私掠船コミュニティ
情報局にもらった地図を頼りに星系内を移動。ガス惑星の衛星の1つにある亀裂から中へと入っていくと、人工的な構造物があった。戦艦クラスでも入れる亀裂だったので、個人所有の宇宙船ならぶつける心配はない。
ただ誘導装置もない中での係留となるので、操船技術を問われている気がした。
『ふむ、最低限の腕はあるな、最低限は』
などと嫌味の混ざった管制を聞き流しながら、乗降用タラップを伸ばす。10隻以上は泊められる桟橋に、3隻が泊まっていた。
いずれもツギハギの目立つ戦闘艇。海賊仕様なのだろう。
「ここの治安は保証できないから、お前達は留守番だ」
「えーっ」
「ぶーぶー」
兄妹が文句を言うが、私掠船の係留所だ。子供がうろちょろしていたら、絡まれること請け合い。押し付けられた2人という感はあるが、無駄に怪我をさせたり、切り捨てる気はない。
ハッチを外からもロックして、外に出ないように閉じ込める。
私掠船コミュニティのコロニーである人工物は、擬似重力も発生させていないようで衛星の微弱な重力のみの状態だ。
通路の明かりも薄暗く、発光部の幾つかは回路が焼ききれているのか点滅を繰り返している。風の精霊力も弱く、空気が淀んでるのもいただけない。
「雰囲気は出るんだろうけど、住んでる人にとっては劣悪なだけだな」
早いところ、用事を終わらせて帝国内に向かおう。案内板に従って、コミュニティの事務所らしき場所へと急ぐ。
そこは事務所というよりも酒場といった雰囲気で、奥にはカウンターがあり、手前には4から8人が座れそうな丸テーブルが10ほど並んでいた。お世辞にも清潔とは言えない空間だ。
奥のカウンターへと進んでいくと、テーブルの1つからさっと足が伸びてきた。半重力の環境に慣れていないと引っ掛けられるのだろうが、様々な重力での移動は昔アイネにも叩き込まれたし、軍学校でも習っている。
特に意識をすることもなく、跨いでやり過ごす。
「ぎゃあぁぁっ」
「ごめんあそばせ。暗くて良く見えなくて」
かと思ったら、アイネは的確に相手の膝を上から踏み折っていた。いや、この低重力じゃ全体重かけても折れないから。しっかり、蹴り折ってるからね、それ。
「このガキども、調子に乗ってんじゃねぇぞっ」
「きゃあ、こわーい。ユーゴぉ」
「全く感情がこもってない棒読みなんだが……」
周囲にいた10人ばかりのいかにもなガタイのいい男達が、席を立って俺達を囲んできた。
「先輩方、ここは穏便にいきませんかね?」
チラッと奥のカウンターに目をやるが、そこで皿を磨いている初老の男はこちらを見もしない。止める気はないみたいだ。
「喧嘩売っといて通るかよっ」
「いえ、そちらの方が足を出したのが原因で……」
「足がなげぇのが罪だってんなら、お前の足を短くしてやらぁ」
相手は荒事になれた手合い。この重力にも慣れているらしく、何人かは天井を蹴って頭上からも殴りかかってきていた。
仕方なく俺はアイネの前に出て、殴ってくる拳の軌道を少しずつズラして、襲ってきている者同士が互いに殴り合うように誘導していく。
しかし、ウルバーンの下層の連中に比べたら、場数をしっかりとこなしていたらしい。互いを殴り合う寸前で、手を広げて表面積を増やし、互いに押し合うようにしてダメージを軽減して、衝突を避けていた。
「あんま、舐めてんじゃねぇぞっ」
磁石付きの靴なのだろう、床にしっかりと足を固定して体重の乗った拳を繰り出してきた。まともに受ければ、半重力で踏ん張りの効かない空間を跳ね回るくらいの運動量を与えられたであろう。
なのでそっと腕に手を添えて、巻き込むようにして抱え、背負いのように投げにかかる。ただ相手の足はしっかりと床に固定されていて、投げる事はできず、投げようとした力がそのまま俺に跳ね返ってくる。
上から押しつぶすように圧力を掛けられるが、そのベクトルを逸らして、俺は相手の足の間を通って脱出。覆い被さろうとしていた男の背中を押してやる。
重力が低い環境では足を固定されたままの男が動くことはなく、押した俺の方が反動で飛ばされる。
包囲の外へ弾き出された所で、固まっている相手に土の術式、重力加算を発動。2Gでひとまず押さえつけた。
「ふべっ」
「ぐふっ」
「いだっ」
軽重力から通常の約2倍の重力が掛けられて、男達は受け身も取れずに床を舐める。その上を軽やかに歩いて包囲を脱したのは、術式を無効化できるアイネだ。
別に死ぬほどでもないので、術式を維持しながらカウンターへと歩み寄る。
「アッサムから荷物を持ってきた。受け取り確認を頼みたい」
カウンターの奥の初老の男、バーのマスターといった雰囲気だ。チロリとこちらを見てくるので、情報局のおっさんに渡されたプレートを出す。
情報端末と違ってネットワークに接続されない身分証を兼ねるような記録媒体だ。
男はハンドスキャナーの様な機器でプレートを照らし真偽を確認。カウンターの奥へと声を掛けた。
「リック、お客さんを案内しろ。ダージリンだ」
なんで紅茶の名前なんだ。地球から転生してきた誰かがいるのか……偶然の一致とは考えにくい。などと思考を飛ばしていると、奥から二十歳前後の青年が出てきた。
青年は店内に転がる男達にぎょっと目を向けて固まる。
「アレはほっとけ。こっちの2人を案内だ」
「は、はいっ」
初老マスターの言葉にビクッと体を震わせた青年は、俺達に顔を向けて再び固まる。
「新入りのタマイだ。案内をよろしく」
「……! は、はい、こちらです」
俺が声を掛けると、青年は再起動して動き始めた。
俺が運んできたのは、嗜好品の類。酒や煙草などだな。体積の割には単価が稼げる品だろうが、今回は情報局から渡された荷物なので利益はない。
船の倉庫からコンテナを運び出し、青年の指示でコロニーの倉庫へと運搬する。低重力なので、重さは大して感じないが動かそうとすると力の反作用。押す側の質量が軽ければ、押す側が後退する羽目になる。
なので重力魔法で動く貨車に載せて運ぶ感じだな。載せるまではパワードスーツを借りる方法もあったが、重力操作の術式で行った。
青年は魔術師を見たことがなかったのか、いちいち驚いてくれる。
共和圏は帝国と比べても経済発展している。そのため、魔道具の工場生産体制が整っていて、庶民にも潤沢に魔道具が普及していた。
そのため、魔術師は不要とされる世相は、帝国などの独裁国家よりも強い。独裁国家の場合は、独裁者を守る手段として一騎当千となりうる武力を重宝するらしい。
まあ強すぎる武力は疑心暗鬼を呼んで、出過ぎた杭を打とうとする勢力も出てくる訳だが。
特に宇宙船などを動かす力は、魔術師個人に比べたら桁が2つ3つ違ってくる魔力。魔術師が船乗りになるのは宝の持ち腐れになるので、滅多に見ることはないだろう。
「では中身についてはこちらで確認しておきますので、マスターの所で報酬を受け取って下さい」
そして初老マスターの所へと戻ると、情報局からの依頼は達成。私掠船コミュニティ内で使用できる独自通貨で報酬を受け取る。
また帝国内コミュニティへと運ぶ依頼を受けた。これは修理用の魔導回路だな。帝国領内で共和圏の製品を修理するには、パーツに苦労するのだろう。
部品そのままだとかさ張るので、基盤部分のみを搬送するらしい。
「それではこれで失礼します」
事務所兼酒場を出ると、重力で潰した男達が絡んできたが、アイネが軽い運動と称して手足を折ったり、脱臼させたりして処理してくれました。
ダメだ、全く勝てる気がしない。




