さく小回りが効くので当たる気配がない。
後は相対距離を保ちながら、テッドに攻撃する時間を与える様に移動する。
無人機は航空ショーを行うドローンの様にプログラムで隊列を整えたりして運用できるが、今回の奴は個々の判断で追尾させているだけらしい。
なので緩急をつけながら円を描きつつ、こちらの後方から追いかける様に誘導してやれば、対空砲で狙いやすくなるだろう。
『1つ、2つ……3つっ!』
テッドはカウントしながら撃ち落としていく。やはりそれなりの素質はあるらしい。
「お兄ちゃん、上っ」
『お? うおっ、4つぅ』
ただ視野が狭いらしく、そこをリリアがレーダーを見ながらサポートしてくれていた。
半数くらいを撃ち落とし、スペースを確保したところで、出入り口の細い通路へと入っていく。後方から追ってくる無人機をテッド達に任せて、俺はデコボコと岩が突き出す通路を進む。
入ってくる時はあまり意識していなかったが、速度を出せないように蛇行させられる作りになっていたようだ。奥を見通せないというのもあるか。
おかげで後方からの無人機が近づいてくる。
「テッド、頑張れよ」
『やってるよっ』
撃墜が二桁を越えてから、カウントは止めたようだ。切羽詰まった感じではあるが、着実に成果を上げてくれている。
なので俺も飛び出す岩ギリギリを飛ぶなどして、無人機の衝突を狙う。ただ、機動性が高くて急ブレーキで止まるのは誘発できても、ぶつかって大破はしないらしい。
『兄ちゃん、激しく動くと狙えねぇっ』
「岩にぶつかるから無理っ」
安定して飛ばした方が、テッドは狙いやすいだろうが、あまり直線的な進路を選ぶと無人機に追いつかれてしまう。
無人機に減速させつつ、狙わせるタイミングを用意するというのは、この状況じゃ無理だ。
「一分稼ぎなさい」
今までぼーっとしていたアイネが立ち上がり、後方へと向かう。何をするのか分からないが、俺はやれる事をやるしかないか。
岩壁ギリギリを飛びながら、突起を左右に避けつつ無人機との距離を稼いでいく。無人機は機動力こそ高いものの、俺達を追うという余分なタスクがある分、最短距離は取れない。
その僅かな差で時間を稼ぐ。
すると後部のハッチ、倉庫のドアが開いたというアラートが点灯する。
「アイネ……様!」
船の後方を映すカメラの映像を見ると、迫りくる無人機の姿がある。そこに対して空中に魔法陣が形成された。
その魔法陣へと接触した無人機は、機動力を失って直進し、岩へとぶつかっていく。俺達を追う軌道を取っていたので、さほど大きくもない魔法陣へと吸い込まれるようにして次々に接触。
追手は見事に全機撃墜されていた。




