帝国のコミュニティ
私掠船コミュニティは国の機関ではあろうが、敵国内に作られた秘密基地だ。その運用は政治的配慮とは切り離されている。
軍隊であれば規律を教え込まれた上で前線へと派兵され、個々の判断など許されない。
しかし、私掠船、海賊の集団となれば規律など二の次。俺が俺がと前に出たがる集団である。
先の緩衝地帯のコロニー同様、新顔を見つけたらいびり倒すというのが、腕力にモノを言わせる集団での円滑なコミュニケーション手段。
その力を示さなければ、まともな会話など不可能だろう。
そう思ってロビーへと入ってみたところ、絡んでくる手合いもなく、カウンターまですんなりと到着。
緩衝地帯のコロニー同様、テーブルが並び、酒場の様な雰囲気になっている。そこにはかなりの人数がいるのだが、全く活気がなかった。
「ジャスミンからのお届け物です」
「受領いたします。中身の確認を」
カウンターにいるのは、40代と思しき女性。空港の受付嬢を思わせるスーツ姿で、真っ当な組織っぽさはある。背後に広がる死屍累々がなければだが。
そのギャップが不穏な物を感じさせた。
「今日からここでの任務のはずなんだが……仕事がないのか?」
「帝国内の情勢が変わってね。仕事ができない状況なのよ」
受付の女性が詳しく話してくれる。受付としても時間を持て余している感じだ。
帝国は王国に対して反転攻勢を掛ける算段で、物資の集積を急いでいる。本来なら海賊にとっても書き入れ時となりそうなものだが、積み荷を奪った海賊がことごとく拠点ごと潰されているようだ。
襲撃までは今まで通り、痕跡も残さずに転移して物資を持ち帰れるのだが、その場所が正確にバレてしまい、軍が即座に包囲、殲滅を行って来るのだという。
おかげで仕事はあっても、それを受けるリスクが高すぎる状況に陥っていた。
「あー……」
思い起こせば王国が侵略してくる直前、俺達は海賊を取り締まるための方策を考えていた。この世界にはない電波を使った発信機により、海賊にバレないように位置を教える仕組み。
既存の魔道具では検知できないそれは、海賊対策として効果を発揮しはじめていた。
あれから1年。効果が実証され、発信機の増産が行われているとすれば、あらゆる積み荷に発信機が付けられていてもおかしくはない。
それにオールセンは電波にかなり興味を抱いていた。あの魔道具の天才が1年間そのままにするはずもなく、より高度な技術へと昇華していてもおかしくはない。
「特に王国の海賊達もかなり検挙されてね。帝国内の治安は向上して、今度は護衛の仕事も減ってるのよ」
「なるほど」
海賊が減って、貨物船の護衛任務も不要になってきて、傭兵業も成り立たなくなりつつあると……。
「でも元々私掠船の目的は情報収集なのでは?」
「現地で活動するにはどうしても物資が必要なのよ。本国から送ってくるだけじゃ厳しいわ」
今回運んで来たのは魔導回路だしな。生活に必要な物資は、現地調達が必須なのか。まあ、食料にしろ、日用品にしろ、消耗品はどうしたってかさ張るから、帝国と国交のほとんどない本国から貨物船を入れる訳にもいかない。
「どこかの惑星で食料を調達するとかは?」
軍学校のサバイバル学習で降ろされた星の様に、居住可能であっても無人に近い星はある。監視を掻い潜る必要はあるだろうが、海賊行為に比べたら見つかる危険は少なそうだ。
「少し前まではそれもアリだったのだけど、海賊行為が減った今、帝国軍がそれらの惑星に張り付くようになってるの」
効果的に海賊を捕まえられる様になって、治安が向上した分、余力を惑星の監視に使えるらしい。
「そして海賊の拠点を虱潰しに探し始めてもいる。下手に飛び回って追尾されないように、不用意な外出ができずに、こうしてくだを巻くしかなきってわけ」
受付の女性が手で指し示す先には、覇気のない私掠船の乗組員の姿があった。
「王国との戦争が始まれば、動けるようにはなるわ。それまでは雌伏の時というわけね」
王国からの侵攻で失った戦力は思ったほどではなかったらしい。王国が呪歌により、帝国の艦船を拿捕する方に力を入れていたからだ。
皇帝を押さえて帝国内を平定後、軍用艦を王国へと輸送するはずだったが、その前に皇太子が反転攻勢に出たことで、首都星を守っていて拿捕された艦艇の多くが無傷なままで、再編成する事ができたらしい。
また各地の貴族達が自分の領内を守るために軍を動かさなかったため、消耗しなかったのも大きい。
そのため軍の編成が整えば、侵攻に十分な戦力を動かせる様になりそうだった。各地で急造されているのは、先の戦闘で失われた小型艦や魔導騎士の補充が主で、それらは戦艦などに比べたら生産ペースが早い。
それらの事から、帝国が王国への侵攻を開始するのは秒読み段階と私掠船コミュニティは予測している、と。
「私掠船コミュニティは希望的観測で動くのですか?」
「動きようがないのよ」
作戦立案は最悪を想定して行うべきだと教わりはするものの、実際において人は自分の希望を捨てきる事などできない。
度重なる襲撃して、拠点を見つけられ、制圧されてきた記憶から、動くことを恐れているのも分からないでもない。
しかし、開戦が遅れればどうなる?
戦争が開始される前に、帝国の巡回が拠点を見つける可能性は?
隠れたいなら、なぜ共和圏からの船を止めない?
引きこもるにしても片手落ちの状況は、自分から動くことによる責任を回避したいだけじゃなかろうか。
「辺境貴族との接触などは?」
「そんな事したら、拠点がバレるかもしれないじゃない。帝国はこちらが把握できない追跡手段を持っているのよ」
なるほど、電波発信器の恐怖が行動を阻害している訳か。それにしたって、何もせずに閉じこもったままというのは、あまりに消極的過ぎる。
「情報収集の方はどうやってるんですか?」
「今は動けないの。通信を傍受するだけでも動静は掴めるから、それを送ってるわね」
「じゃあ、私掠船グループはずっと待機ですか」
「仕方ないのよ」
そうやってコミュニティの上層部が判断する以上、所属する団員は何もすることができずに、こうしてロビーでくだを巻くしかできないのだろう。
しかし、こんな淀んだ空気の中、いつ始まるか明確でない戦争を待つというのは嫌だ。
これなら未開惑星でサバイバルしてた方がまだ楽しい。
「では我々は他の星系で傭兵業をさせてもらいます」
「その場合は二度とこのコミュニティには入れないわ。その覚悟があるならいいわよ」
「分かりました。それでは」
「なっ、貴方は帝国で指名手配されているのよっ。ここを出てどこに行けるとっ」
さっと踵を返して去ろうとする俺に対して、受付の女性が慌てて声を掛けてくる。
「俺は誰かに運命を委ねる様な事はしたくないんでね」
「なんて勝手な。皆さん、こいつらは密告する気よ。取り押さえてっ」
俺は密告なんて欠片も考えてないんだが、それがすぐに言葉に出るということは、この受付はずっとそんな事を考えて来たんだろう。
誰かに裏切られるくらいなら、先に売ってしまおうとか考えていたんだろうな。
「立ち塞がるなら容赦はしないから、覚悟の上で出てこいよ。それよりもここを早々に脱出する事をオススメするが」
「逃さねぇよっ」
一番近いテーブルに座っていた4人の男が立ち上がり、拳を振り上げて襲ってくる。低重力な場所で肉弾戦を挑むとか、意外と海賊達は戦い慣れてないのか?
俺は先端に磁石のついたロープを取り出し、片方を壁へとくっつけると、男達に縄跳びしてもらう事にした。
低重力で地面を蹴ったら、かなりの勢いで突っ込んで来ることになる。空中じゃ方向転換もままならない。ロープを張って下がれば、自分から絡みついてしまう。
3人はものの見事に縛られてもう一方の端の磁石も壁へと張り付けば、身動きが取れなくなった。
ただ残る1人はちゃんと重力制御装置を身に着けていたらしく、ロープをしっかりと避けて迫ってきた。
ダンッと床に足を付けて腰の入った拳を振るってくる。俺はさっと体を横に流して避けた。男は体を投げ出すようにしながら浴びせ蹴りを放ってくる。
避ければ無防備になりそうな攻撃だが、相手は低重力と重力操作を巧みに扱い、蹴りの軌道を変えてきた。
それをブロックした俺は床に跳ねて天井まで浮かされた。なるほど、ザコばっかりじゃないらしい。




