脱出艇の追跡
持ち主の分からない子供部屋型脱出艇の1つ目の軌道を計算すると、恒星に向かって進み、重力に引っ張られて落ちる結果となっていた。
途中で操作されていたら行方なんてわからないし、操作されなければ恒星に突っ込んでいるので、結論はすぐに出た。
2つ目の軌道を見ると、近くの小惑星に衝突する軌道となっている。自動回避システムが生きていれば、それを避けて飛んだはずだが、小惑星に船を寄せてみると衝突痕が残っている。
空間転移も可能な脱出艇の魔力炉が衝突の衝撃で暴走すれば、かなりの確率で爆発する運命となっただろう。
もしくは爆発はしなかったとしても、襲撃犯に捕まった可能性が高い。衝突で初速を失えば、すぐに捕捉されたはずだ。
衝突した痕跡からそこで向きを変えて別の方向へという感じでもない。
残る3つ目の軌道を計算すると、外宇宙へと進む計算となっていた。そちらを追ってみる事にした。
脱出艇の射出は、研究所に備え付けのカタパルトで行われた。そこから加速するかは搭乗員の判断だったはずなので、誰も乗っていない脱出艇は打ち出されたままに慣性航行したはずだ。
「そう考えると襲撃者も追いかけた可能性はあるか?」
脱出艇は14機射出されて、俺達も追われた。ただ即座に反応して全部を追えるほどの追跡者がいたかは不明。大半は乗員が操縦して逃げたので、その中の1つが慣性航行のまま逃げたとは考えなかったかもしれない。
そんな事を考えながら進んでいく。
あれから12年、幾ら低速で射出された脱出艇とはいえ、かなりの距離を飛んでいそうだったが、まだ星系外縁の辺りで捉える事ができた。
「ちゃんと真っ直ぐ飛んでたみたいだな」
当時の研究所座標から直進した位置で脱出艇を発見できた。襲撃者に見つからない様に脱出することを目的に作られた船だけに、レーダーに対するステルス仕様。目視で見つけるしかなかったので、ズレていたら発見できなかっただろう。
船を接舷して内部へと侵入する。
ハッチのロックは、俺の魔力で解錠された。研究所の関係者なら開けられる設定になっていたのだろう。もしかすると他の魔力を感知したら、中の情報端末が自壊させられていた可能性もあったな。
俺が入ると照明がついていき、設備が生きているのが証明された。まだ星系内だし、光魔力が供給されているのもあるか。
子供部屋はワンルームマンション程度の広さだ。寝台とクローゼットほどの収納、キッチン代わりの魔道具が置けるスペースなど。トイレ、シャワーも一応ついているみたいだが、使われた形跡はない。
この部屋の主は寝台に横たわったままだった。その寝台は単なるベッドではなく、培養ポッドとなっている。透明の蓋を覗き込むと、ハイティーンの少女がいた。
長い黒髪が揺らめき、培養ポッドの中を満たしており、顔部分だけが浮かんで見えるのは結構ホラーテイストだ。
「この子は……やっぱり見覚えがないな」
培養ポッドに接続された端末を操作して、少女の情報を確認する。名称の部分には、素体0107とあるだけだ。
まあ、あの導師達は俺達に名前は付けてなかったから、前世の名前をそのままだったんだが。
しかし、生年は俺達と同じだな。そして降霊術はどうなってるんだ?
自分の記録を見たこともなかったから、どう記述されてたのかも分からないが……ページをめくっていっても、どんな魂が付与されているのか分からない。
「起こして確認するしかない……か」
狂気に侵されて襲ってくる可能性もあるが、このままここに放置する気にもなれない。このまま恒星から離れて魔力が不足するようになれば、眠ったまま死ぬしかないからな。
俺は端末を操作して、少女を覚醒させようとする。
『魂の定着が行われていませんが、覚醒処理を行いますか?』
と端末から確認メッセージが発せられた。魂の定着が行われていないとは?
この少女もホムンクルスとして生み出された存在だと思うが、降霊術が施されていないのか。この年齢になるまで自我を持たずに成長したと。
「こんなご都合主義的な話でいいのか……?」
つまりこれはアイネのベースとするのに最適な身体という事になる。彼女が短命でこの世を去ったのは、急速に育成された素体をベースにしていたからだ。
しかし、この素体は俺と同じ年に生み出されて自然と年齢を重ねて今の姿になっていた。これにアイネの記憶を移す事ができれは、同じ時を生きることができる。
「外見はかなり違うけどな」
紫髪で整った顔立ち、ヨーロッパ系のアイネと比べると、眼の前の少女は黒髪でアジアンというか、東洋系の顔立ちだった。瞳は閉じられたままで雰囲気はわからないが、受ける印象はかなり違っている。
「しかし、条件的にはかなり良いのは間違いない」
研究所の情報を得て、アイネに似た素体を作ろうとすれば、以前と同じく短命な素体か、赤子から育てていくしかない。
また10年ほどで限界を迎える身体にアイネを押し込む訳にはいかないが、赤子から育てるとなると年齢差は17年以上。親子ほど離れてしまう。
その点、目の前の素体は俺と同い年だ。
「外見の変化に戸惑うかもしれないけど……」
運命に用意されたかのような状況に、俺はこの素体を使うことを決めた。
次に問題となるのは降霊に必要な術式だ。アイネの記憶結晶は、空間収納でいつも持ち歩いている。ホムンクルスの額に埋め込んで、記憶を移植する方式は、一般的な知識や技術を生体に移す手法だ。
だが俺達、前世の記憶を持ったホムンクルスは記憶水晶によって移された訳ではなく、死霊術の技術で、肉体に霊を定着することで行われている。
しかし、死霊術はどの国でも禁忌とされる魔術で、普通では手に入らない。脱出艇のライブラリーにもそんな知識は残されていなかった。
こうなると結局は、研究所の導師を見つけるか、研究所にあったはずの情報を見つけるしかない。
もしくは、一般的なホムンクルスと同様に、額に記憶水晶をそのまま埋め込み、知識をコピーするかだが……それで転写されるのは知識、記憶でしかない。
考え方、性格といったものまでは転写されないはずだ。記憶をなぞる事で、似た性格になる可能性もあれば、自分ではない記憶を持つことに反発する可能性もある。
確実なのはアイネの記憶を持った別の誰かになるであろうということ。
「やっぱり、降霊術で魂ごと移すしかないな」
となると直ぐには起こせないので、この培養ポッドごと移動させるしかないか。幸いにして密航船は6人乗りでコールドスリープ用のベッドも6つある。あの中の1つと置き換えたら良いかな。
帝国と共和圏で魔力の規格が違ったりするだろうか。その辺、しっかりと確認していかないとな。
端末を操作して移設作業の手順を確認しながら、密航船への移設を行っていく。
「兄ちゃん、この人だれ?」
「まだ誰でもないけど、俺の兄妹になる……のかな?」
「よくわかんねー」
「まだしばらく起こせないからな」
「そうなんだ」
コールドスリープ装置と置き換えて、培養ポッドを設置する。一応、脱出艇から情報端末を取り外して、密航船へと移した。もしかすると何らかの情報が残ってるかも知れないからな。
後は調理用の魔道具があった。密航船の50年前の物よりは新しい。これももらっておくかな。船体自体も空間転移機構もついていて、売ればそれなりの値段になるのだろうが、引っ張って行くわけにもいかないので、諦めるしかないだろう。
ひとまず自動航行で、第7惑星側まで戻る様にはしておくか。何かの機会に使えるかもしれない。
「問題は死霊術をどうやって調べるかだなぁ」




