新たなる旅路
記憶を持たないアイネを名乗る少女に、船長の座を奪われた俺は、結局のところあまり変化はない。
アイネ自身、記憶も知識も情報もなく、己の欲求を満たすためには、俺を頼らざるを得ないからだ。
そして、彼女の欲求は知識欲が大きいらしく、様々な場所を巡り、色々な物を見てみたいというものだった。
その願いを叶えるために、俺は宇宙を放浪する。
研究所のあった辺境星系を離れ、有人星系へと戻って来ると、俺は情報局の人間へと連絡を取った。アイネ、テッド、リリアの3人は、適当に街を散策してもらっている。
アイネの戦闘力は俺を上回っているので心配はしていない。俺の戦闘術はアイネに教わったもので、彼女が死ぬまでずっと敵わないままだった。
そして船内で戦った感想としては、今も変わらず敵わないと実感させられた。
元々汎用型のホムンクルスであったアイネは、魔術をほとんど使えない。魔力量が少ないからだ。魔道具を起動するくらいなら問題ないが、戦闘となると出力不足。
なので術式を併用する事でいい勝負ができるところまでいっていたのだが、今のアイネはその髪に魔力を分解する術式が組み込まれていた。
ミスレイン鉱石と違って、魔力自体を打ち消すのではなく、術式に使用している魔力を乱して、術式を崩壊させる感じなのだ。
まだその扱いに慣れておらず、分解速度が遅いらしい。もっと扱いに慣れてくると、絡んだ瞬間に身体強化を崩壊させられる様になるのだろう。更に細かく部分的に崩壊させる事もできる可能性もあるらしい。
もし身体強化で関節部分だけを崩壊させられたとしたら、己の筋肉に生み出された力を関節で制御できずに、手足がもげるといった事ができるかもしれないとか……恐ろしい。
航行中の空き時間で、俺は何度か鍛錬につきあわされているが、その精度が上がっていくのを実感させられている。
その鍛錬をテッドやリリアも見に来て、俺よりも彼女が強いというのを納得したらしい。
俺としてはそのまま負け続けるのは悔しいので、密かに対策を研究しているのだがまだまだ形にはなりそうになかった。
「いやぁ、お待たせしてしまいましたね」
「そんなに待ってないですよ」
街なかの指定された喫茶店へとやってきて、ほんの数分で40歳くらいのスーツを着た男はやってきた。もう一人、部下というよりは護衛といった雰囲気の若い男もついてきている。
「さて早速ですが、連絡を頂けたという事は、こちらの依頼を受けてくださるという認識でよろしいですか?」
「そうですね、どのみち共和圏に居られる日数も限られていますし、帝国領ではお尋ね者。潜伏するにも協力して貰えるのは助かります」
「それは良かった。では、詳細を詰めさせて頂きましょう」
私掠船の目的は、帝国内部の情報を集めること。そのためには帝国の戦略物資を奪う事も認める。これは帝国軍や帝国の商船も含まれた。
ただ本来の目的はあくまで情報なので、情報と引き換えに現地での補給を受ける事ができる。
「また現地の傭兵任務などをこなすのも自由です。私掠船には傭兵クランのIDが発行されますので、そちらで受領可能となります」
もちろん私掠、海賊行為が帝国に認知されていれば、いくらクランIDを持っていたとしても捕まるが。
「そもそも俺は指名手配を受けてるんだが?」
「私掠船コミュニティで受ければ問題ないですが、クライアントと顔合わせがある場合は無理ですね」
傭兵の任務は商船の護衛や海賊の討伐、後は遭難船の探索などがあるらしい。
護衛などは依頼主と顔を合わせる可能性があるので、受けない方が無難だろう。
「船のカスタマイズなんかもやって貰えるんだろうね?」
「そうですね。ユーゴさんの船は武装が少ないですし、シルエットも手配されてますから1回の改装くらいはサービスしましょう」
密航船は元々帝国の諜報部が国境を跨いで要人を輸送するのに使われていた隠密優先の船だ。見つかった時点で任務失敗、逃げる前提の設計がなされている。
なので移動手段としては使えるのだが、傭兵としての任務には向いていない。
更には盗まれた事は帝国も把握しているので、船の外観情報が共有されてレーダーに捕捉されれば即座に通報されるだろう。
それから密航船の改装について詳細を詰める事になる。魔力紋が把握されている魔力炉を帝国製から共和製へと載せ替え、隠密性を犠牲に武装を付ける出力を確保。スラスターも最高速よりも機動性を担保する。
空間転移周りは下手にいじらず、外観を変えるために装甲を貼り直した。
武装は戦闘機相手なら何とか防御結界を抜けるかもといったレベルだが、それもかなり当て続けてのもの。単機ならまだしも、編隊を相手にしたら逃げ回る必要があるだろう。
その他、コールドスリープ装置を半分売ってスペースを空けて収納スペースを増やしたり、調理用魔道具を少し新しい物にして、アレンジしやすくした。
帝国製の調理用魔道具は、スパイシーレシピで埋め尽くされてたからな。共和圏の魔道具の方が俺の好みに合っていた。
そんな感じで色々とリクエストして、隠密飛行に特化していた密航船を汎用的な航行船へと改装。汎用性は高くなったが、総じてスペックとしては落ちている。工賃などを各種装備の差分で捻出したためだ。
情報端末上で設計をまとめ、実際に組み立てるのに約1ヶ月かかるとのこと。帝国製で規格が合わないものもある中、その期間で仕上げてくれるのはありがたい。
元々の滞在期間をオーバーするが、情報局が手を回して、帝国からの亡命者として共和圏のIDを手に入れる事ができた。
アイネに関しても入国検査時には船に残っていたクルーという適当な嘘の承認をして、元々の乗員としてIDを発行してくれる。
とりあえず1ヶ月は、共和圏の星系で休む事になった。その間に俺は帝国領に戻った後のコミュニティとの接触方法や帝国内へと潜入するルートの確認など色々と必要な情報を詰め込まれた。
その間、3人はショッピングやら食べ歩きをして過ごしていた。何かズルい。
「兄ちゃん、これが新しい船か!」
「改装しただけで、船自体は一緒だ。部屋も前のまま残ってるぞ」
1ヶ月が過ぎて改装が終わった船を受け取った。魔力感知を働かせても盗聴器の類はついていない。もっと複雑な仕込みがあるかも知れないが、確認しようがない今は放置だ。
「船長、共和圏の国境星系から一度、私掠船コミュニティの1つへ立ち寄ってから帝国領へと入っていきます」
「その辺のことは任せました。新しい場所、新しいモノを私に見せて下さい」
1ヶ月経ってもアイネには記憶の欠片も戻る事はなかった。従者時代の丁寧な物言いのまま、命令を下してくる。
今はどこぞで買ってきた黒いゴスロリ的なレースで飾られたドレス姿だ。戦闘に不向きなと思ったが、元々メイド服で戦闘訓練しながら滅多に破れる事もない身のこなしだったので、無用の心配かもしれない。
国境近い星系で、それなりに物流も盛んな地域の街だが、1ヶ月過ごすと見る場所もなくなったらしく、早い旅立ちを催促されはじめていた。
それぞれに旅立ちに向けて購入した品々を倉庫へと運び込み、帝国領でさばけそうな日用品を多少買い込んで、いよいよ帝国領へ戻る事になる。
「それじゃ、出発します」
以前の密航船に比べると初動は軽い。宇宙船ドッグを離れて機体の制御を確認。機動性の向上は、かなりいい感触だ。もちろん、戦闘機などには遠く及ばないので、ドッグファイトはできそうにないが。
空間転移機構を起動して、ひとまず国境星系へ。新たな旅路の始まりだ。




